第73回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(最優秀脚本賞)受賞
歌う。この悲しみに、別れを告げて──
「失い」の星の下に生まれた彼の声は、やがて音楽となり、光の方へと優しく響く。
現代ヨーロッパの最重要映画作家のひとり、アンゲラ・シャーネレク監督による「完璧な映画作品」
本作は、悲しみを抱きながらも、やがて音楽と出会い、歌うことでその悲しみを乗り越えようとする男・ヨンを主人公にしたドラマ映画。
「悲劇の最高傑作」として名高い「オイディプス王」に着想を得つつ、舞台を現代ヨーロッパに置き換え、大胆かつ自由に翻案した本作は、2023年開催のベルリン国際映画祭のコンペティションに出品され見事銀熊賞(最優秀脚本賞)を受賞。その後もトロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭、ロンドン映画祭、そして東京国際映画祭と世界中の主要映画祭に選出・称賛された。
監督はアンゲラ・シャーネレク。すべてを美しく厳粛に映す類まれなイメージメーカーであり、そこに表れる人々の感情を静謐に、しかしエモーショナルに掬い上げるそのスタイルから、「ロベール・ブレッソンやシャンタル・アケルマンを思い起こさせる」と評される、現代ヨーロッパ映画の最重要作家のひとりである。シャーネレク監督は1962年ドイツで生まれ、舞台女優として活動したのち、95年から映画製作を本格化。小津安二郎の『生れてはみたけれど』に作品名でオマージュを捧げた2019年作『家にはいたけれど』で第69回ベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀監督賞)を受賞。そして本作『ミュージック』で同映画祭での2作連続の銀熊賞受賞を果たした。
主演は『ジュリア(s)』などに出演し、歌手としても知られ本作の劇中でも優しい歌声を響かせるアリョーシャ・シュナイダーと、『イサドラの子どもたち』での名演が記憶に残るアガト・ボニゼール。タイトルの通り、本作において重要な役割を持つ音楽の楽曲提供にクレジットされたのは、カナダ・トロント在住のミュージシャン、ダグ・ティエリ。日本でもファンの多いサンドロ・ペリとも協働するアーティストで、シャーネレク監督が1年以上のリサーチの末にようやく出会ったティエリの楽曲が、本作を完成へと導いた。
私たちはいかにして自らの悲しみや運命と向き合い、その先に光を見出すのだろうか?そしていつも私たちを魅了する「音楽」はどこからやってくるのだろうか? 最高峰の映画作家が紡ぐ「完璧な映画」から、目が離せない──。
【STORY】
遠い星から来る光のように
時間も空間も超えて
あなたの顔が見えるように
嵐の夜、ギリシャの山中に置き去りにされた赤ん坊は、救出した夫婦に引き取られヨンと名付けられる。青年となり、悲劇的な出来事に見舞われた彼は刑務所へ送られ、看守として面倒を見るイロと出会う。ヨンを気遣うなか、イロは彼のためにテープに音楽を吹き込み、ヨンはその音楽に癒しを見出す。やがて刑務所を出たヨンとイロは特別な絆で結ばれるものの、ヨンはふたたび運命の歯車に翻弄される。しかし、彼が悲しみと向き合うその先には、優しく鳴り響く美しい音楽があった。
【DIRECTOR】
アンゲラ・シャーネレク
ANGELA SCHANELEC
© Ivan Markovic
1962年生まれ。演劇を学び、タリア劇場やシャウビューネ劇場で俳優として活動したのち、90年-95年にかけて、ドイツ映画テレビ・アカデミー・ベルリン(DFFB)で映画製作を学ぶ。同級生にはクリスティアン・ペッツォルト監督やトーマス・アルスラン監督がおり、その後2000年代に存在感を表していく彼・彼女らを指して“ベルリン派”として紹介され注目を集める。
主な作品に『My Sister's Good Fortune』(1995)、『都会の場所』(1998)、『マルセイユ』(2004)、『オルリー』(2010年)、『はかな(儚)き道』(2016)、『家にはいたけれど』(2019)など。これまでカンヌやロカルノなど世界中の映画祭で高評価を得ており、ベルリン国際映画祭では最優秀監督賞と最優秀脚本賞、異なる部門での2作連続の銀熊賞受賞という快挙を果たす。
クワイエットで詩的なそのスタイルは、映画を志すきっかけとなったと自ら語るロベール・ブレッソンや、シャンタル・アケルマン、ケリー・ライカートなどと並べて語られることもあり、それらのシネアストたちの名前を確かに意識させつつも、「キャリアの最初から、私自身の映画言語を形成したいと強く思っていた」と話す通り、現代映画界において類まれな存在感を放つ。