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第16回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第16回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

平松洋子 著

『買えない味』

(2006年5月 筑摩書房)

選 考 山田詠美
賞の内容 正賞:賞状+スイス・ゼニス社製時計
副賞:100万円(出席ご希望の方はパリ・ドゥマゴ文学賞授賞式にご招待)
授賞式 2006年10月11日(水) Bunkamura
第一部 記念イベント
16:30 オーチャードホール・ビュッフェ
第二部 贈呈式と小宴
18:00 「ドゥ マゴ パリ」テラス
受賞者プロフィール
平松洋子(ひらまつ ようこ)

東京女子大学文理学部社会学科1980年卒業。アジアの食文化をはじめ、食と生活文化一般をテーマに据え、雑誌・新聞・書籍等で著述活動を行う。エッセイストとしても執筆の幅を広げている。主な著書に、『アジアおいしい話』(ちくま文庫)、『平松洋子の台所』(ブックマン社)、『台所道具の楽しみ』(新潮社)、『とっておきの韓国・朝鮮料理』(マガジンハウス)、『おいしいごはんのためならば』(世界文化社)、『買物71番勝負』(中央公論新社)、『おいしい暮らしのめっけもん』(文化出版局)、『旬の味、だしの味』(共著・新潮社)、『こねて、もんで、食べる日々』(地球丸)、『わたしの沖縄食紀行』(集英社be文庫)など多数。書き下ろし次作として、エッセイ集『おとなの味(仮題)』(平凡社)ほかを予定。
写真:© 西田昭

選評

「買えない味を知る資格」/ 選考委員 山田詠美

 前に、男友達と昔のサスペンスドラマのDVDを借りて来て一緒に観ていた時のことです。ドラマが、いよいよ大詰を迎え、政財界の黒幕たちが一堂に会することになった料亭での場面で、彼が興奮して言いました。
「大物たちの化かし合いが始まるぞ! ああわくわくする。な? 」
 その問いかけに、私はこう返しました。
「うん。あの料亭、ごはん、何が出て来るんだろう 」
 呆気に取られた男友達が、まじまじと私を見て言うことには。
「そういう観方って、ある訳?……(絶句) 」
 あるんです。だって、あの場面、いつまでたっても、お通ししか出て来ないんですもの。腹がへっては戦が出来ないではありませんか。
「おまえって、いつも食いもんのことばっか考えてない? 」
 そうなんです。私は、食べ物にまつわるあらゆることに興味津々。とりわけ、その種の文章に目がないのです。古今東西、あらゆるものを読みました。その読書歴には、ちょっぴり自信があります。そして、それによって培われた審美眼にも。世に数多く出回る食に関する文章。その中で、優れていると私が思うものは、実は、それほど多くない。自分の食通ぶりをこれでもかとひけらかしたり、お洒落なライフスタイルの中で作る気取った料理をみせびらかしたり、誰も行く機会のない土地での変わった料理を食す我身の果敢さを自慢したりする書き手が氾濫しているのには、がっかりです。そして、だいたいが、文章に品がない。味がない。風味がない。それよりも何よりも問題なのは、食を共有する人々の姿が見えて来ないこと。食べることは、皿の上だけで完結するのではないのです。それは、大袈裟に言えば、人々の人生のひとときを物語に巻き込むことなのです。
 ここで、世にも美しい食に関する随筆から引用してみましょう。少し長くなりますが。
<扉に閂を落とすように、夏はぱたりと終わる。
 あ、吹く風に秋が混じった。となればその瞬間、たとえば足先のペディキュアの色がにわかに浮き上がって映る。けれど、この数ヶ月ずっと馴染んだ習慣にすぐさま閂を落とすわけにもゆかず、しばらく足先がもじもじ所在ない。秋の入り口、紬のきものに袖を通そうかという時分になって、再び指の先は素に戻り、白い足袋のなかにおさまる。季節は巡ったのである。
 ふだんはちっとも気にかけていなかったのに、いったん指に意識を集めてしまえばどきどき、うずうず、ずきずき、皮膚の内側の寝た子に揺さぶりがかかる。呼び起こされるのは、惰眠を貪っていた官能である。
 そんなふうに思い出すことになったのは、桃のせいだ。>
 どうです。平松洋子さんの、それこそ「指」による文章。さきほど、上げつらった一群の正反対を行っているではありませんか。品がある。味がある。風味がある。人が見える。そして、何よりも特筆すべきは「色」がある、ということ。抑えた文章が引き出した鮮烈な桃の色。優雅に、しかし、ほとんど野蛮なくらいに唐突に読み手にぶつけられる季節の色。心の中に、ぽんと投げられた桃からしたたる蜜が目に映りませんか。そして、それは匂いすら放っていませんか。食を上等に描くというのは、こういうことを言うのです。そこで繰り広げられる情景は、お金では買えない。けれど、見る目ある人は手に入れられるのです。お金の代わりに使うべきは、その人の心持ち。形あるものにまとわり付く、姿なき贅沢。それを知る人々だけが、平松さんの言うところの<買えない味>を堪能する資格を与えられるのです。え? どうやったら資格が取れるのか? 人を愛で、日常をいつくしみ、この本を咀嚼して、食べるのです。

山田詠美(やまだ えいみ)

1959年東京都生まれ。明治大学文学部中退。85年『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社・第22回文藝賞)でデビュー。著作に『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』(角川書店・第97回直木賞)、『風葬の教室』(河出書房新社・第17回平林たい子賞)、『ひざまずいて足をお舐め』、『放課後の音符』、『色彩の息子』、『僕は勉強が出来ない』(共に新潮社)、『トラッシュ』(文藝春秋・第30回女流文学賞)、『アニマル・ロジック』(新潮社・第24回泉鏡花賞)、『4U』(幻冬舎)、『A2Z』(講談社・第52回読売文学賞)、『姫君』(文藝春秋)、『PAY DAY!!!』(新潮社)『風味絶佳』(文藝春秋・第41回谷崎潤一郎賞)ほか多数。