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Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品 All the Winners

第36回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品

木下直之 著

『ゾウに乗る』

(2026年7月 東京大学出版会刊)

選 考 荒俣宏
賞の内容 正賞:賞状
副賞:100万円
受賞者プロフィール

© BakuKinoshita

木下直之(きのしたなおゆき)

1954年、静岡県浜松市生まれ。東京藝術大学大学院中退。兵庫県立近代美術館学芸員、東京大学総合研究博物館助教授を経て、同大大学院人文社会系研究科教授。現在、東京大学名誉教授、静岡県立美術館館長。『美術という見世物』でサントリー学芸賞、『わたしの城下町』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他の著書に『世の途中から隠されていること』、『股間若衆』、『銅像時代』、『せいきの大問題』、『動物園巡礼』、『木下直之を全ぶ集めた』他。紫綬褒章受章、中日文化賞受賞。

受賞作品の内容

戦うゾウ、芸するゾウ、お祭りのゾウ……日本人にとってゾウはどんな存在なのか。戦後すぐ、デパートの屋上で暮らしたアジアゾウのたかちゃんを案内嬢に、「乗る」「洗う」「曳く」「食べる」など9つのテーマから探る。

選評

象に乗った話 / 選考委員 荒俣宏

 Bunkamuraドゥマゴ文学賞とは、つくづく罪つくりな賞であると、選考委員を経験し初めて思い知らされた。とにかく選出の責任を選考委員が負わねばならないからだ。その場合、周囲に有無を言わせぬ力と気合のようなものがないと、悲惨な目に会う。ぼくも、最後は開き直りだった。
 そもそも悪いのは、本家パリのドゥマゴ賞なんだ。フランス最大の権威を誇るゴンクール賞が、これまた権威ある文化人のアンドレ・マルローに与えられたとき、これに反発した若い作家たちが、カフェ ドゥ マゴに集まって、無名だが革新的な才能を有する威勢のよい若手に、独自の賞を与えたことが始まりだった。つまり、権威に口を出させぬ独自の価値観を押し立てた賞だった。
 でも、フランス文学がいちばん勢いのよかった1930年代だから、そんな蛮勇をふるうこともできたのだ。今の日本で、堂々と権威を打ち負かせる新派なんか、見つけだせるのか? この優柔不断が、一年間悪夢に悩まされた原因だ。だがしかし、あらゆる権威が崩壊した現状で、またゾロあたらしい権威を選ぶこと自体がおもしろくない。ぼくにできるのは、受賞しても権威にならないような見落とし領域を手堀りしている人をみつけることだ、と覚悟を決めたのは、候補選びの締め切り一か月前であった。
 木下直之という人は、たとえばウィキペディアで読んでも、何をやっている人なのか、ほとんど分からない。権威の象徴たる東大名誉教授だが、権威をめざす気配もない。恐れ多いことに美術を「見世物」扱いするし、町にあふれる裸体の彫像を好んで、小便小僧をはじめとする「股間若衆」の丸い膨らみ具合に「セイキの大問題」を提起し、最近は祭に登場する張りぼての人形や山車を、美術作品にあらず「作りもの」と称して、ゴミ的美を「文化資源」として見直す仕事に取り組んでいる。
 ぼくが木下さんの研究に興味を持ったのは、美術的価値のない美術への執着にあった。役に立たぬものこそ奥が深いという真理である。ところが、現代の「作りもの」というべき機械やビルは、壊れれば修理せず、おおむね廃棄解体され、古いものを残さない。しかし、昔の木造建築なら、五十年経つとようやく風格が出た。現代のスピード社会では、すべての価値観が「今」という有用性に集中するから、風格も全体像も見えるわけがない。
 ありがたいことに、木下さんは本年、そうした着眼点を分かりやすく本を出版された。なんと、ゾウを材料に日本を語ったのだ。はじめ『霊獣』という架空動物だったが、木下さんの眼はさらにどんどん先へ突き進んで、最後にはゾウを食べた日本人にたどり着く。ゾウがすべて殺処分になったはずの昭和二十二年に、なぜ松竹映画『象を喰つた連中』にゾウが出演できたのか。これを調べる中で、ゾウの肉を食べた日本人を次々に見いだし、作家筒井康隆のお父さんにまで行きついたり――また、ゾウを連れて来日したチャリネという曲馬団をさすったら、彼らがキューバへ巡礼したとき、現地で放浪していた日本人、あの南方熊楠を雇い入れてゾウの世話をさせたこともわかったり。文字どおり、群盲は象を撫でる。
 木下さん、ぼくもこの象に乗りました!

荒俣宏(あらまたひろし)

1947年東京都生まれ。博物学者、小説家、翻訳家、妖怪研究家、タレント。慶應義塾大学法学部卒業。大学卒業後は日魯漁業に入社し、コンピュータ・プログラマーとして働きながら、団精二のペンネームで英米の怪奇幻想文学の翻訳・評論活動を始める。80年代に入り『月刊小説王』(角川書店、現KADOKAWA)で連載した、オカルトの叡智を結集した初の小説『帝都物語』が350万部を超え、映画化もされる大ベストセラーとなった。『世界大博物図鑑』(平凡社)、『荒俣宏コレクション』(集英社)など博物学、図像学関係の作品を含め、著書、共著、訳書多数。

受賞の言葉

ゾウが背中に誰を乗せてきたかについて少しだけ詳しくなる本 / 受賞者 木下直之

 これほど権威ある、いやない(?)、いやどっちなんだ(!?)、選者荒俣宏さんによれば、本家パリのドゥマゴ賞はゴンクール賞の権威に反発して生まれたという。それにあやかるBunkamuraドゥマゴ文学賞を頂戴するなんて、これほど光栄なことはない。

 たまたま、拙著の最後にゴンクール兄弟が登場するので、最初にその話を。普仏戦争下、パリが食糧難に苦しんだ1870年暮れの肉屋の様子を日記に書き留めている。なんと店先には、殺された動物園のゾウの肉が並んでいたのだ。売り込む肉屋の親父と品定めをする主婦との丁々発止。それから七十三年後に、やはり動物園のゾウが殺されたことを絵本『かわいそうなぞう』で理解している日本人とは、人間と動物の関係がいかに違うかを教えてくれるエピソードだ。そして、日本でもゾウが食べられたことは誰も覚えていない。

 受賞の言葉を書くべき場所にいきなり本書の一端を披露してしまったが、書き始めた時点で、ゾウを食べる話を知っていたわけではない。たまたま、1947年2月に封切られた松竹映画『象を喰つた連中』のポスターを目にしたことで、知らない世界が開けた。一歩足を踏み入れると脇道があり、そちらに進めばまた脇道があり、さらに脇道という具合に、自分でも「何をやっている人なのか、ほとんど分からない」(荒俣評)ことになる。

 そうやって人生の大半を費やしてきた。これまでの本もそうだが、今度の『ゾウに乗る』も本屋の店員泣かせ、さらにいえば出版社の営業泣かせの本だろう。本屋のどこに置いたら良いかわからないからだ。発売日に本屋に出かけたが、やっぱり見つけられなかった。検索機で調べると、「商品の在処については、店員までお気軽にお問い合わせください」と出た。面白くなって、いろいろな本屋で試みると、「民俗誌」、「動物民俗」、「生活文化」などといろいろな在処を教えてくれる。

 いつの間にか、どこにも分類できないものばかり追いかけてきた。新種とまではいかないが、珍種・珍図発見の喜びを知った。なぜ「珍」なのか。それは何ものかの陰、あるいは影に隠れているのだから、何ものかを動かすか、光源をずらせばよい。つまり境界線を越えるのではなく揺さぶり、動かす。

 こうなった原因ははっきりしている。平凡社の『世界大博物図鑑』哺乳類の巻に、雪男・人魚・河童・天狗・半人半馬らが載っていたからだ。これが脳みそを直撃、爾来、架空と実在の境界線は消滅し、虚実ないまぜに考える頭へと変化した。三十六年前(今が七十二歳だから人生半ば)、『日本美術の19世紀』という展覧会の企画に対して倫雅美術奨励賞を頂き、その賞金で購入したのがこの図鑑である。それを書棚の一番下に置いて(重いから)、すぐ上の段に「何を書いている本なのか、ほとんど分からない」(木下評)拙著を並べてきた。したがって、図鑑の編者にして著者たる荒俣宏さんからBunkamuraドゥマゴ文学賞に選んでいただくなんて、これに勝る喜びはない。

 ところで、この本をいくら読んでも、ゾウを知ることはできない。しいていえば、ゾウが背中に誰を乗せてきたのかについて少しだけ詳しくなれる。そんな世界へ導いてくれたのがアジアゾウの高子だった。日本橋高島屋の屋上で暮らした四年間に光を当てる展覧会の監修を頼まれ、この本が生まれた。高子の日々は子どもたちを乗せるためにあったから、タイトルは『ゾウに乗る』だと瞬時に決まった。それから私に訪れたゾウに乗る日々は楽しかったなあ。

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