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第79回 2014/4/29(火・祝)15:30開演

指揮者インタビュー/アンドルー・マンゼ | INTERVIEW

バロック・ヴァイオリンの名手として知られたアンドルー・マンゼさんは、現在、指揮者として活躍している。昨年7月にNHK交響楽団と初共演するために来日した彼に、ヴァイオリニストから指揮者への転向のこと、今回のプログラムのことをきいた。(2013年7月18日・高輪・N響練習場)

先ほどまでN響とリハーサルをしておられましたが、いかがでしたか?

「日本の演奏団体と共演するのは今回が初めてなのです。こんなに優秀なオーケストラと共演できるのは本当にラッキーです。N響は信じられないくらい素晴らしい。私はヴァイオリン弾きですが、N響のヴァイオリンは全員が素晴らしいテクニックをお持ちです。そして音楽に知性があります。一人一人に柔軟性があります。私は彼らにとって新しい人ですが、彼らは私の新しいアイデアを受け入れてくれます。やり慣れた曲でも、ちょっとしたアイデアに喜んで返してくださる。テクニックが高いのに知性も高いというオーケストラは珍しいのです」

これまでに日本にはどのくらい来てられるのですか?

「1985年にバーンスタインが指揮するECユースのメンバーとして広島で演奏しました。そのときが初めての日本でした。今回(2013年7月)の来日が6回目で、次(2014年4月)に来るのが7回目になります。日本とはつながりが深く、兄の妻が松山出身なのです」

マンゼさんは、バロック・ヴァイオリンの名手として有名ですが、バロック・ヴァイオリンを始めたきっかけは何ですか?

「私のヴァイオリンの先生がバロック音楽が大好きでした。でも、彼女は高齢で昔風のやり方でした。そして、私も、バッハ、ヘンデルなど、たくさんのバロック音楽を弾き、バロック音楽が好きになりました。10代の頃、現代音楽に興味があり、作曲家にもなりたいと思いました。でもならなかったですが。バロック音楽をバロック・ヴァイオリンで弾き始めたのはその頃でした。譜面を弾くだけではダメで、私は、作曲家のようにならなければならないと考えました。私は、どんな音楽にも興味があり、それをどういう風に演奏すべきか自分に投げかけてきました。ベートーヴェンも、シューマンも、ブラームスも、ブルックナーも20世紀音楽も、好きです。でもバロック音楽、古典音楽に目が行ってしまったのです。
 バロック・ヴァイオリンを始めて、演奏者と作曲家の関係を考えるようになりました。現代英国の作曲家、トマス・アデスの作品を録音したとき、アデスの楽譜は一杯情報の詰まった明晰な楽譜ですが、私は彼に会ったことがなかったのでeメールで質問しました。すると返信があり、そこには『あなたがどうやるのか楽しみです』と書いてありました。私はとてもハッピーな気持ちになりました。私は作品に何かもたらすものがあるのか心配だったのです。私は、モーツァルトやベートーヴェンから『あなたのアイデアを聴くのが楽しみ』と言われたいですね」

現在は、ヴァイオリンよりも指揮活動を中心にしてられるのですね?

「今はヴァイオリンを弾いていません。指揮活動が忙しいので、もう5年くらいヴァイオリンを弾いていません。5年ほど前(2008年)に東京で、フォルテピアノのリチャード・イーガーとモーツァルトやシューベルトを弾いたのが、ヴァイオリニストとしてのほとんど最後のリサイタルでした」

もうヴァイオリンを弾いてられないとは驚きです。では、どうして、ヴァイオリンから指揮者に転向されたのですか?

「指揮者になったのは、実際的な理由からです。始めは、イングリッシュ・コンサートのコンサートマスターとして、モーツァルトの小さなアンサンブル曲をヴァイオリンを弾きながら指揮していました。ところが、合唱の入る大きなアンサンブルの曲をすることになり、指揮者が必要となったのです。ヴァイオリンの手の動きと指揮の腕の使い方は似ています。身体的にどのように指揮が始まったのかを考えると、私の人生そのものが指揮の歴史と重なります。
 私はもちろんヴァイオリンが好きでしたが、子供の頃、指揮者になりたいという夢もありました。学生時代に指揮のレッスンを受けたこともあります。20年前は、指揮0パーセント、ヴァイオリン100パーセントでしたが、5年前から、指揮100パーセント、ヴァイオリン0パーセントになりました」

マンゼさんは、バロック・ヴァイオリンでの古楽奏法に精通されていますが、N響のようなモダン楽器のオーケストラを指揮するときも、古楽器的なアプローチ(ピリオド・アプローチ)をされますか?

「モダン楽器のオーケストラでのピリオド・アプローチはイエスですけど、すべての作品にはそれぞれの言語があるのです。古楽器でもモダン楽器でも、言語を発する手法はそんなに変わらないと思います。私は古楽器が好きですが、もっと大切なのは音楽なのです。N響とのモーツァルトは楽しみです。N響は音楽的な人たちですから、一番良い方法を見つけ出せばいい。古楽のテクニックで、とは考えません。今、どのように音楽を生かそうかという方が頭にあります。古楽の知識はありがたいですが、私はそれに限定されません。必要なときに使うだけです。ひとつの考えのなかに閉じ込められたくないのです。柔軟でなければダメです。50年前はベートーヴェンもラヴェルもショスタコーヴィチも同じ言語で演奏されていましたが、今は違う言語と理解が必要です」

今回の演奏会のメインはベートーヴェンの交響曲第6番《田園》ですね。

「ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》は、モーツァルトやハイドン的な古典派交響曲ですが、ロマン派的なアイデアもあり、とても興味深いです。古典派とロマン派の境界線の音楽なのです。古典派とロマン派の言語を同時に考えなければならず、どうするかが難しい。かなり複雑な音楽だと思います。敬愛の念をもって対応しています。
 本当にシンプルな音楽から豊かな情景が描かれます。第1楽章の冒頭の和音と旋律は、シンプルで小さなフレーズですが、ベートーヴェンはフレーズの使い方を知っていました。そのフレーズは詩の1行のようなものです。5秒でやめてしまう。ベートーヴェンのマジックですよ。そして1つ1つ素晴らしいものが現れる。私の知る限りでは、音楽史のなかであんなに長い構造を初めて作りました。第2楽章はシンプルな構造です。近くではわからないのですが、離れて見ると素晴らしい構造がわかります。そして興味が尽きません。
 ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》は、映画のようにすべてが入っています。リラックス、瞑想、ダンス、嵐、最後に美しいメロディ。『ベートーヴェン、ありがとう!』って言いたくなります」

今回のモーツァルトのピアノ協奏曲第19番では、ハープのグザヴィエ・ドウ・メストレが独奏を務めるのですね。

「グザヴィエ・ドウ・メストレは素晴らしい音楽家です。彼は、誰よりも大きな音と小さな音が出ます。グザヴィエとは、ハノーファーの北ドイツ放送フィルでのロドリーゴの《アランフエス協奏曲》(作曲者編曲によるハープ独奏版)で共演しました。リハーサルのあと、彼はモーツァルトのピアノ協奏曲第19番を一人で弾いていました。僕の大好きな曲で、彼がハープで弾くのを聴いていました。彼は『コンサートで弾いてみたい』と言っていました。その後、とてもうれしいことに、N響からグザヴィエとの共演の話があり、モーツァルトのピアノ協奏曲第19番を演奏することにしました。
 モーツァルトの時代のピアノは、アタックが少し硬いが、響きは柔らかい。ハープに似ているのです。聴衆のみなさんはびっくりするんじゃないですか。でも、素晴らしい作品に楽器はそんなに関係ありません。いつもとは違う方法だけど、新しいモーツァルトもあるんだと思ってほしい。グザヴィエが演奏してくれるから、聴衆のみなさんはハッピーになると思います」

エルガーは、マンゼさんの祖国イギリスを代表する作曲家ですね。

「私はイギリス音楽が大好きなので、エルガーをやりたいと思っていました。『序奏とアレグロ』は、聴衆に差し上げるものがたくさんあります。ドラマティックでヴィルトゥオーゾ的な音楽、そしてエルガーの美しい歌心も聴ける。彼の完璧な作品です。エルガーのこの作品を聴いて、イギリス音楽がエキサイティングであり、美しいメロディもあるので、イギリス音楽をもっと聴いてみたいと思っていただければ幸いです」

インタビュアー:山田治生(音楽評論家)