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第8回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第8回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

矢作俊彦 著

『あ・じゃ・ぱん』

(1997年11月 新潮社)

選 考 椎名 誠
受賞者プロフィール
矢作俊彦(やはぎとしひこ)

1950年横浜生まれ。作家・映画監督。68年に漫画家としてデビュー。主な著書に『気分はもう戦争』(画・大友克洋) 『夏のエンジン』『スズキさんの休息と遍歴 -またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行-』『新ニッポン百景'95~'97 -衣食足りても知り得ぬ〔・・・礼節・・・〕への道標として-』などがある。

受賞作品の内容

 昭和天皇崩御の京都の街中で、偶然、画面に収められた一人の伝説の老人。しかし、私の眼は、老人の側に寄り添う美しい女にくぎ付けになっていた。その女こそ…。
 来日したCNN特派記者が体験する壮烈奇怪な 「昭和」の残照!

選評

「矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん』できまり!」/ 選考委員 椎名 誠

 第8回「Bunkamuraドゥ マゴ文学賞」は矢作俊彦氏の『あ・じゃ・ぱん』に決定します。
 ご存じのようにこの文学賞は選考対象にオープンマインドで、毎年交代しますが選考委員は常に一人です。したがって極めて自由な極めて冒険的な賞です。設立された時から注目していましたので、この賞の選考委員の打診があったとき、私は躊躇なく喜んでお引受けしました。自分の好みとこだわりだけでその年の受賞作品を決定できる、というのはまことに痛快であります。

 そのためには痛快な作品を見つけなければならない、という圧迫感はありましたが、誠に恵まれていたことにそれから程なくして本書が発刊されました。一読して本作品をこの賞の対象に強く意識しました。しかし、それと同時に若干の不安もありました。

 日本の文学の既成概念を、かなり計算された剛腕で、暴力的にぶち破るこの小説は、極めて強烈なキャラクターと、攻撃的な武具を身にまとっていて、読む者をそいつできりきり刺しこんできます。恣意的な毒を常に発散している作品です。

 すなわち大変目立つ作品でありました。そのためでしょう。発刊当時からかなり長いあいだ多くの書評をにぎわせていました。したがって、この作品はいずれなにかの賞を取るのだろう、と私は考えていました。それは大変喜ばしいことです。けれどそうなると本賞のほうは二番煎じのようなイメージも出てくるだろうからいささか悔しい気もします。が、まあしかしそれだけ強烈に力のある作品ですからあちらもこちらも受賞、ということでよい、と考えていました。
 ところが、本日(九月三日)まで不思議なことにこの作品はどの文学賞にもかかわることなく(無賞=無傷)のままできています。これは大変に意外なことでありました。

 私はこの二十五年、『本の雑誌』という文字どおり本と読書の雑誌の編集長をやってきておりますが、その本読み仲間とそのことについて話したとき、おそらく今の既成の文学賞は、本書のような剛腕かつ緻密な、そしていわゆる破天荒な、さらに読む者の理解力の器のなかを乱暴に引っかきまわすような作品があまり好きではないのではないか、というような結論になりました。
 勿論、だからといってこの作品を推す私の理解力がどうこう、といっている訳ではありません。

 いくつかの書評はこの作品をパロディ小説としてとらえているようでしたが、どうも単純なパロディとも違っていて、この作品はもうすこし"悪辣"です。現実のパイと虚構のパイを同じくらいの比率で混ぜたもので一人が幾種類もの手をつくらねばならない、というような面倒で収まりの悪い労を強いてくる作品で、これまであまりお目にかかったことのないひねくれ者です。

 そしてまた強く推薦していながらこういうことを申し述べるのも恥ずかしいことですが、正直な話、おそらく私はこの作品で作者が「こう」と意図して表現し、そして巧妙に仕掛けた記述的"罠"の半分も気づいていないのだろうと思います。すなわちそのくらいこの小説は構造的な暗喩に満ちているのです。恐ろしく細部までこだわった知のパズルであり、それを解く背景にグロテスクな文明批評が横たわっている、というとにかく一筋縄ではいかないしぶとい奴なのでもあります。

 そういう意味でこの作品は、少なくとも衆に媚びた普遍的な要素は少ない。むしろ作品が読む者を選んでいる、という種類の一篇であります。言葉を換えていうと、ある種のカルト的な作品といっていいかもしれない。しかし、そうであっても、この緻密にしてラディカルなこの小説世界の創出はまさしく小説というものの持っているひとつの「力」の勝利ではないか、とも思うのです。