この度、Bunkamuraシアターコクーン芸術監督に演出家・劇作家である松尾スズキ氏の就任が決定しました。
大人計画の主宰を務める松尾氏は2000年にミュージカル『キレイ―神様と待ち合わせした女―』で作・演出としてシアターコクーンに初登場。以後、2003年『ニンゲン御破産』、2008年『女教師は二度抱かれた』、2012年『ふくすけ』、2016年『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』、2018年『ニンゲン御破算』を、松尾氏ならではの独特な視点で描き、演劇界に大きな衝撃を与え多くの話題作を生み出してきました。
松尾スズキ×シアターコクーンの代表作である『キレイ―神様と待ち合わせした女―』は2005年、2014年と再演を重ね、今年2019年12月にも4度目の上演を予定しています。
また、作・演出のみならず、2006年『労働者M』(作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ)や2014年『もっと泣いてよフラッパー』(作・演出:串田和美)に俳優としても出演し、存在感ある演技を魅せてきました。
就任に伴いまして、2019年9月9日(月)に松尾スズキ氏のシアターコクーン芸術監督就任会見をBunkamuraにて実施いたしました。
就任となる松尾スズキ氏の挨拶のほかに、12月上演舞台『キレイ―神様と待ち合わせした女―』より、阿部サダヲさん、小池徹平さん、神木隆之介さんが駆け付け、盛大に芸術監督就任を祝いました。
【松尾スズキ氏コメント 芸術監督就任にあたって】
芸術監督をやらないか? そう、Bunkamuraの方に言われ、驚きとともに、ずいぶんと悩みました。シアターコクーン芸術監督という仕事の前には、串田和美、蜷川幸雄、という二人の巨匠の名前、その、とてつもない業績が切り立った山のように立ちはだかっております。その後に松尾スズキなどという軽薄な名前の、演劇人なのかコメディアンなのか、実体のフワフワした人間が続いてよいものか。良識ある演劇関係者らが鼻白む姿がありありと目に浮かびます。
そこで、私は、とある茶室にて、率直に聞くことにしました。
「私がコクーンの芸術監督になって私が得をすることってなんなのですか?」と。
Bunkamuraの方は、しばらく考えて、私の耳に唇を寄せて言いました。
「この渋谷の劇場が…松尾さんのための劇場になるんですよ」
そのとき、私の脳裏に故浅利慶太さんのお姿が浮かびました。
それは、自分の劇場を持ちに持った、薄いサングラスをかけた男の御影です。
尊敬する演劇人は誰か? と聞かれるたび、私は浅利さんの名前をあげていました。劇場を持つ。すべての演劇人の夢を徒手空拳の状態から実現した男が彼であるとすれば、その名が浮かぶのは当然の成り行きでしょう。
「…なるほど」
そしてまた、私は、もう一つの疑問をぶつけました。
「で、実際、串田さん、蜷川さんは、芸術監督としてどういうことをやっていたんですか?」
Bunkamuraの方は「うーん」と、しばし、口に手を当て、軽く目を閉じて言いました。
「人、それぞれ・・・ですね」
でしょうね。
そう、私は思いました。串田さん、蜷川さん、お二人の仕事ぶりを見るに、
「好きなようにやってらっしゃる」
としか、私には思えなかったからです。
これが公共の劇場ならそうはいかないでしょう。なにしろ、税金を使ってやる仕事です。役人を交えた煩雑な手続き、書類の作成、会議につぐ会議、そういう、私の最も苦手な作業が目に浮かびます。会議をしていると私は、家に帰りたくなるのです。しかし、シアターコクーンはBunkamuraという一企業の劇場。国民のために演劇がどうあるべきか、などということは、一切考えずに芝居がやれる。私は、常々、自分の「オリジナリティの追求」のためだけに芝居をやって来ました。今さらぶれたくない。いや、30年以上、ぶれずにいたからこそ、チケットが売れ、信用を生み、人材が集まり、スタアが生まれて来たのだと、そう信じています。串田さんも、蜷川さんも、キレイごとを抜きに、おのれの演劇に対する欲望を忠実につらぬき、その結果が評価に結びついたのだと思います。それはきっと、ひとまわりしてむしろ日本のために効いている。私は先輩たちのメンツにかけてそう思いたい。
キレイごとを嫌い続けていれば、自然にキレイな表現者になれるのです。
見たいものだけが集い、見たくないものは見ない自由を行使すればいい、演劇は、見せるものと見るものの関係が、非常に健康的な文化です。私は、Bunkamuraの予算を使い、稽古場を使い、劇場を使い、好きなスタッフと好きなプレイヤーを集め、先人のように、好き勝手にやってやろうと思います。在任中に、松尾のオリジナリティを大劇場に向けて絞り出し切ってやろうと思っています。出し切るためには、多少のわがままも言う。それが、選ばれたことに対する誠実さだと考えております。ダメでもともと、Bunkamuraの社員が何人かがっかりするだけじゃあないか。
打診を受けてから2年、具体的なアイデアは頭の中でひしめきあっています。アーティスティックなものから、あからさまなエンターテインメントまで。ひしめきあいすぎてここには簡単に書けません。
どうか、ご期待、そして、なにかと生温かい目で、よろしくお願いします。
【松尾スズキ氏プロフィール】
1962年12月15日生まれ、福岡県出身。1988年に大人計画を旗揚げ、主宰として作・演出・出演を務めるほか、小説・エッセイ・シナリオ執筆、映画監督、俳優など多彩に活躍中。97年『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞受賞、01年『キレイ-神様と待ち合わせした女-』でゴールデンアロー賞・演劇賞を受賞。04年初の長編映画監督作『恋の門』がヴェネツィア国際映画祭に正式出品される。06年に小説『クワイエットルームにようこそ』が芥川賞候補となり、07年には自ら監督・脚本を務め映画化した。同年公開された映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』では脚本を担当し、日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。10年に『老人賭博』、18年に『もう「はい」としか言えない』が芥川賞候補となる。最近の主な作・演出作品には日本総合悲劇協会『不倫探偵~最期の過ち~』(15/出演も)『キャバレー』(17/演出)『業音』(17/出演も)など。監督作に映画『ジヌよさらば~かむろば村へ~』(15)など。本年は舞台『世界は一人』、映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(声の出演)、大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』、ドラマ『フルーツ宅配便』などに出演。また、自身が監督・脚本・主演する映画『108〜海馬五郎の復讐と冒険〜』が10月25日に公開を控えている。そして、正式部員は自身一人という“東京成人演劇部”を立ち上げ、その第一弾として安藤玉恵との二人芝居『命、ギガ長ス』を上演。
松尾スズキ氏写真:©細野晋司