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第33回(2023年度)Bunkamuraドゥマゴ文学賞 贈呈式&記念対談レポート

(2023.12.21)

 11月10日(金)、「第33回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」授賞式が執り行われました。受賞作は、2004年のデビュー小説『人のセックスを笑うな』で第41回文藝賞を受賞し、同作で自身最初の芥川賞候補となった、小説家、エッセイストの山崎ナオコーラさんの『ミライの源氏物語』(2023年3月 淡交社刊)。社会の在り方に向き合ってきた山崎ナオコーラさんが、名作古典『源氏物語』をルッキズム、ロリコン、トロフィーワイフなど、現代を生きる私たちならではの読み方で考えた1冊です。
 選考委員を務めたのは、歌人の俵万智さん。第一歌集の『サラダ記念日』は、大ベストセラーになりました。これまでに歌集の他、小説、エッセイなど多数の著書を出版。学問や芸術・文化などの功績者に贈られる紫綬褒章を2023年の秋に受章しています。

 贈呈式では俵さんが「ナオコーラさんが『源氏物語』を読むとこうなるのかと、胸のすく思いで夢中になって読みました。小説やエッセイとはまた違ったルートで、ナオコーラさんの魅力に出会える1冊だと思います。と同時に、今の時代にあって、古典を読むことの意味や意義について大きな示唆を与えてくれる本でもあります」とコメント。
 山崎さんは「子どもの頃は、いつか作家になったら紫式部のように千年残る作品を書きたいと思っていたのですが、今は違います。源氏物語が今あるということは、もっとすごい人や、支えてくれた人、ライバルがいたんだろうと推察できます。だから私は自分の作品が残らなくてもいい。名前が残らなくてもいい。とにかく自分らしいというところを目指して仕事をしていきたいと思うようになりました。来年デビュー20周年。この賞をもらい、もう一度デビューするつもりで、自分らしい仕事をして、文学とか何かしらが盛り上がる一助となって、地道にコツコツと進んでいきたいと思っています」と笑顔でスピーチしました。

 直前に行われた俵さんと山崎さんの対談では、山崎さんが俵さんの歌集や著書を、何冊も持ち込む熱の入れよう。念願かなった対面の空気が伝わってきました。

◆俵万智と山崎ナオコーラ、互いに念願の初対面!
俵万智さん(以下、俵):ドゥマゴ文学賞の選考を依頼されたときは、すごい無茶ぶりだと思ったんです。「1年間で出会った本の中から、あなたの一番好きだと思ったものに賞をあげていいですよ」と。一見自由に聞こえますけど、自由ほど責任のあることはない。そのなかで、この1年の間に『ミライの源氏物語』を出してくださってありがとうと、心から思います。出会えたという実感、手ごたえを感じることのできる本を見つけられて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

山崎ナオコーラさん(以下、山崎):私はプロフィールに「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書く」と入れているんですけど、それがまさに俵万智さんだと思っています。どの歌も、特別な経験でも言葉でもなく、日常を普通の言葉で書いてらっしゃって、ずっと好きでした。そもそも私のデビュー小説(『人のセックスを笑うな』)の載った雑誌の表紙が俵万智さんの特集号だったんです。ずっと追いかけてきました。最新歌集の『アボカドの種』も拝読しまして、<息子十九「プロフェッショナル」出演の打診をすれば秒で断る>というのが一番好きで。こうしてお会いできて、夢みたいな時間になっています。

俵:まさか私へのそんな熱いエールをいただけるとは感激です(笑)。

山崎:あの、今の“十九”もそうなんですが、俵さんの歌には数字がよく出てきますよね。短歌は31文字しかないのに、数字を使ったら無駄というか、文字数をすごく使ってしまうのに。それこそサラダ記念日の七月六日もそうだし、同じ『アボカドの種』にある、<マルイチの……。

俵:298円のアジの刺身が恋しかりけり>

山崎:あれも、値段を入れるというのが、すごいなって。でももし“298”という数字がなかったら印象が違う。そもそもマルイチという単語が分からない人もいると思うんですけど、スーパーだろうなと想像できるんですよね。それはやっぱり298円があるからで。マルイチはたぶん地元のスーパーだろうし。これだけの文字数なのに、この感覚が湧くのには、入れる意味があるからだし、でも絶対無駄だと思っちゃいそうなのに、それを入れられることがすごいなって。

俵:ありがとう(笑)。息子思春期とか青春というと幅が出ちゃうけど、“十九”というとピンポイントで、しかも二十歳の一歩手前の感じが出る。“298円”も300円ではなく、この2円安いところにスーパーっぽいニュアンスが出る。与謝野晶子もすごく数字を使います。私は数字って意外と情報量があると思って活用しています。

◆「喋らないヒロインや、受け身の人が物語を動かせるんだ」と。(山崎)
山崎:そうなんですね。あと俵さんは、同じ言葉を2回言うのも、よくありますよね。『アボカドの種』の中にも“シャルドネ”が2回出てくる歌があります。<シャルドネの味を教えてくれたひと今も私はシャルドネが好き>って、これもシャルドネが2回出て来る。もういいじゃんかって、また無駄に思えるんですけど(会場、笑い)。でも2回目のシャルドネって、なにか違っていて、その好きっていうのは、その人のことも好きなのかな、でも昔とは違う好きなんだろうな。とか、ちゃんとニュアンスの違いが伝わってきて、2回使うことの意味が出てくる。俵さんの歌を読んでいると、すごいのは俵さんじゃなくて、言葉というものの性質がそもそもスゴイんじゃないかとすら思えてくる。そうとまで思わせてくれる俵さんの歌をリアルタイムで読めて、同時代に生きている喜びをすごく感じます。

俵:こんなにエールをもらう会になるとは(笑)。シャルドネで言うと、歌の中での繰り返しは確かに経済的ではないんですが、リズムがよくなります。これは30年ぶりぐらいに会った元カレのことで、シャルドネを教えてくれた人です。今もあなたが好きとは言い切れないけど、でもあなたが私に教えてくれたシャルドネのことは今も好きだよと。あなたとの出会いの痕跡は確かに私に残っていると。そんな歌ですね。

山崎:じゃあ、本当にシャルドネのことはお好きなんですね。私はお酒の種類には詳しくなくて、よくは分からないんですけど、人生で一番好きな小説の谷崎潤一郎の『細雪』に感化されて、白ワインは好きなんです。主人公の雪子ちゃんが白葡萄酒をすごい飲む子で。彼女はいわゆる引きこもりな主人公で、お姉さんにお見合いとかセッティングしてもらうんですけど、全部だめにしちゃうんです。その雪子ちゃんを見ていると「こんなに受け身でも主人公になれるんだ」と感じます。『細雪』は谷崎が『源氏物語』を現代語訳した直後に書いた小説なんですけど。

俵:へえ!

山崎:『細雪』を読んでいると、『源氏物語』からの影響が感じられます。私が『源氏物語』を好きになったのも、こんなに喋らないヒロインや、受け身の人が物語を動かせるんだ!といったことが、10代の自分にとってすごく衝撃だったからなんです。私自身が性別に違和感を持ったり、色んなことを内に思っているのに、全然喋れない人間だったので、あまり動かないヒロインでも、物語を動かせるというのを読むと、道が開くような気がして。

俵:だから女三宮とか浮舟がお好きだと。そこが原点なんですね。

山崎:そうなんです。

俵:女三宮については、これまでちょっと脇が甘いという感じを持っていました。でも『ミライの源氏物語』を拝読して、ナオコーラさんの視点から言うと、その見方は、例えば性被害にあった女性に服装がよろしくなかったとか、そういうことと同じだなというのを、すごく気づかされて、反省しました。

山崎:いや、反省とか、なにかすみません。ただ被害者の何かの行動が、性暴力の引き金になったんじゃないかと言われがちなことを思うと、女三宮へのこれまでの読み方はおかしいんじゃないかと思ってしまって。その時代に立ち返って読むというのはもちろん大事です。それに、その時代に自分が被害者とはなかなか自覚できなかったとは思います。でもきっと、もやもやはあって、痛いとか屈辱とかは絶対にあったはずで、それを無しにして読むのは、やっぱり変だなと思ったんです。

俵:本当にそうですよね。そういった疑問が、この本の中には随所に出てきて、読みながら拍手!という感じでした。今の時代の私たちだからできる読書ですよね。私たちが平安時代に立ち返る必要はなくて、今の時代の見方で、この『源氏物語』を読もうじゃないかと。それはかつての読者にはできなかった読書なんだよということを、ナオコーラさんに教えてもらった感じがします。

山崎:そんな教えたなんてことはないんですけど、選評にも俵さんが、「古典を現代で読む意味」といったことを書いてくださっていました。俵さんは先生もしていらっしゃったから、昔から、教える意味みたいなことも考えてらっしゃったんだろうなって。

俵:そこは私の黒歴史とまでは言わないんですけど、でも悔いの残る4年間です。みんな「これでもう古典なんか読まなくてすむ」という感じで卒業していくんです。3年間かけて“古典嫌い”を育成している感覚でした。私の力が足りなかったこともあるけど、学校のシステムにも問題があるし、教科書にも問題があると感じました。そして一番思ったのは現代語訳をしたところがゴールになってしまうこと。現代語訳ができたところで、「一丁あがり、次行こう」が学校の授業なんです。本当は現代語訳をして、意味が分かったところがスタートになるはず。そこから味わうことがはじまるべきですよね。すごく歯がゆかったです。だから、現場を離れたからこそできる方法で、古典の楽しさを次の世代に伝えたいというのは、ずっと思っています。

◆「『源氏物語』の現代語訳の歌もやるなら、私がビシバシ鍛えます」(俵)
山崎:私、自分の野望として、『源氏物語』の現代語訳をいつかやりたいと、ふつふつとため込んでいたんですけど、正直歌は訳せないというか、難しいと思っていたんです。でも最近は、下手でもやっていいのかもという気持ちになってきていて。

俵:そうですか。実現したらすごく楽しみです。実は私、おそらくナオコーラさんは現代語訳の野望について語られるだろうから、「歌の部分は私に別注してください」と言おうかと思っていたんです。でもそれなら、ご本人がするのがいいですね。

山崎:え! 別注してもいいんですか!?

俵:そこの部分だけ別注してくれたら、いくらでも私自身はやりますよ。地の部分は小説家の方がやるのが一番いいなと、ずっと思っているんですが、歌の部分はお任せくださったらやるのになと思ってたんです。和歌の現代語訳っていろんな試みがされているけれど、なかなか五七五七七でやっておられるかたはいないんですよね。

山崎:さっきの話は聞き流してください! 別注したいです。したらいけないのかなと思っていたので。

俵:(笑)。紫式部がすごいのは、めちゃくちゃうまい歌も、おぼこい歌も、気の毒なくらい下手な歌も、光のちょっと鼻につくような歌も、800近い歌を全部ひとりで作っていること。怖い女ですよ。いや、すごいです。話が戻りますけど、歌にもトライしてください。ナオコーラさんが作ろうとしているのを私は邪魔してはいけないので。ぜひ『源氏物語』の歌も作ってほしい。私がビシバシ、トレーニングに付き合います! 短歌はすぐに始められるんですから。みなさんだって全員、今日から始められるんですよ。あと大事なことを。『ミライの源氏物語』の魅力について、ラジオでRHYMESTERの宇多丸さんが「これを読むと、古典って自分と関係ないっていうふうに思わなくなった」とおっしゃっていましたけど、本当にそういう気持ちにさせてくれます。自分と関係ないと思われるのが一番残念です。もったいないですよね。こんなに素晴らしいものなのに。

山崎:本当にそう思います。読書というのは、自分あってのものなので。昔の知識を知らなきゃとか思いがちですけど、今のまんまの自分で読んでいいんだよと言いたいです。性暴力がどうとか言いましたけど、批判したいわけじゃなくて、そこについ違和感を持ってしまう自分を肯定しながら楽しんで、という気持ちです。

写真:大久保惠造 文:望月ふみ

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