19世紀末にイプセンが放った衝撃の女性像に、最強カンパニーが総力で挑む!
『近代演劇の父』と称されるヘンリック・イプセンの戯曲には、19世紀の社会制度や女性の地位を背景にした、印象的な女性像が多く登場します。その中でも代表的なヒロインと言えば、シス・カンパニーが2008年にシアターコクーンで上演した『人形の家』(1879年作)の主人公ノラ、そして、この度、栗山民也を演出に迎え、10年ぶりに挑むイプセン戯曲となる『ヘッダ・ガブラー』(1890年作)の主人公ヘッダだと言えるでしょう。
人々が「進取」を競い、資本主義概念が劇的な成長を遂げた19世紀末においても、まだまだ宗教的な因習や道徳倫理に縛られていた社会では、本作のヒロイン・ヘッダの性格や行動は、発表当時から「悪魔的、破滅的」と形容されてきました。「将軍の娘」として恵まれた環境に育ち、自由で享楽的なようで、実は臆病で社会の規範から外れることを恐れている。そして、常に何かを渇望しながら、それが何かが自分ではわからず、いつもフラストレーションを抱えている……。そして、他人が何か「生きがい」や「目的」に目を輝かせるのは面白くなく徹底的に邪魔をする……。
いやはや19世紀ならずとも、現代でもかなり“コマッタ人”です。ただ、彼女が抱える「心の闇」は、「悪魔的、破滅的」というよりも、どこかリアルで身近です。衝撃の結末に向け、理屈とは無縁の爆走ぶりを見せますが、そのリアリティこそが、発表から130年近くの間、その時代時代を代表する俳優たちが競って演じてきた理由なのかもしれません。そんな衝撃の女性像と、彼女を巡る人間関係の濃密な心理ドラマに、いよいよ最強のメンバー総力で挑みます!
日本の演劇界の第一人者である栗山民也演出の下、このヘッダを演じるのは、舞台、映像で常に刺激的なヒロインを演じてきた寺島しのぶ。過去に出演したシス・カンパニー公演では、自己を確立した女性を演じてきた彼女が、今回、どのようなヘッダ像を打ち出すのか目が離せません。また、映像はもちろん、古典から現代劇に至るまで圧倒的な演技力を舞台に刻む小日向文世が、ヘッダの夫イェルゲンを演じ、ヘッダの元恋人で、最後には彼女の歪んだ美学に捕われる男レェーヴボルクには、硬軟の役柄を自在に操る池田成志が登場。また、自身の演劇ユニット活動をはじめ、演劇活動にも積極的な水野美紀が、この時代にあって、自立を期す女性エルヴステード夫人を演じます。加えて、佐藤直子、福井裕子のベテラン勢が、ヘッダが嫁いだテスマン家を象徴する存在感を示し、そして、衝撃の結末のカギを握る男:ブラック判事を演じる 段田安則が、スリリングな展開を加速させる役割を担います。翻訳には、ヴィヴィッドなダイアローグで人間心理に肉薄する徐賀世子が担当。 近代演劇の古典的作品に現代ドラマのエネルギーを注ぎ、この衝撃作の魅力をパワーアップさせています。
演劇の究極の醍醐味が凝縮された『ヘッダ・ガブラー』。是非ご注目ください!!
この物語は、二人が半年の長い新婚旅行から帰ってきた翌朝から幕をあける。
新居には、イェルゲンの叔母ミス・テスマン(佐藤直子)とメイドのベルテ(福井裕子)が二人を待っていた。
彼らに思いやりを示すイェルゲンに対し、新妻ヘッダは、自分が強く望んで購入させたにも関わらず、新居への不満を並べ、すでにこの結婚に退屈している様子を隠そうともしない。
そこへ、昔からの知り合いであるエルヴステード夫人(水野美紀)が訪ねてきた。今は田舎の名士の後妻となった彼女だが、義理の子供たちの家庭教師だったエイレルト・レェーヴボルク(池田成志)を探しに街にやって来たのだという。レェーヴボルクとは、イェルゲンのライバルであった研究者で、一時期、自堕落な生活で再起不能と言われたが、田舎町で再起。最近出版した論文が大きな評判をとっている男だった。
そのレェーヴボルクこそ、ヘッダのかつての恋人だった。しかし、彼のヘッダへの執着がエスカレートすることに対し、ゴシップのネタにされることを恐れたヘッダが、拳銃で彼を脅して一方的に関係を断ち切ったという過去があった。ヘッダとの関係を知らないエルヴステード夫人は、彼を再起させるために論文執筆にも協力したことを語り出し、都会に戻った彼が、また昔の自堕落な暮らしに戻ることを恐れ、追いかけてきたという。そして、もう夫の元には戻らない覚悟を決めていた。また、ライバルであったイェルゲンもレェーヴボルクの才能は高く評価していたと、その再起を喜んでいた。そんな二人の純粋な思いを前に、苛立ちを覚えるヘッダ。そこに、夫婦が懇意にしているブラック判事(段田安則)が訪ねてくる。判事から、イェルゲンが有力と言われていた大学教授の候補に、レェーヴボルクも復活してきたことを聞かされたヘッダの心中は大きくざわつき始める。
ブラック判事と二人になったヘッダは、いかにこの結婚や毎日の暮らしが退屈か、このまま子供を生んで平凡な母親になることだけは嫌だと激白する。ヘッダに気があるブラックは、このまま見せかけの結婚生活を送りながら、気ままに浮気を楽しめばいいと、それとなく誘うが、そんな自分にはなりたくないと断るヘッダ。
やがて、レェーヴボルクが現われた。久々に対面し、まだ互いに惹かれ合っていることを感じ合う二人。
しかし、エルヴステード夫人とそこで会えたことを素直に喜ぶレェーヴボルクの姿を見て嫉妬したヘッダは、まだ自分に彼を操る力があるかを試すために、酒の席を避けて更正していた彼を言葉巧みに、ブラック判事主催のパーティへと送り出してしまう。
案の定、酒の力で自分を見失ったレェーヴボルク。あろうことか、大事に持ち歩いていた次回出版予定の原稿を紛失してしまう。原稿は、たまたまイェルゲンが拾い、ヘッダに託したのだが、ヘッダはそれを戸棚に隠してしまう。
そこに落ち込んだレェーヴボルクが憔悴しきった姿で現われるが、ヘッダは、隠した原稿を出そうともしない。
そして、レェーヴボルクに自分が大切にしていた父の形見を手渡し、ある言葉を彼に囁く……。そして……。
社交界の花形だったが、イェルゲン・テスマンと結婚。テスマン家から望んでいない妊娠を期待されることにも辟易している。イプセンは、戯曲のタイトルを結婚後の名前「ヘッダ・テスマン」ではなく、あえて、旧姓「ヘッダ・ガブラー」とした。「夫の妻」ではなく、「将軍である父の娘」という彼女のパーソナリティを表した、と語っている。
小日向文世 / イェルゲン・テスマン
真面目で著名な学者で将来を期待されている。憧れの存在ヘッダと念願かなって結婚。実は苦労人で、早いうちに両親を亡くし、叔母の支援で生きてきたことに心から感謝している。教授職就任のライバルとして復活してきたレェーヴボルクの才能に一瞬焦りを感じるが、その内容に心からの敬意を抱いている。
池田成志 / エイレルト・レェーヴボルク
ヘッダの昔の恋人。イェルゲンと同じく研究者だったが、酒と女に溺れ、キャリアを台無しにしてしまう。ヘッダは、彼の豪快で想像力あふれる話を聞くのが好きだったが、ヘッダへの思いが執着へと変わり始めた彼に恐れを感じたヘッダに銃に脅され、一方的に関係を断ち切られる。
水野美紀 / エルヴステード夫人
ヘッダの学校の後輩で旧名テーア・リーシング。イェルゲンとも旧知の間柄。田舎の名士エルヴステード家の家庭教師から後妻に入り、生徒の継母となる。新任の家庭教師としてやってきたレェーヴボルクを愛してしまい、彼の執筆にも献身的に協力。共同で本を書き上げ、復活に尽力する。
佐藤直子 / ミス・テスマン(ユリアーネ)
死んだ兄の息子イェルゲンを支援することに一生を捧げてきたイェルゲンの叔母。独身。ひたすらイェルゲンの幸福だけを願っている。ここ数年は、寝たきりの妹リーナの介護もしている。自分の年金を抵当に入れてまで、イェルゲンの新居の家具などを調達した。イェルゲンの喜ぶ顔を見るのを楽しみにしている。
福井裕子 / ベルテ(テスマン家のメイド)
もともとは、ミス・テスマンの家のメイドとして働いていたが、イェルゲンの結婚を機に、ミス・テスマンの指示でイェルゲンの新居のメイドとなる。新妻ヘッダが、もともとは将軍家で何不自由ない生活に慣れていることで、ヘッダの気に入るように世話ができるのかを、とても心配している。
段田安則 / ブラック判事
ヘッダと同じ上流階級に属する上品な紳士で街の有力者。仕事柄、顔が広く社交家で独身主義。イェルゲン、ヘッダとも旧知の仲だが、実はヘッダに気がある。退屈と絶望から追い詰められたヘッダがとった行動を見抜き、それをネタに、彼の恋心は歪んだ形でヘッダの目の前に突きつけられる・・・。