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第14回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第14回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

田口賢司 著

『メロウ 1983』

(2004年7月7日 「新潮」8月号 新潮社)

選 考 浅田 彰
賞の内容 賞牌(小田襄「夢のコンパス」)、賞金100万円、副賞:パリ往復航空券
授賞式 2004年10月21日(木)
Bunkamura ドゥ マゴ パリにて開催
受賞者プロフィール
田口賢司(たぐち けんじ)

1961年岐阜県生まれ。
同志社大学文学部(哲学及び倫理学専攻)卒業。テレビマンユニオン第8期メンバーを経て、現在、(株)ジェイ・スポーツ・ブロードキャスティング C.C.P.(チーフ・クリエイティヴ・プロデューサー)。欧州から南米、Jリーグにいたる各国のサッカー中継、国内外のラグビー中継、「Foot!」「フットボール・アンチクライマックス」等のオリジナル番組を統括する。著書に「ボーイズ・ドント・クライ」「センチメンタル・エデュケイション」(共に角川書店)、「ラヴリィ」(新潮社)など。

選評

「POPである、J-POPではない――選考にあたって」/ 選考委員 浅田 彰

 思いがけずドゥマゴ文学賞の選考委員を務めることになった私は本当に幸運でした。田口賢司の「メロウ 1983」という素晴らしい作品にめぐりあえたからです。

 そもそも私は賞に縁のない人間で、賞などというものはこれまでもらったことがないし、これからももらうことはないでしょう。さまざまなジャンルの新人賞だけは、誰にでも開かれた「登竜門」としてそれなりに貴重な役割を果たしているので、その選考委員ならいくつか引き受けてきたのですが、それ以外の賞は各ジャンルの「ギルド」の中で政治的談合によって決定されることが多く、私には何の関心もないものでした。ただ、そういう談合の余地のない方式、一人の選考委員が受賞作品を選ぶというシンプルにしてラディカルな方式ゆえに、ドゥマゴ文学賞の選考委員だけはあえて引き受けることにしたのです。

 言うまでもなく、この選考は大変な責任を伴います。評価につきものの双対性ゆえに、評価する者は自らも評価される。ここでは、私がひとりで全責任をもって選考するとともに、その結果からくる選考委員への評価もひとりで引き受けなければならないのです。繰り返しますが、その意味で私は本当に幸運でした。 2003年7月から2004年7月の日本文学の中で明らかに突出した作品、しかも、いかにもドゥマゴ文学賞にふさわしい「オシャレ」な作品と出会い、それを受賞作に選ぶことができたからです。

 実際、田口賢司の「メロウ 1983」は、日本でこれまでごくまれにしか登場したことのない純正のPOP文学であると言えます。日本にも「J-POP」があるではないか、それと同調する「J文学」があるではないか、と言われるかもしれない。しかし、「J-POP」がかつて「邦楽」と呼ばれたものの化粧直しに過ぎないように、「J文学」――いや、村上春樹あたりから最近のネット文学にいたる広い意味での「J-POP文学」は、日本的としか言いようのない貧乏臭くも湿っぽい陰を帯びている。それは「J-POP」であってPOPとは似て非なるものであることを、田口賢司の作品ははっきりと教えてくれるでしょう。

 そもそも「メロウ 1983」には(エディプス的なものからの逃走といったテーマを無理に読み取ることも不可能ではないにせよ)およそ内容らしい内容が何ひとつ無い。にもかかわらず、作者はセンスだけを頼りに表層的な言葉を連ねて長いロープをやすやすと渡りきってのける。おそるべきアクロバットと言うべきでしょう。私たちはその言葉の綱渡りを追いながら、読むことの快楽に満たされる。そして読み終えたときは何ひとつ覚えていない。これは批判ではありません。内容らしい内容もなしに、ただ表層的な言葉だけで勝負するPOP文学にとって、読み終えたとたん何も残さず雲散霧消してしまうことこそ理想ではなかったでしょうか。貧乏臭くも湿っぽい感傷を後に残す低劣な「J-POP」文学と、それはおよそレヴェルの違うものなのです。

 この作品で唯一ひっかかるところがあるとすれば、「メロウ 1983」というタイトルです。「また80年代ブームか」などとわかったふうな口をきいて作品を読みもせず切り捨ててしまう人たちが、残念ながらけっこうたくさんいると予想されるからです。むろん、その種の安易な世代論による「通」ぶった「裏読み」を排除することはできません。むしろ、あえて「情報公開」を徹底させておきましょう。

 私の最初の本はまさに1983年に出ました。私は80年代にテレビマンユニオンにいた田口賢司を制作者とする実験的なTVプログラム(「TVEV BROADCAST」)の企画・出演者でもありましたし、彼の小説『ラヴリィ』の帯に「Lovely? Yes, very.」という推薦の言葉を寄せたこともあります。その本の担当編集者だった矢野優が『新潮』の編集長になって「メロウ 1983」を掲載したというわけです。これだけの情報があれば、「80年代の生き残りが内輪のコネクションで80年代の生き残りの作品に賞を与えた」という「下司の勘繰り」をかき立てるには十分すぎるでしょう。「下司」はウヨウヨいるし、「下司の勘繰り」は防ぎようがないので、「ご勝手に」と言って放置しておくほかありません。

 ただ、フェアネスの名においてこのことは断言できます。私は、個人的コネクションなど一切なくても――早い話が「メロウ 1983」を作者名を伏せたブラインド・テストで読まされたとしても、上に述べたような評価を下し、ためらいなく受賞作に選んだでしょう。むしろ、私が躊躇なく選んだ小説の作者がたまたま私のかつての知人だったと言ったほうがいい。しかし、そんなことが私の選択に影響するはずもありません。そもそも私の責務はドゥマゴ賞にもっともふさわしい作品を選ぶことであって、作者に賞を与えることではないからです。(ともあれ、単行本化にあたってタイトルから「1983」が抹消されるらしく、不要な誤解の余地が少なくなるのは、歓迎すべきことでしょう。そうなれば残る懸念はひとつだけ、それは、『ラヴリィ』同様センスがよすぎて、貧乏くさいセンチメンタリズムの好きな、言い換えればPOPのわからない日本の大衆に受け入れられない可能性があるということですが、これはもう書き手にはどうしようもないことです。)

 「メロウ 1983」は、「J-POP文学」でもなければ、「1980年代」への遅れてきたノスタルジーの産物でもない。日本に久しぶりに現れた純正なPOP文学、まさに現在が必要とする現在の文学なのです。

浅田 彰(経済学・思想史)

1957年兵庫県生まれ。
京都大学経済学部卒。同大学院終了。現京都大学経済研究所助教授。 83年、ポスト構造主義を中心とした思想を再構成した『構造と力』を出版。翌年に出版した『逃走論』では“スキゾ” “パラノ”などの流行語を生みどちらもベストセラーになる。 著書に『ヘルメスの音楽』 『天使が通る』 『20世紀文化の臨界』 『「歴史の終わり」を超えて』など。京都府在住。