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第88回パリ・ドゥマゴ賞授賞式レポート

(2021.02.01)

 白く煙る冬の空。冷気がぴりっと肌をさす。だが、閉じられた部屋を抜け出し、ダイレクトに人と語らえる場の存在は暖かい。たとえマスク姿でも、芸術を媒介に集う人々からは、喜びと高揚感の熱が伝わってくる。


 新型コロナ禍以降、初の開催となったドゥマゴ賞授賞式。例年通り“1月最終火曜日”の1月26日、無事開催に漕ぎ着けた。
仏文学界も波乱の年だった。2020年、フランスは3月と10月からの二度に渡りロックダウンを経験。ゴンクールやルノドーら有名文学賞は、秋のロックダウン解除後に授賞式を延期へ。政府の閉鎖措置で経営難に陥る書店に対し、出版業界が連帯を示したのだ。
 年明けからはコロナ変異株による感染が増加。3回目のロックダウンが噂されるなか、ドゥマゴ賞は開催の道を選んだ。「諦めるつもりは微塵もありませんでした。ドゥマゴはカフェである前に芸術と交流の場。伝統を繋ぐため、フランスお得意のレジスタンス精神で乗り切ります。例年通りの日程で開催できたのは幸いでした」。ドゥマゴの最高経営責任者ジャック・ヴェルニョー氏の声は朗らだ。


 とはいえ、雰囲気までも「例年通り」とはいかない。いつもは200~250人が店内に詰めかけるが、今年の招待客数はその10分の1まで制限。そもそも現在、フランス全土でカフェやレストランは営業停止を強いられている。この機を利用しドゥマゴも改装工事中で、授賞式会場は外の屋根付きスペースに移された。マスク着用や対人距離の確保はもちろん、客同士が同じ食器を触らぬよう配慮するなど、感染症対策は徹底された。
 サン=ジェルマン=デ=プレ教会の鐘の音が響くなか、昼過ぎからガラス張りのテラスで審査が始まる。エティエンヌ・ド・モントティ選考委員長(第81回ドゥマゴ賞受賞者)を囲み、審査員らが討論を始めた。ジャーナリストはシャンパン片手に、かじかむ指先をヒーターに当て結果を待つ。


 候補作は3作。激動のモロッコ史と修史官の人生が交錯するマエル・ルヌアールの叙事詩的小説『L'Historiographe du royaume (王国の修史官)』(Grasset社)、詩人ランボーの知られざる兄の存在に迫るダヴィッド・ル・ベリの伝記的小説『L'autre Rimbaud (もう一人のランボー)』(Iconoclaste社)、歴史教師が家族史を夢想するエマニュエル・ルーベンの話題作『Sabre (サーベル)』(Stock社)だ。

 そして審査の結果、受賞作は『Sabre』に決定した。例年なら受賞者が発表後すぐに駆けつけるのだが、今年は欠席。ルーベン氏は地方在住で移動が難しかったようだ。代わりにストック社社長のマニュエル・カルカッソンヌ氏が写真撮影に臨む。「私の知る限り、受賞者が授賞式に来なかった回は記憶にありません。これもコロナ禍の影響でしょう」とヴェルニョー氏。その後、ドゥマゴオーナーのカトリーヌ・マティヴァ氏、パリ6区のジャン=ピエール・ルコック区長、審査員メンバーらが加わり、カフェのファサード前で和やかな記念撮影が続いた。

左から 審査員長エティエンヌ・ド・モントティ氏、ストック社社長マニュエル・カルカッソンヌ氏、ドゥマゴオーナー カトリーヌ・マティヴァ氏、パリ6区区長ジャン=ピエール・ルコック氏

 受賞者のエマニュエル・ルーベンはすでに数十の著作がある1980年生まれの作家だ。執筆活動と並行し、現在はナントとアンジェの間にあるロワール川沿いの町モージュ=シュル=ロワールで、作家や研究者用レジデンス施設「メゾン・ジュリアン・グラック」のディクレターも務める。

 『Sabre』の主人公は作者の分身。葬式の折に田舎の祖父母宅で過ごすが、ここでかつてダイニングルームに飾られていたサーベル(西洋剣)を思い出す。この消えたサーベルから、主人公が祖先について想像を巡らせ、調査も始めるという壮大なドラマだ。ル・モンド紙は「想像の産物への美しい賛歌」と評した。


 代理人のカルカッソンヌ氏は、本作の魅力を「ピュアなイマジネーションの羽ばたきにある」と指摘する。「いつの時代でも私たちには想像力や夢、冒険が必要。この物語は時代や国境を超え、やがて伝説へと読者を誘います。昨今、史実を織り交ぜリアルさで勝負する小説が人気ですが、そのような傾向の中でも異色の輝きを放っています」。
 ド・モントティ審査員長もまた、本書の”自由さ”に魅了されたと語る。「日常からの脱出を促すバロック風ファンタジーです。実は審査では最後まで『L'autre Rimbaud』と争いました。しかし閉塞感漂うこの時代には、生真面目な伝記物より、自由な精神が必要だと審査員全員で答えを出しました」。
コロナ禍で揺れたこの一年、多くの人が文化芸術の意義について考えたことだろう。肉体の移動が制限を受けるなか、せめて精神だけは束縛されず自由を謳歌したい、そしてそれを許してくれるのも芸術の大きな力……。そんな人々の思いや願いを凝縮したような受賞作であった。

写真・文:林瑞絵(映画ジャーナリスト)

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