10月8日(火)、『ドゥマゴサロン 第19回文学カフェ』が開催されました。登壇したのは、今年8月に自伝的青春「私」小説『君が異端だった頃』を発表した島田雅彦さんと、昨年パリから帰国し、今年の5月に帰国後第一作となる長編小説『アタラクシア』を発表した金原ひとみさん。
異才を放ち続けるおふたりが、「Bunka祭」の関連イベントでもあった今回の文学カフェで、お互いの作品へ言及しつつ、文学作品と“食”や“お酒”を絡めて語り合いました。
12年ぶりの再会だったというおふたりでしたが、島田さんのユニークなトークに、金原さんが突っ込みを入れたり、スルーしたりと息ぴったりのやりとりが続き、会場は笑いが止むことがありませんでした。
島田 『アタラクシア』のなかでも非常に多彩な食生活ぶりが解禁されていて、面白かったです。
金原 フランスで色んな食事を食べられたというのは大きな経験でした。食の描写が丁寧な作家さんの作品は、お腹に訴えかけますよね。私はかつて摂食障害をこじらせたこともあったりして、食に対してはまっすぐにいけないところもあって、難しいテーマだったのですが、フランスをテーマにしたことで正直に向き合えました。
島田 「新潮」に書かれた、金原さんが大好きなお酒がタイトルの『ストロングゼロ』も、相当イカれた短編でしたね。僕も相当ふざけたものを書いていますが、『ストロングゼロ』もいい具合にイカれていて、ふざけてました。
金原 私は別にふざけて書いてはいないんですけど(苦笑)。昔から小説を書く時には片手にお酒がありますね。
島田 ライト&ドリンクですか。僕は書くときにはまじめにお酒は飲まず書いてますよ。手書きの頃は、アルコールの勢いを借りることもありましたけどね。金原さんは、何しろ酒豪だから。アルコールにおいてはギャル曽根さん並。
金原 島田さんも飲まれるじゃないですか。島田さんは、文学作品で印象に残っている食べ物はありますか?
島田 谷崎潤一郎は、食べ物のこともよく言及しているひとりかなと思います。たとえば『細雪』でのロシア式食事のスタイルに遭遇する場面なんか、印象に残っていますね。あとは、『吉野葛』とか。奈良の吉野を訪ねる旅行記を兼ねたような作品で、「完熟柿(ずくし柿)」という、青い段階で取った柿を箱に入れて冷暗所に1シーズン放っておいて熟させた、ぐずぐずの状態になった柿を食べるシーンが出てくるんです。その描写が妙になまなましくて。あるとき、テレビの企画で谷崎が訪れてごちそうになった家に行って「同じ木から取った」という完熟柿を食べることができました。少女時代に谷崎に完熟柿を差し出したというおばあさんがいらっしゃいましたよ。
金原 すごいですね。私は最近、開高健さんの食エッセイがヒットしていて、『孤独のグルメ』を見るような感じで「あー、おいしそう!」と楽しんでいます。貪欲に食べ物やお酒に立ち向かっている姿を見ると、なにかこちらも頑張らなきゃという気持ちにさせてもらえます。島田さんの『君が異端だった頃』も美味しい匂いとお酒の匂いがする作品でした。
島田 そうでした?
金原 自分も酔っぱらっているような気分になれましたよ。
島田 あれは私が物書きになってから、時代でいうと1983年から80年代の終わりくらいを書いていて、まだ昭和のころの文壇風景というものを記録として残したつもりです。今と比べると、ずいぶん違う環境だと思ったでしょ?
金原 噂話でしか聞いたことのない文豪たちの雄姿というか、泥酔している感じが細やかに描かれていました。
島田 それに当時は作家と編集者の距離が非常に近かった。FAXもないような時代ですから、面談の回数がものすごく多いんです。非常に深い関係というのがありました。私がデビューしたのは22歳のときだったんですが、超イケメンだったの。
金原 知ってますよ。(会場、大きな笑い)
島田 私もある程度の年配になりまして、ようやくわかってきたんですが、おじさんになると、連れて歩くのは若い女の子よりも若いイケメンのほうがお得なんです。女の子だと、「このスケべおやじが」とろくな目で見られない。でもイケメンを連れて呑んでいると、周りのテーブルの女の子たちの視線がまずはそこに行って、それから、あのイケメンが尊敬しているらしい一緒にいるおっさんは誰だ?となる。で、イケメンに「あの子たちが見てるぞ」と言って、2次会に誘うと。つまり、私が鵜飼で、イケメンが鵜。
金原 なるほど(笑)。 (会場、大きな笑い)
島田 昔は編集者と作家だけでなくて、作家と書生とか、書生も女の子だったりして、いろんな関係がありました。田山花袋の『布団』だって、才能がありそうな美人の女の子を、スケベ心を隠しながら書生にしたがるんだけど、結局、その子は離れていってしまって、悔しくて悔しくて布団に顔をうずめて泣くっていう話ですから。これが日本の私小説の金字塔ですよ。汚くない?
金原 汚くなかったら、私小説じゃないですよ。
島田 日本の文学はその程度のものです。僕もまじめな青年だったのが、おやじくらいの編集者に呑みに連れまわされているうちに、こうなっちゃいました。
金原 相変わらずお元気で何よりです(笑)。私は、島田さんの『君が異端だった頃』の最後の章で泣きましたよ。こんな感じの島田さんですけど、小説を読むと、最後の最後に島田さんの心に触れられたような気がしました。みなさんにもぜひ読んでいただきたいです。
構成・写真:望月ふみ