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N響オーチャード定期 2011-2012シリーズ
N響オーチャード定期 2012-2013シリーズ
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N響オーチャード定期 2014-2015シリーズ

N響オーチャード定期2011/2012シリーズ

第66回 2012/1/8(日) 15:30開演

指揮者インタビュー | INTERVIEW

チェコ指揮界の重鎮、ラドミル・エリシュカは、旧西側諸国ではその実力が長く知られていませんでしたが、2006年の札幌交響楽団と大阪センチュリー交響楽団への客演がセンセーショナルな成功を収め、日本でも大いに注目を集めるようになりました。そして、2009年にはNHK交響楽団と初めて共演し、N響オーチャード定期にも登場。ドヴォルザークの交響曲第8番などで聴衆を魅了しました。そして今回もスメタナ、ドヴォルザーク、スークというマエストロの十八番のチェコ音楽が披露されます。

3年前のN響との初共演の感想をお聞かせください。何が一番記憶に残っていますか? オーチャードホールについてはどのような印象を持たれましたか?

エリシュカ:2009年のN響との初共演はドヴォルザークでした。N響は、成熟したテクニック、響きのバランス、細かなリズムの正確な刻み、そして指揮者の要求への理解と素早い把握、どれをとっても素晴らしいオーケストラでした。それに各弦パートが信じられぬほどきっちりとそろっていましたね。
日本には素晴らしい音楽ホールが沢山あり、それぞれ個性を感じます。オーチャードホールは音響が良いばかりではなく、美的センスに満ちた空間だったことを覚えています。

今回はチェコの3人の作曲家の作品を演奏してくださいますが、そのなかでスークの「おとぎ話」を選ばれた理由は?スークの作品は日本ではあまり演奏されないのですが、チェコではよく演奏されるのでしょうか?「おとぎ話」の聴きどころを教えていただけますか?

エリシュカ:今のところ日本では作曲者としてのヨゼフ・スークはあまりポピュラーではないのですね。組曲「おとぎ話」は交響曲のように4つの楽章からなる 作品です。ドヴォルザークの弟子であり娘婿であり、世界的バイオリニスト、ヨゼフ・スークの祖父であったスークですが、彼は24歳の時に詩人J・ゼイエル 原作のおとぎ劇「ラドゥースとマフレナ」の劇付随音楽を書き上げました。そして2年後に組曲として作り変えました。つまりメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」、グリーグの「ペールギュント」あるいはビゼーの「アルルの女」などと同様です。この組曲「おとぎ話」は、当時ドヴォルザークのほとんどの作品の出版を担っていたベルリンの出版社ジムロックにてただちに出版されました。
お聴きいただければわかりますがとにかく美しい作品です。私は数え切れぬほど「おとぎ話」を指揮してきましたが、心の底から愛してやみません。この魅惑的な組曲はチェコでは大変よく演奏されていますし、例えばターリッヒやノイマンといった世界的有名な指揮者が録音も残しています。

エリシュカさんがかつて首席指揮者を務めたカルロヴィ・ヴァリ交響楽団は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」をヨーロッパ初演した楽団だと聞きましたが、そこには「新世界交響曲」演奏の伝統のようなものはありましたか?あるいは、チェコでの「新世界交響曲」演奏の伝統とはどのようなものですか?

エリシュカ:カルロヴィ・ヴァリ交響楽団では21年間首席指揮者を務めました。ここは世界的に有名な温泉保養地です。そのこともありカルロヴィ・ヴァリに オーケストラが創設されたのはなんと1835年でした!オーケストラの規模はしだいに大きくなり、1890年にはすでに楽団員は60人に達していました。それゆえ、ドヴォルザークは「新世界交響曲」のヨーロッパ初演をこの楽団に託したのです。このヨーロッパ初演は1894年7月20日、ニューヨークでの世界初演後の2回目となる公演でした。私が38歳でこの楽団に就任したとき、彼らが使用していた「新世界交響曲」の楽譜はなんと75年前のジムロック社の初版でした!ドヴォルザーク自身この地を愛し、たびたび訪れています。現在カルロヴィ・ヴァリにはドヴォルザークの記念碑がありますし、毎年「ドヴォルザークの秋音楽祭」が開催されており、「国際ドヴォルザーク歌曲コンクール」が行われています。私もこの楽団と共にドヴォルザークの全交響曲を演奏してきました。我々チェコ人はドヴォルザークを愛してやみませんし、おそらく世界において彼はチェコ文化とチェコ民族の代表者といってよいでしょう。

マエストロから見た「新世界交響曲」は、ボヘミア的な音楽ですか?それともアメリカ的なものを感じますか?「新世界交響曲」のどこに最も魅力を感じますか?

エリシュカ:ドヴォルザークが「新世界交響曲」を書き上げたのはニューヨークです。ゆえによく耳にしたアメリカ民族音楽、とりわけ黒人霊歌の影響が作品に残されていると推理するのも無理はありません。たとえば旋律がしばしば調音6度に帰るなどです。しかしこれがアメリカ音楽の影響だというのは無謀です。断言できるのは、この交響曲にしろ、弦楽四重奏曲ヘ長調にしろ、チェロ協奏曲ロ短調にしろ、これらの作品を作り上げたのはアメリカ人ではなく"チェコ人"です!彼の心は常に愛する故郷チェコにあり、望郷の念にさいなまれつつこれらの作品を書き上げたのです。

ドヴォルザークの作品を演奏する際に重要なことは何ですか?

エリシュカ:よくこの質問をうけます。私は30年間プラハアカデミーで指揮を教えてきましたので、生徒に言い続けてきたことと同じ話をいたしましょう。まず第一にドヴォルザークはまさしく突出したメロディ・メーカーです。そして彼のメロディを奏でる時に何よりも大事なことは"歌うこと"、内面からの声で歌わなくてはいけません。次にドヴォルザークは楽天主義を伴うとてもリズミカルな人生を送りました。そうしたことから、とりわけ作品中の速いテンポにおいては、テンポという名の火花が飛び散るがごとく演奏しなくてはなりません。彼の作品は決して難解なものではありません。どの作品も真実味をもち、そして時おり宗教的な深さが表れています。

近年はたびたび日本に来られていますが、日本に来るたびに楽しみにしてられることや日本に関して興味を持ってられることはありますか?

エリシュカ:日本に来ることをいつも楽しみにしています。なぜなら日本の皆様がドヴォルザークをこれほどまで愛し身近に感じてくださるからです。でもそれだけが理由ではありません。私はこの美しい国を何度も訪れていますが、人々がかくも礼儀正しく、規律を保ち、助け合いの精神が生きていることに感服してい ます。個人の富よりモラルを大事にしているように感じます。それから日本人は本当に交響曲がお好きですね。素晴らしい音楽ホールが存在していることにいつも感嘆しています。

今回の演奏会に来る聴衆へ、メッセージをいただけますか?

エリシュカ:聴衆の皆様、皆様にチェコの美しい音楽をお届けします。過去にN響と演奏した「我が祖国」やドヴォルザークの交響曲第8番、本日の「新世界交響曲」はよくご存じの作品ですが、スークの「おとぎ話」もこれらと同様に大好きになって頂けると信じております。 クラシック音楽を愛する日本の皆様に心からご挨拶申し上げます。

インタビュアー:山田治生(音楽評論家)