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「第29回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」受賞記念対談レポート

(2019.12.20)

10月16日(水)、「第29回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」授賞式が執り行われました。受賞作は小田光雄さんの『古本屋散策』(2019年5月刊/論創社)。『<郊外>の誕生と死』、『出版社と書店はいかにして消えていくか』、『出版状況クロニクル』などを執筆してきた小田さんが、近代出版史と近代文学史の広大な裾野を展望する、『日本古書通信』に17年間にわたって連載してきた200編を集成した作品です。

選考委員を務めた鹿島茂さんは「本書のコアは古本収集そのものにあるのではなく、入手した古本に含まれる様々な情報を量的に蓄積することで初めて見えてくる『日本の出版・流通文化』の『無意識』の分析」だとし、「古本を手に入れ、内容を読み込むと同時に、さまざまな情報を抽出し、『失われたネットワーク』を復元していくという絶望的に困難な企てを、著者個人の読書史・集書史と絡めながら綴った傑作古書エッセイ」であると評価しました。

同日、贈呈式に先立ち、鹿島茂さんと小田光雄さんによる受賞記念対談が実現。後半には質疑応答も行われ、「おふたりにとって古本とは?」といった質問が飛びました。

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鹿島 『古本屋散策』には、日本の出版・流通のシステムが今や崩壊しようとしているとの認識のもとに、出版・流通というものが生き延びていくにはどうしたらいいのか、サバイバルするヒントがいっぱい詰まっています。古本というのは、実際にその本を買って手に取ってみないと分からないんです。さまざまな本から得たさまざまな情報によって、過去を再現していく。出版の現場を再現していく。小田さんは、そのことにたったひとりで取り組むという本当に偉大な作業をされています。

小田 明治20年来から始まった現在の出版業界ですが、当時出された本についてちゃんとした書評などがないまま戦後も過ごしてしまったところがあり、改めて当時出た本の検証をやってみたいと思ったことも、私の仕事のモチーフです。特に、ものすごく色々な分野の本を出していた大正時代の本も検証されていません。なぜ昭和初期に円本時代が成立したかというと、そこで読者層ができるまで、それを準備した無名の人たちがいたからだということが調べていくと分かります。

鹿島 小田さんと私は2つ違いです。我々が遭遇した輝ける本たちが、今ではもはや倒産して消えてしまった出版社の、どんな人たちが出していたのかが、この本を読んで解決しました。吉本隆明に言わせると、小オルガナイザーというべき人たちがいたるところにいて、そうした人たちがいろんな出版社を渡り歩くことによって、我々は初めて埴谷雄高とか稲垣足穂とかに遭遇してきたわけです。
それにしても当時は、売れないとすぐに古本屋の流通ルートに流す伝統があって、それで我々は当時の非常にとんがったアバンギャルドな著者に触れる機会があったわけです。そうした古本屋さんの列伝も、本作にはたくさん出てきます。そしてそうした系譜が、まるでニューロンが脳の中でつながるみたいに、そうだったんだ!という感じでつながっていきます。

小田 世代という話でいうと、僕らの世代は、全集類とアンソロジーがものすごく売れていましたね。そこでいろんな人物、作品に触れる機会があった。今ではそういったものがほとんど出されていません。今の読書は我々が経てきた経験とは違う読書なんじゃないかと思います。読書環境も出版環境も激変していて、いまものすごく書店が閉店しています。ネット販売が盛んになっていますが、立ち止まって、本屋に入って本を買うという経験自体がなくなりつつあります。

鹿島 そうですね。文学史について改めて考えると、実はすべてマイナー文学史になります。その時代にマイナーだった作家が、あとで有名になったことによって取り上げられていくことで文学史になる。ロートレアモンとかランボーとかもその時代には無名でした。これら後に文学史となるマイナーな文学を担っていたのは、マイナー出版社だった。そういうものに触れづらい今の環境では、メジャー文学史しかできない。これはもう文学史とは言えません。マイナー文学を支える流通と小出版社の群れが存在し続けるかどうかが、これからの日本の課題ですね。そのヒントが、この本にはいろんな形で出てきます。

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●質疑応答●

――おふたりにとって古本とは?

鹿島 人類の残した偉大なる知識の集成。そこに込められているものはすべて得難い情報です。装丁家がいて、製本屋さんがいて、いろんな紙を使って作っている。中身だけではなく、すべてが情報源です。それらを知ったら他のことと繋げたいという欲求が出てくる。2つの名称的なものが揃えば、新たなクエスチョンを発見できる。そうすると困ったことに、また別の本も集めなきゃならなくなる。ですから、一番幸せなのは古本を買わないことです(笑)。

小田 よくわかります。1冊読んだことが、10冊、100冊を必要とする。知ることと探求することが無限増殖していきますね。

文:望月ふみ、写真:大久保惠造

※贈呈式の動画はこちらからご覧いただけます。

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