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第15回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第15回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

大道珠貴 著

『傷口にはウオッカ』

(2005年1月 講談社)

選 考 富岡多惠子
賞の内容 賞金100万円、副賞としてパリ往復航空券及び記念 品としてスイス・ゼニス社製時計が贈られます。
授賞式 2005年10月17日(月)
Bunkamura ドゥ マゴ パリにて開催
受賞者プロフィール
大道珠貴(だいどう たまき)

1966年福岡県生まれ。 2000年「裸」で第30回九州芸術祭文学賞受賞。2003年「しょっぱいドライブ」で第128回芥川賞受賞。その他の著書に『背く子』(講談社)、『銀の皿に金の林檎を』(双葉社)、『ひさしぶりにさようなら』(講談社)、『ミルク』(中央公論新社)、『素敵』(光文社)、『たまたま…』(朝日新聞社)、『後ろ向きで歩こう』(文藝春秋)など。
写真:© 瀬戸正人

選評

「世間的生きものへの異和」/ 選考委員 富岡多惠子

『傷口にはウオッカ』は、世間で流通する「小説」の定型を信じる向きには、だらしなく書かれた文章の連続に思われるかもしれない。四十歳くらいになる女性が、親が金をくれるとはいえ、気が向く時だけ働き、したいことがありそうにもなく、ふたりの妹を「妹I」「妹II」と呼び、その子供らと、おばさんとしてでなく子供同士として遊んでみたり、子供時代から二十代三十代までの回顧(?)が、いかにも区切りなしの感じで語られていく、ように見える。

 後半にいくと、妹らの紹介による、結婚を目的とした男との交際の様子、別の、恋人とのつき合いの様子等が書かれる。これらの男はいずれも、ごく普通の、どこにでもいそうなつとめ人やセールスマンで、高学歴エリートやインテリは出てこない。かといって、世をすねた男や、胸にイチモツ背に荷物の、遊び人を気どる男が出てくるわけでもない。女の方も、「世界」や「社会」どころか、「世間」を疑うことなく生きているひとたちばかりで、主人公の子供時代からの親友の女性も十代には遊んでいても、結婚し、子供も産み、離婚後はその子をひとりでマジメに育てている。

 ところで、これらなんでもないフツーのひとたちの性行動の断片がたびたびさしはさまれるのだが、それらはだらしなく描写されない。つまり、「日常」の光景の一部でありながら、作者によってえらばれた光景であり、むしろキビキビと叙述されるように感じられる。キビキビとは、必要にして充分というべきか、紋切型の情緒とは無縁で、料理のレシピと同じようなレベルの省略が描写となりえている。新しそうに見えても、性行動描写には情緒型がほとんどの「定型」小説ではみられない日常性の出現がここにはある。

 この小説に出てくるのは、子供がいて、孫がいて、左翼でも右翼でもなく、戦争ハンタイのデモにいくこともなく、さりとてボランティア活動をすすんでするでもない、「社会」のことは気にしないが、「世間」にはなに気なく従っていく、良俗のなかに生きるひとたちであるが、「生きもの」としては、性行動もふくめてなかなかに猟奇的に生きているのが、主人公の感受性を介してじわじわと伝わってきて、読む者を不気味にさせるところがある。これは、たんなる生活の具象の光景に見えながら、「ひと」という「生きもの」の宗教性にまで通底するなにものかであるのかもしれない。主人公は、そういうひとたちへ反応するコトバに詰り、コトバが出てきても飲みこんで独り言になることが多く、かれらのだれとも、なかなか親密になれないのである。

 この小説の書き方は、当然その内容が必要としたものだろうが、それは叙述のスタイルに濃淡をつけず、いい替えれば、光と影を利用してモノを立体化していく描き方はとらず、少しずつ色は替えるが、同じ平塗りでつぎつぎに塗りつぶしていく感じがする。平塗りなので、かなり恣意的に色を替えたり、省略したりできるから、物語的整合性やメリハリを求めることは、おそらく最初からあまり勘定に入っていない。

 作者、大道珠貴さんは、この一年の間に、四冊の小説集を上梓している。最も新しく出た『後ろ向きで歩こう』は、『傷口にはウオッカ』がしなかった(或いはできなかった)三人称の空間へ出て、登場人物も作者もコトバにさほど詰ることなく、「世間」に喋ることができるようになっている。俗ないい方をすれば、『後ろ向きで歩こう』の方が小説としては上手なのだろうが、前述したような「時代」への反応と、「ひと」の理不尽への文学的触覚を買って、『傷口にはウオッカ』を受賞作とした。

富岡多惠子(とみおか たえこ)

1935年大阪府生まれ。大阪女子大学英文科卒。在学中に詩集『返禮』(第8回H氏賞)を自費出版。映画や戯曲、テレビの脚本も多数手がける。著作に『物語の明くる日』(第2回室生犀星詩人賞)、『植物祭』(中央公論社・第14回田村俊子賞)、『冥途の家族』(講談社・第13回女流文学賞)『立切れ』(『当世凡人伝』所収・第4回川端康成文学賞)、『中勘助の恋』(創元社・第45回読売文学賞)『ひべるにあ島紀行』(講談社・第50回野間文芸賞)、『釋迢空ノート』(岩波書店・第11回紫式部文学賞、第55回毎日出版文化賞)、『西鶴の感情』(講談社・第16回伊藤整文学賞、第32回大佛次郎賞)、『難波ともあれことのよし葦』(筑摩書房)など多数。共著書に上野千鶴子、小倉千加子との鼎談『男流文学論』(筑摩書房)ほか編著も多い。