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第17回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第17回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

赤坂憲雄 著

『岡本太郎の見た日本』

(2007年6月 岩波書店)

選 考 荒川洋治
賞の内容 正賞:賞状+スイス・ゼニス社製時計
副賞:100万円(出席ご希望の方はパリ・ドゥマゴ文学賞授賞式にご招待)
授賞式 2007年10月16日(火) Bunkamura
第一部 受賞記念対談
16:00 オーチャードホール・ビュッフェ

第二部 贈呈式と小宴
17:30 「ドゥ マゴ パリ」テラス
受賞者プロフィール
赤坂憲雄(あかさか のりお)

1953年東京都生まれ。東京大学文学部卒。東北芸術工科大学大学院長、同東北文化研究センター所長。専門は日本思想史・東北文化論。
著書に『東西/南北考』(岩波新書)、『異人論序説』、『排除の現象学』(ちくま学芸文庫)、『境界の発生』『子守り唄の誕生』(講談社学術文庫)、『山の精神史』『漂白の精神史』『海の精神史』(小学館)、『東北学へ』1~3(作品社)など多数。編著に『いくつもの日本』全7巻(岩波書店)など。

選評

「ひろがり、深まる人の姿」/ 選考委員 荒川洋治

 赤坂憲雄の評論『岡本太郎の見た日本』は、2007年6月26日、岩波書店から刊行されました。民俗学者として活躍する著者の、最新著作です。深い知見が集約された労作ですが、静かに微風を感じるときのような、親しみもあります。ひろく日本の文化、歴史、社会についてより深く理解したいと願う人にとって、とても魅力のある書物だと思います。
「芸術は爆発だ!」。画家、岡本太郎(1911~1996)はその美術活動を通して、日本人を(子供からおとなまで)とても元気にしてくれましたが、実は自分のことばとからだ、全部をつかって、日本の文化とは何かを考えつづけた人でした。
 パリ時代の体験から生まれた「思想家」岡本太郎は、帰国後、これまで見知る日本とは異なる「いくつもの日本」の姿と、それらの秘められた交響を、東北、沖縄など日本列島各地の旅によって発見、確認していきます。そこでは「身をやつした民族学者」となって、民族主義者でもなく伝統主義者でもない、あたらしい立場にたち、ほんとうの日本と出会える道をきりひらきました。そんな岡本太郎の「世界」は、いまも多くの人に十分理解されているとはいえません。孤立しながらも独自の日本観を力強く形成していく、情熱と闘いの道筋を、著者赤坂氏は、岡本太郎の言葉をもとに、注意深く照らし出していきます。
「太郎は書いていた、――日本人は日本を本土の内側に、一定の限界としてしか捉えていない、まわりには碧色に輝く海が広がっており、島々が無数につらなっている、それを肉体としてつかみとっていない、日本という抽象的な観念から抜けだし、かつて祖先が全身に受けとめていた太陽の輝きと、南から北からの風の匂い、その充実した気配を血のなかに取り戻さなければならない、と。」(本書・第4章)
 風ということでいえば、韓国のチャンスン(村境に立つ、木の標識)の話も印象的です。韓国ではいまも見かけるものです。
 チャンスンの先端に、鳥の木彫りがくっついているようすを見て、岡本太郎は思います……。そこにはよく鳥が止まったろうから、それがイメージとして固定されたのではないか、と。「風の柱」チャンスンは、風に吹かれながら、ひとりさまよいつづけた岡本太郎の姿そのものかもしれません。日本の「東と西」、さらには「日本」という呼称への見方など、きわめてだいじな問題についても、岡本太郎はどの歴史学者よりも早い時期に、明快に論じていました。彼がよくもちいた「生活」という言葉も美しく、力づよいものです。そればかりではありません。彼が書いたこと、夢見たこと、あらゆることが心に残る、とても大きな人でした。没後11年、その思いは深まるばかりです。
 この本は、岡本太郎への「ひとつの恋文のようなもの」と、著者は述べます。恋をつづるときのような柔らかな、ことばの光にみたされていますが、対象に向きあう著者の文章には距離感と客観性が終始保たれています。その清涼な視線にみちびかれて、読者は、岡本太郎個人のみならず、社会や文化とつながって生きるすべての人への新たな愛情と興味、そして日本人に残された心と目の課題を、深みとひろがりのなかに感じとることになるでしょう。
 この本には、人間を描くために、思うために求められる、構成、展開も含めた総合的な文章表現の、理想が実現されているように思われます。学術・芸術の枠を超えたところにひらかれた、この著作の心は、とうといものであり、たいせつなものだと感じました。

荒川洋治(あらかわ ようじ)

1949年福井県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。75年詩集『水駅』(第26回H氏賞)で詩壇に登場。詩、詩論、文芸時評、放送の分野で活動する。96年より、肩書を現代詩作家とする。詩集に『あたらしいぞわたしは』(気争社)、『渡世』(筑摩書房・第28回高見順賞)、『空中の茱萸』(思潮社・第51回読売文学賞)、『荒川洋治全詩集』(思潮社)、『心理』(みすず書房・第13回萩原朔太郎賞)、エッセイ・評論集に『忘れられる過去』(みすず書房・第20回講談社エッセイ賞)、『文芸時評という感想』(四月社・第5回小林秀雄賞)、『黙読の山』(みすず書房)など多数。