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パリで第90回ドゥマゴ賞授賞式が開催されました

(2023.10.27)

 穏やかな秋晴れの正午。パリ最古の教会、サン=ジェルマン=デ=プレ教会の優しい鐘の音に祝福されるように、第90回ドゥマゴ文学賞授賞式は幕を開けた。これまで同授賞式は「1月最終火曜日」だったが、今年から「9月の最終月曜日」に移動。つまり、今年は9月25日の開催となった。 

 フランスでは8月末から11月にかけての新刊本の出版が増える季節を「Rentrée littéraire文学の新学期」と呼び、この時期に多くの文学賞が発表される。主要文学賞であるゴンクール賞やルノドー賞は11月。ドゥマゴ文学賞は日程を前倒しすることで、文学カフェとしてのアイデンティティーをさらに強化することを狙っている。ドゥマゴ文学賞選考委員長のエティエンヌ・ド・モントティ氏も、この変化に前向きだ。「文学シーズンの先陣を切って評価をくだすという責任を感じますが、それは刺激になります」と語る。

 第90回ドゥマゴ文学賞の候補作は4作。哲学者ニーチェの妹を描くギー・ボレーの『À ma sœur et unique(たった一人の妹へ)』(Grasset社)、パリで腐乱死体となり発見された男の日記から広がるニコラ・シュムラのゴシック小説『L’Abîme(深淵)』(Le Cherche Midi社)、ロバート・キャパの写真に写る “ナチスに協力し髪を剃られた女性”からインスパイアされたジュリー・エラクレスの小説『Vous ne connaissez rien de moi (あなたは私について何も知らない)』(JC Lattès社)、ミミズ堆肥製造のビジネスに携わる農学学生が登場するギャスパー・コニングの社会派エコ小説『Humus (腐植質)』(L’Observatoire社)である。

 会場中央では12人の審査員らが長テーブルを囲んで意見を戦わせる。周りには招待客の好奇な目があるが、彼らは話し合いに集中している。そして投票へ。すぐに一回目の投票で『À ma sœur et unique』が7票を獲得、5票獲得の『Humus』を破り受賞が決まった。

 『À ma sœur et unique』はニーチェと彼の妹エリーザベトの複雑な関係に焦点を当てた小説。最初はともに敬愛の対象であったが、関係が悪化し、最後には妹がニーチェにナチスのレッテルを貼ろうとするシェイクスピア的な家族の悲劇だ。審査委員長のモンティティ氏は、テーマも興味深いが、まずは文章のスタイルが際立っていたことが審査員の目を引いたと語る。「文学的野心の高い作品。第一回のドゥマゴ賞で、レーモン・クノーの『はまむぎ』が受賞した事実を思い出します」。1933年、アカデミック過ぎるように見えたゴンクール賞への反発から誕生した同賞は、90回目の節目に「斬新で独創性豊かな才能を顕彰する」という賞の基本に最も相応しい作品を選んだようだ。

 受賞者は結果報告を受け、すぐ会場に到着。現在71歳のボレー氏は作家デビューが2016年と作家としては遅咲き。だが、経歴を見ればその豊かな人生経験に驚かされる。戯曲家、工場労働者、石工、綱渡り芸人、バス運転手、サーカスの演出、ギター講師など、職歴がまるで小説の主人公のように多彩だ。会場に到着したボレー氏に受賞の感想を伺うと、「これまで15の文学賞を受賞したけれど、こんなに大きな賞は初めて。賞の実感はまだ感じられない」と照れ笑い。また「この時代に文学の力は?」と尋ねると、「それは世界への扉を開くもので、自分の場合は日本文化を積極的に発見している」と答えてくれた。実はボレー氏は筋金入りの日本文化愛好者。自宅には畳の部屋があり、川端康成、井上靖ら日本文学の蔵書が800冊あるという。当日も葛飾北斎のTシャツを着ていた。いつか日本についての小説も書いてくれそうだ。

 さて、今年は90周年の記念イヤーとして、授賞式後も様々な企画が目白押し。14時からは「Bunkamuraドゥマゴ文学賞」の時間が設けられた。ここで同賞の紹介に加え、今年の審査員である俵万智氏、『ミライの源氏物語』で受賞した山崎ナオコーラ氏からのメッセージ動画が上映された。ドゥマゴ最高経営責任者ジャック・ヴェルニョー氏は、「私たちの大切な友人、Bunkamuraドゥマゴ文学賞を紹介できることを誇りに思います。伝統とモダンさの融合、自由さや創造性は日本から大いに学んでいます」と語った。

 その後もドゥマゴにゆかりのあるアーティストを招いたイベントが続いた。例えば、名作『禁じられた遊び』の出演で知られるブリジット・フォッセー氏を囲んだ円卓会議「サン=ジェルマン=デ=プレの芸術的かつ文学的エスプリ」、有名シンガーソングライターを招いたトークショー「アラン・スーションによる左岸のエスプリ」など。そして例年以上に華やかな雰囲気のなか、文学カフェ・ドゥマゴの魅力が存分に詰まった充実の一日は幕を下ろした。

写真・文:林瑞絵(映画ジャーナリスト)

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