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N響オーチャード定期2011/2012シリーズ

第69回  2012/6/3(日)15:30開演

指揮者インタビュー | INTERVIEW

2009年のブザンソン国際指揮者コンクール優勝後、パリ管弦楽団、BBC交響楽団などヨーロッパの一流オーケストラに客演し、今年9月からは名門スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者に就任する山田和樹さんにお話をうかがった。

現在、N響の副指揮者というポストに就いていられますが、どういうことをするのですか?

「副指揮者といっても、英語では、アシスタント・コンダクターではなく、アソシエイト・コンダクターといいます。実質的には、僕に勉強の機会を与えてくださっているということですね。N響には様々な大指揮者の方が来られますから、そのリハーサルや演奏会に立ち合ったり見学したりする機会を作ってくださいました。昔は指揮者とオーケストラの間にそれなりの距離があったかも知れませんが、今ではオーケストラは若い指揮者を育てようという意識が強くあると思います。シャルル・デュトワさんやアンドレ・プレヴィンさんをはじめ、正指揮者・尾高忠明先生のリハーサルも拝見させていただきましたし、ネルロ・サンティさんの本番を見せていただいたりしました。任期は、2010年9月1日から2012年8月31日までの2年間です。
 昨年3月のプレヴィンさんとN響の北米ツアーには一緒に行きましたが、演奏会でN響を振るのは今回が初めてです」

N響の印象は?

「最初は怖かったです(笑)。高輪の練習場の建物に入った瞬間から独特のピリピリした雰囲気を感じて。でもそれは良い意味での緊張感であって、N響は初日のリハーサルから本番まで常に緊張感をもって仕事をしているという点で素晴らしいオーケストラだと思います。一人ひとりの研鑽努力が並大抵ではないことにも驚かされます。練習場に早く来たりしてさらっている時間が半端ないんです。向上心というか音楽追求のレベルがとても高いのだと思います。」

そのN響との初めてのコンサートで、オール・ベートーヴェン・プログラムにした理由は?

「N響ほどのオーケストラになると、小技を駆使しても通用しないんです。奇を衒ったりせず、直球勝負で初共演に向かおうと思いました。指揮者に求められることの一つに経験値がありますが、もちろん僕は足りない状態です。若手の指揮者はみんな足りない。足りなくても精一杯やるしかない。自分の今の精一杯、直球勝負ということで、大それているかも知れませんがベートーヴェンを取り上げることにしました。3曲とも全てハ短調のプログラムです。

よくベートーヴェンの音楽を語る時に、『苦悩から歓喜へ』といいますが、協奏曲と交響曲はC moll(ハ短調)からC dur(ハ長調)になります。《コリオラン》序曲はそうはいかないのですが。3曲とも、オーケストラは音楽をよく知ってらっしゃいます。それを僕の音楽とリンクできるところがあればいいと思っています。」

ベートーヴェンの交響曲の中でも第5番《運命》を選んだ理由は?

「ベートーヴェンの交響曲第5番は、僕が一番好きな曲なのです。僕はクラシック音楽に目覚めたのが遅く、初めてクラシックのCDを買ったのが、高校1年の時で、それがフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの《運命》でした。1947年の復帰演奏会の時の録音で。その演奏の衝撃が強く、以来クラシック音楽にのめり込むことになり、《運命》は特別な曲になっています。もし、自分が歳をとって引退コンサートをすることになったとしたら、絶対《運命》をやると思います。
 《運命》は、僕にとって、一つひとつの音を自分の身体に入れることができるサイズなのだと思います。《英雄》だとちょっと音符が多すぎる気がしてしまいます。第7番もすっきりしているようで音符は少なくないですし、《第九》に至っては圧倒的に多いですね。《運命》は、音符の数が極限まで少ない気がします。第3楽章までは本当に少なく書かれていて、第4楽章で漸く増える。無駄な音は1音もない。密度が濃く凝縮されている訳ですが、逆に音楽として音符が全部身体に入るのだと思います。
 《運命》はドラマ性のある特殊な曲。クラシックを初めて聴く人でも何かしら印象に残る曲。冒頭の「タタタターン」からショッキングですから。第3楽章から第4楽章に移っていくところなどは、光が差してくるようで神々しさを感じます」

今回のN響との《運命》はどのようなスタイルで演奏されますか?

「最近ではピリオド奏法も流行っているようですが、僕はピリオド奏法ではしないですね。割とオールドスタイル志向です。音を存分に出していただいて、もちろんヴィブラートは抑えません。歌が感じられるベートーヴェンにしたいと思っています。さすがに今はしないですが、倍管(木管楽器の数を2倍にすること)でやってもいいかな、というくらいのイメージでいます。
 でもピリオド奏法は面白いと思いますし、オーケストラにプラスの面もあるでしょう。今の時代、古楽の勉強は必須になってきていると思います。フレーズをどう作っていくか、というフレージングの勉強はとてもためになります。でも、いざ自分がピリオド奏法で演奏するかというと、やるという方向にはいかないですね。僕は音楽の中で歌がもっとも大事なことだと思っていて、もちろん歌にはヴィブラートがあり、ソノリティや響きがあります。歌わせるということは僕の音楽をする上での根本なのです」

学生時代に自分たちでオーケストラを作って、ベートーヴェンの交響曲全曲を演奏されたと聞きました。

「僕が『自分たちでオーケストラを作ろう』と言ったのが発端です。大学2年生のとき、芸大の文化祭『芸術祭』で、仲間を集めて、チャイコフスキーの交響曲第5番をやったのですが、思うようにうまくいきませんでした。それでリベンジしたいと思っていたところ、仲間たちのアイディアで、どうせやるなら単発の演奏ではなくちゃんとやろう、一週間に一度集まって勉強していくのがいいのでは、ということになりました。最初はハイドンの交響曲をやろうと思っていのですが、104曲もあるので無謀だと気づき、ではベートーヴェンということで交響曲第1番から第9番までを順番にやることにしました。僕もオーケストラも同じ世代同士で演奏できて、とても勉強になりました。第3番《英雄》のときには、芸大教授の岡山潔先生にゲスト・コンサートマスターをお願いしました。そのときの経験が、僕のリハーサル方法を一変させることになりました。それまでは、一音一音止めてでも、自分の思う通りにするのが指揮者だと思っていました。でも岡山先生は、第1楽章を半分まで通したあと、2つのことだけ言われました。一つは、テンポがもう少し遅めでもよいのではないかということ。もう一つは、低弦楽器の音型が上がっていくところでヴィブラートをかけた方がよいということ。その2つだけの指摘で、もう一度最初から通すのですが、その時に出てきたオーケストラの音に僕は唖然となりました。全く見違えるような美しい音楽になったのです。きっと自然に涙を流していたと思います。そのときに僕は、オーケストラには「ツボ」があることを発見しました。 そこを刺激すれば、一音一音止めたりしなくてもうまくいく。当然オーケストラ側にもやりたい音楽がある訳ですから、自分の音楽を具現化することだけに必死になっていてはダメなのだ、と反省しました。僕がサゼッションすることで、オーケストラの音が自然に変わる、そういう化学反応であれば一方通行ではく、コミュニケーションになっていると思います。そのとき以来、ツボ探しの旅が始まり、今でも続いています」

ピアノ協奏曲第3番はいかがですか?

「ベートーヴェンのピアノ協奏曲は第3番に限らず、どれも指揮者にとって気が抜けないですね。第3番の冒頭のハ短調のテーマをハ長調にすると交響曲第5番《運命》の第4楽章の冒頭のテーマになったりしますが、一つ一つのモチーフがとても深いんです。
 ソリストのリーズ・ドゥ・ラサールさんは初めての共演ですが、どんなベートーヴェンをされるのか興味があります。コンチェルトではソリストがどういうイメージを持ってくるのかが重要になります。それに対して僕の音楽、オーケストラの音楽をすり合わせながら、いいものを作りたいと思います」

《コリオラン》序曲はどうですか?

「2002年の初めての海外での講習会、ザルツブルクのサマー・アカデミーの課題曲の一つでした。それまではやったことがなかったのですが、その時に好きになった曲です。冒頭から衝撃的ですが、『タタタラ、タタティ』という音型の積み重ねも印象的です。エンディングをどう作るかなど難しいところもありますが、とても好きな曲です」

今回の演奏会で楽譜は何を使用されますか?

「ブライトコップフになると思います。ベーレンライターを用意していただいても自分なりの折衷になりますね。そのときどきで一番いいと思うものを使うようにしています。大切なのはベートーヴェンの頭の中で鳴っていた音楽がどうだったかということで、それを記号としてどこまで譜面に書き写せたのかどうかは難しいところです。ベートーヴェンは耳が聞こえなかったこともあって、f(フォルテ=強く)の使い方が独特です。fをより強くpiu fにしても聞こえない、さらに強くしてff(フォルティシモ=ごく強く)にしてもそれでも聞こえない。また《運命》第4楽章の最後では、和音をジャンジャンジャンと何回もならすのですが、それでも聞こえない、最後にユニゾンで『ドー』、それでも聞こえない…。彼の頭の中に鳴っていた音は、我々が日頃聴くようなそんな美しいものではなかったかも知れません。もっと荒れ狂った音が渦巻いていたかもしれない。僕も想像するだけしか出来ないのですが。
 《運命》と同時期に作曲された《田園》でも、第4楽章の嵐の後、雲が晴れていき、自然への畏敬と感謝が歌われて、そのまま神への感謝と繋がるような印象ではあるのですが、彼の宗教観がどのようなものだったのかということも興味深いところです。彼自身はその過酷な運命に「神を呪ったことさえある」と言ったという記録も残っています。きっと我々には推し量れない独特な宗教観を持っていたと思います」

好きな指揮者を挙げていただけますか?

「王道ですけど、カラヤン、バーンスタイン、ベームなど。みな凄いと思います。クライバーも凄いですけど、天才すぎて僕の好きなタイプかというと違うかも知れません。あのスポーティヴともいえる感性は独特で、僕は同じ感覚では音楽できないですね。
 変わったところではストコフスキーも大好きなんです。独自の視点でものを考え、アイディアを実行に移せたとても勇気ある音楽家だと思います。彼は大胆にも、オーケストラの配置を変えたり、曲の解釈でも大幅なカットをしたり、自分で編曲までしたり、映画『ファンタジア』に参加したり。彼はクラシック音楽に慣れ親しんでいない人々の心をつかむ才能がありました。そして彼は生涯実験し続けました。その精神を僕もどこかに持っていたいと思います」

レパートリーでは、現代音楽にも取り組んでいられるのですね。

「僕は、世代的に、ぎりぎり若杉弘さんや岩城宏之先生に会えた、間に合ったという感じです。そして、小澤征爾さんや師匠である小林研一郎先生にもめぐり会えました。オーケストラ・アンサンブル金沢や東京混声合唱団を指揮すること、特に東混では「合唱はオーケストラを指揮する時にも必ず役に立つ」と僕にチャンスを与えてくださったのは岩城先生でした。岩城先生は現代曲をたくさん初演され、東混の音楽監督もされていました。今となっては遺言のようで、どこかでその意志を継いでいかなければという意識が僕にはあります。  現代曲の演奏に関しては東混で鍛えていただきました。ブザンソンのコンクールでは、新曲初演とコンチェルトと幻想交響曲の第1楽章を指揮したのですが、案外、勝負を決したのは新曲だったかもしれません。現代曲の良さは、作曲家が生きていて直に意見が聞けることですね。同世代でいうと、藤倉大さんは素晴らしい作曲家です。譜面上はとても難しくて演奏家泣かせなのですが、実演では演奏者も聴衆もみな素晴らしいと思う音楽になる。彼の曲には何かしらありますね」

今年の9月には、名門スイス・ロマンド管弦楽団の首席客演指揮者に就任されますね。

「今年9月から3年間の契約です。そこでは、今までやる機会があまりなかったフランスもののレパートリーを増やしたいと思っています。初年度はラヴェルの 《ダフニスとクロエ》の全曲を取り上げます。ドビュッシーの《海》にも挑戦したいですね。ラヴェル、ドビュッシーなどフランスの作曲家はもちろんですが、スイスの作曲家オネゲルは特に重要です」

日本での活動は?

「日本フィルの正指揮者をやはり今年9月から3年間務めます。今はベルリンが拠点なのですが、日本でも定期的に演奏する場を与えていただきました。来年3月には広島交響楽団で初めてブルックナーに挑戦します。交響曲第3番の第1稿です。普通、第3稿が演奏されているのですが、僕のこだわりで第1稿にさせていただきました」

オペラはいかがですか?

「歌が大好きなので、ぜひオペラをやってみたい。大学出たての頃は、よくオペラの副指揮者をやっていました。でも、今までオペラの本公演を指揮したことはないです。今始めないと遅いのではないかと、僕としてはちょっと焦っている状態(笑)。8月31日にサントリーホールでクセナキスの「オレステイア」をオペラとして上演します。これがオペラ初指揮となります」

追記:このインタビューは3月22日にオーチャードホールで行われたが、その後、山田さんは8月のサイトウ・キネン・フェスティバル松本で療養中の小澤征爾氏の代役としてオネゲルの《火刑台上のジャンヌ・ダルク》を指揮することが決まった。予定していたよりも一足早くオペラ・デビューを飾ることになったのである。

インタビュアー:山田治生(音楽評論家)