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第12回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第12回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

多和田葉子 著

『球形時間』

(2002年6月 新潮社)

選 考 荒川洋治
受賞者プロフィール
多和田葉子(たわだようこ)

1960年3月23日東京生まれ。82年早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。ハンブルク大学修士課程修了(ドイツ文学)。チューリッヒ大学修士課程修了(ドイツ文学)。91年「かかとを失くして」で第34回群像新人賞受賞、93年「犬婿入り」で第108回芥川賞受賞、96年ドイツ語での文学活動に対し、バイエルン州芸術アカデミーからシャミッソー文学賞受賞。 2000年「ヒナギクのお茶の場合」で泉鏡花賞受賞 。
著作に「ゴットハルト鉄道」「きつね月」「飛魂」「ふたくちおとこ」「カタコトのうわごと」「容疑者の夜行列車」など。ドイツ・ハンブルク市在住。

受賞作品の内容

 ある日の放課後、高校生サヤが出会った英国女性は、時空をさまようイザベラ・バードだった--。
 クラスメートのカツオは、フィリピン人の混血少年と性関係をもちつつも、太陽を崇拝する青年への興味を抑えられない。あっちこっちへと転がりながら、はからずも核心へと向かってゆく少女と少年の日常を愉快かつ挑戦的に描く。見飽きた日常をひっくり返す、軽やかで挑戦的な長篇小説。

選評

「まぼろしにはしない」/ 選考委員 荒川洋治

 文学とは、その作品を読んだ人が、もっと楽しいことや、新しいことを自分でもして みたい。ためしたい。そう思えるようになることだ。
 多和田葉子さんの「球形時間」は、現代の教室と、日本が舞台。女子高校生サヤと、 その友だちのカツオ、その他の人たちでつくる物語である。
 みんな、「かったるい」。学校にも自分にも退屈。ラインの見えない、夢想の日々を 送る。でもふとしたことで、図書館へ行った二人は、たがいの姿を見つけてしまう。
「おまえ、こんなところで何してるんだよ。」
「あんたこそ、本なんか読む柄じゃないでしょ。」

 実は彼らは、授業のなかでも歴史がよけいに好きだ。カツオは大学生に「太陽」や「火」や「日の丸」のことを教えられた。サヤは、イザベラさんという英国の女性に会った。いつもの世界とはちがう世界が見えてきたのだ。
 いつものように自分のではない。まわりのことに、この国の社会に興味をおぼえてきたのだ。目に見えない、昔の歴史や遠いところにあるものを知ることで、彼らの現実は、よりひろいもの、ふかいもの、新しいものに変わったのだ。このくだりを読んで、ぼくも何か「調べもの」をしたくなった。
 でも彼らはそのあと、奇妙なことに受験勉強を思いうかべる。
 カツオは「受験勉強でもするか」。そうつぶやいてみると、気が楽になった。
 サヤはサヤで、こっそり同じことを思っていた。
「受験勉強というものが気を静めるためにあるのかどうか知らないけれど、参考書に付いている練習問題に目を当てて、これを一番から最後まで順番に解いていくんだ、と思うと、気が楽になった。参考書は表紙もつるつるしてカラフルで、紅茶やジュースをこぼしても、拭き取れば、すぐにきれいになりそうだった。」

 ぼくもまた、気が楽になった。この現実の社会には、彼らにとっての受験勉強がそうであるように、いつもの自分がいるところに、自分をほんとうの意味で自由にしてくれるものがあるのだ。なのにそれは隠れているのだ。それを見つけることも、生きていくためのだいじな要素なのだ。彼らの夢想は、現実を受け容れることで、とてもいい色あいのものになっていく。

 現実と夢想、それに何かもうひとつ。そのもうひとつに、ふれていく新しい「人」たちなのだ。
 と、これはほんのわずかなシーンを取り出しただけだけれど、ぼくもこんなふうになりたい、この小説のなかにあるものが、全部ほしいと思った。ほのかな真剣味をおびて、心とからだに、はたらきかけるのだ。何かをはじめたくなるのだ。
 これはそういう「はたらきかけ」をもつフィクションなのだと思う。「私小説」の手法によらない小説が、ここまで怒りと、笑いと、あつみのある現代小説を「創造」できること。そこにぼくは新鮮なおどろきを感じる。しかも流れているのは、とても明るいひかりだった。作者の文学の、ちからであろう。

 日本という国に対して、飛び出してくる見方も清新だった。日本という国を、このまま、ただのまぼろしにはしない。そういう意志が感じられた。