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第89回パリ・ドゥマゴ賞授賞式レポート

(2022.02.22)

サン=ジェルマン=デ=プレでカフェ文化の歴史を紡ぐドゥマゴは、公衆衛生危機の荒波にも柔軟に対応してきた。昨年は営業停止期間を利用し大規模な改装に着手、とりわけ料理を多く提供できるよう厨房の工事に注力した。また、屋根付きのテラスでは書棚スペースを充実させた。ドゥマゴ最高経営責任者のジャック・ヴェルニョー氏は、「“文学”が店の大切なアイデンティティであることをあらためて強調するもの」と語る。

そして昨年に引き続き、コロナ禍での開催となったのが第89回ドゥマゴ文学賞授賞式。パリはまだ変異株の勢いが止まぬ時期であったが、今年も「1月最終火曜日」の伝統を守って1月25日に実施ができた。政府の要請で飲食店は営業不可、苦肉の策で外の屋根付きスペースを会場とした昨年から一転、今年は営業時間中での開催が可能に。常連客が見守るリラックスムードの式典となった。ドゥマゴ賞誕生の1933年以降、店内中央に飾られる中国の高官像二体(ドゥマゴ)の近くで審査が行われてきたが、今年はその伝統に立ち戻ることができた。

昼前からは審査員たちが会場に続々と到着。ただしコロナ禍の影響で、13人の審査員メンバーのうち来場ができたのは7人に留まった。セザール賞主演女優賞獲得の実力派俳優で、近年は作家としても活躍するイザベル・カレが今年から審査員に名を連ねたことは文学界の話題となっていたが、残念ながら彼女も来場が叶わなかった。

店の守り神でもあるドゥマゴ像のもと、審査員たちの和やかな歓談が続く。来場ができなかった審査員はリモートで投票に加わった。ノミネート作品は4作。教師で作家のジェローム・シャントローが謎の死を遂げた実在の教え子について語る『Bélhazar(ベルアザール)』(Phébus社)、イタリア人シモネッタ・グレッジオによる祖国への想いを込めた自伝的小説『Bellissima(ベリッシマ)』(Stock社)、ルイ16世が現代のパリに蘇るルイ=アンリ・ド・ラ・ロシュフコーのファンタジー『Châteaux de sable(砂の城たち)』(Robert-Laffont社)、アラスカの吹雪で子どもを見失うという設定のマリ・ヴァントラの心理サスペンス『Blizzard(ブリザード)』(Éditions de l’Olivier社)である。

選考と投票を経て、エティエンヌ・ド・モントティ選考委員長(第81回ドゥマゴ賞受賞者)が発表のマイクを握った。結果は4票獲得の『Bélhazar』を抑え、7票獲得の『Châteaux de sable』が頂点に輝いた。ド・ラ・ロシュフコー氏は電話で報告を受け、ものの数分で会場に到着した。

著者は1985年生まれの新進気鋭。受賞作品は作家本人の分身らしき男性が、パリのバーでルイ16世と会合を果たす歴史ファンタジー。革命時代の君主が「黄色いベスト」で沸く21世紀に蘇るというユニークなドラマだ。氏は文学や音楽のジャーナリストの顔も持ち、有名人にインタビューをすることは彼の仕事のひとつ。たとえ歴史上の人物への架空インタビューであっても、人間味たっぷりに有名人の肖像画を描くことはお手の物だったようだ。また苗字から頷けるのだが、彼は革命期の動乱に巻き込まれた名門貴族の末裔でもある。先祖が王家に近かった人物ならではの発想の小説だろう。

祝辞を受け喜び顔の著者に感想を伺った。「ドゥマゴ賞はベルナール・フランク(1971年に『Un siècle débordé/氾濫の一世紀』で受賞)、アントワーヌ・ブロンダン(1950年に『道草ヨーロッパ』で受賞)ら、私が敬愛する作家が多く受賞している名誉な賞です。実は私ごとですが、2014年にドゥマゴの向かいのサン=ジェルマン=デ=プレ教会で結婚式を挙げています。この界隈で大切な思い出がまたひとつ増えました。コロナ禍の影響ですか?私は我が道を進むだけなので、何の影響もありませんよ」。

本作について、審査員を率いるド・モントティ選考委員長は「この作品が放つ無頓着さや明るさは、この時代において異質な輝きを放っていました。陰鬱さから抜け切らないパリにいても、ユーモアや自虐の力で別次元へと脱出させてくれます」と賞賛。長引く公衆衛生危機で心身ともに停滞しがちなこの時期、審査員たちの気分にしっかりとフィットする作品だったようだ。

最後は主役のド・ラ・ロシュフコー氏を囲んで、審査員のメンバー、ドゥマゴ関係者らがカフェのファサード前に集合し、恒例の記念撮影会へ。参加者の表情は陰鬱な冬の曇り空を蹴散らすように一様に晴れやか。まるで受賞者の陽気なノンシャラン(無頓着でのんき)ぶりが周囲に伝播したかのようだった。

来年2023年は90回目を迎えるドゥマゴ賞。店側は記念すべき節目を祝うべく、装飾も新たに盛大で華やかな式典を予定している。

写真・文:林瑞絵(映画ジャーナリスト)

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