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第1回 | Bunkamuraドゥマゴ文学賞

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第1回 Bunkamuraドゥマゴ 文学賞 受賞作品

山田宏一 著

『トリュフォー ―ある映画的人生』

(1991年7月初版発行 1994年11月増補新版発行 平凡社)

選 考 蓮實重彦
受賞者プロフィール
山田宏一(やまだこういち)

1938年、ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。映画評論家。主な著書に『映画は語る』(淀川長治共著)『エジソン的回帰』『山田宏一のフランス映画誌』『映画とは何か-山田宏一映画インタビュー集-』などがある。

受賞作品の内容

『大人は判ってくれない』などの作品で知られるフランソワ・トリュフォーの友人であった著者が心をこめて語る初めての伝記。

選評

「選考を終えて」/ 選考委員 蓮實重彦

選考結果

 第1回「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」の受賞作に最もふさわしい書物として、多くの侯補作の中から、山田宏一『トリュフォー ―ある映画的人生―』(平凡社)を選ぶことの出来た幸運を、選考委員として、誇りと喜びをもってご報告致したいと思います。この書物にこめられた著者の積年の思いと、それを読者に提示するにあたって傾けられた文章上の繊細な配慮とに、深い共感と賛嘆の念を覚えたことが、選定に当たっての決定的な要素となりました。対象となった映画への著者の類い稀な感性は、すでに多くの人々の知るところですが、おそらく、今回の著作は、山田氏の旧著『友よ映画よ<わがヌーヴェル・ヴァーグ誌>』とともに、たんに「映画批評」にとどまらず、わが国の「芸術批評」一般にあっても、最も高度な達成であると断言できます。
 亡きトリュフォーの盟友であり、その後はたもとを別つことになるジャン=リュック・ゴダールが、批評家時代のトリュフォーを回想しつつ、シャルル・ボードレールの伝統につらなるフランスの持ちえた最良の「芸術批評家」だと何度も口にしておりますが、その最良の「芸術批評家」から映画作家となったトリュフォーの伝記である本書の著者山田氏こそ、ゴダールの呼ぶ最良の「芸術批評家」にほかなりません。おそらく、これ以上のトリュフォーをめぐる書物は、日本はいうまでもなく、本国フランスでも、あるいはその他の国々でも、永遠に書かれることはなかろうと確信しております。

選考基準

 選考委員を引き受けるに当たって、みずからに課した選考の基準は次のようなものでした。
(1)著者が若くて新鮮な印象をあたえること。
(2)女性の著作を重視すること。
(3)著作は論文集ではなく、モノグラフィーであること。
 こうした基準に基づき、過去1年間に刊行された、かなり専門的な学術論文をも含めて、ほぼ70冊の書物を読み、事務局からの推薦作とあわせて検討した結果、今年の6月の段階で、10冊ほどの最終候補作を決定するに至りました。選考の過程で他の賞を受賞してしまったがゆえに対象から外さざるをえないケースも幾篇かあったことをご報告しておきます。結果として受賞することのなかった最終候補作を列挙することは、著者に失礼に当たるので発表はさしひかえますが、上記の選考基準から、その幾つかは想像可能かと思われます。
 夏に入ってからは、ほぼ2編に絞っての最終段階に入ったのですが、ともに幾つかの欠点が目につき始め、決断を下しえず、苦悩の日々が続いたことを率直に告白しておくべきでしょう。そうした時に刊行された『トリュフォー ―ある映画的人生―』を一読し、決定的な作品に出会ったことを感嘆とともに直感しました。おのれに課した選考基準があえなく崩れ落ちてゆくのが、むしろ爽快だったとさえ断言できます。この興奮と爽快さは、受賞者が選考委員の知人であるという不利な条件をも堂々と無視すべきだと告げていました。受賞作を一読されれば、この決断の正しさを理解していただけると確信しております。ご理解頂けない場合には、それこそ「ヌーヴェル・ヴァーグ」の精神だと啖呵を切る覚悟は決めております。

今後の展望

 最後に、この1年間の選考委員としての任務をおえるに当たっての感慨を記させて頂きます。この世の中には、過去の実績のみにもたれ掛かっただけの、無意味な賞が驚くほど存在しています。にもかかわらず、受賞のたびに世間が無駄な騒ぎを演じるのは腹立たしいかぎりであり、あまり健全な現象とも思えません。いまや、賞に権威を与えるのは作品の質であり、賞の権威が作品の質を保証するのではないとの当たり前の現実に立ちかえるべき時がきていると思います。今回の山田氏の「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞を契機に、その「当たり前の現実」が再認識されれば、これにまさる喜びはありません。