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ニュース&トピックス

≪Artist File Vol.1≫吉岡耕二

(2020.11.11)

■プロフィール

まばゆいばかりの色使いで、“色彩の魔術師”と称される吉岡耕二。
24歳で自由な色彩表現を求めてパリ国立美術学校に留学した吉岡は、1975年に日本人としては最年少の31歳でサロン・ドートンヌの正会員に推挙されるという栄誉に輝きました。その頃から地中海を中心としたヨーロッパや北アフリカ、カリブなど様々な土地を巡り、その情景をキャンバスに描いています。その伸びやかなマチエールと大胆な構図は観る者を魅了し、吉岡の手によって鮮烈に彩られた風景は、都市の新たなイメージをも提示しています。


<略歴>

1943 大阪府生まれ
1967 渡仏 パリ国立美術学校に留学
1968 サロン・アーティスト・フランセーズ受賞 / グランパレ
1970 サロン・ドートンヌ初出品 会員候補に推挙される
1971 サロン・テールラテンに招待される
1973 アンデパンダン展出品
1975 サロン・ドートンヌ正会員となる
1981 14年間の滞仏生活を終え帰国
    東京・大阪を中心に毎年各地で展覧会を開催<近年の主な展覧会>
2011 総合展 招待作家として参加(高知・高松)
    「東日本大震災動物支援チャリティー 吉岡耕二版画展」 / Bunkamura Gallery+
    アトリエ出版企画「チャリティー総合展」(東京)
    芝田町画廊 チャリティー展(大阪)
2013 個展/東呉大学(台北)
2014 個展/ 阪急うめだ本店(大阪)
2015 個展/横浜高島屋(東京)
    個展/ギャラリー桜の木(軽井沢)
    個展/ アブダビ(アラブ首長国連邦)
2017 個展/尾山ギャラリー(大阪)
    個展/ギャラリー桜の木(東京)
2019 個展/ギャラリー桜の木(東京)
2020 個展/Bunkamura Gallery(1997年より15回)

 

 

■インタビュー

<作品制作の軸>
「もっと色を使いたい」その想いから始まった独自のスタイル—。
今の日本と違い、鮮やかな絵の具がなかった時代。20代であった吉岡氏はマチスやボナールが使っているような鮮明でビビットな色使いの油彩画に憧れ、単身貨物船に乗り込み1か月かけてフランスを目指します。心揺さぶられるような色彩を求め、ヨーロッパ各国をヒッチハイクで旅し、感性を育て、長年の時を経て現在の画風スタイルを確立させました。

 

<描きたい衝動に駆られる風景>
旅している最中に「空間がはまる」一瞬がある—。
鉄道やバス、タクシーの窓から見える一瞬の風景にインスパイアされ、その印象を色面の組み合わせを気にしながら形にしていく。「描きたい!」と思わせる風景の多くは様々な窓枠から生まれます。吉岡氏にとって窓は世界を映すキャンパスなのです。

<素材へのこだわり>
中間色がきれい—。
ルフラン&ブルジョアやホルベインなどはもちろん、世界各国の様々な絵の具を試した結果、ピンクやトルコブルーなどの中間色がきれいなレンブランドを長年愛用。湿気が多い日本で使われる油彩では出せない色を持っていて、イメージに合った色彩表現ができるとのこと。また青年時代には、フランスで必死にアルバイトして得たお金を、空腹ながらも食費ではなく高価な絵の具代にまわし喜んでいたと笑顔で語ってくださいました。

 

<アーティストになったきっかけ>
気が付けば絵を描いていた—。
少年期、引っ越しを多く経験し学校へ通うことに疲れてしまった時期に自然と絵を描き始め、中学の先生の勧めで公立だが絵を学べる高校に進学。その後、テキスタイルデザインを手掛ける仕事を務めたが、絵を描くことに強い興味を抱いていた青年吉岡は、本物の「色」を求め渡欧。現在に至るまで、「色」への情熱は途絶えていません。

<インスパイアされた作家>
木村忠太と二コラ・ド・スタール—。
影響された作家の一人が、当時パリの郊外に住んでいた画家、木村忠太氏。パリにあったドイツ系ギャラリークラーゲルで開催されていた個展に足を運び、その作風に強く感銘を受けたそうです。そしてもう一人がロシア出身の画家、二コラ・ド・スタール。パリの美術館で偶然出会った縦6m横3.5mの継ぎ目のない巨大な作品「コンサート」。その色彩や構図にインスパイアされ、自身の作風にも大きな影響を与えた吉岡氏にとって憧れの人物です。日本で初めてド・スタールの作品が紹介された時にももちろん足を運ばれたとのこと。