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パリの第87回ドゥマゴ賞が決定!

(2020.02.12)

パリで文学の伝統を紡ぐドゥマゴ賞の授賞式。この冬の風物詩も、2020年で87回目を迎えた。本年度は12月上旬から年金制度改革の抗議ストが始まり、広範囲で公共交通機関が麻痺。移動は混乱を極めたが、授賞式の1月28日には、憂鬱な厚雲が気まぐれに移動を始めたかのように、ストは急速に解消へと向かった。町は穏やかな日常を、ドゥマゴ賞とともに取り戻したかのようだった。

 

中国の高官像二体(ドゥマゴ)が見守る会場では、蝶ネクタイのギャルソンがきびきびと動き回る。出口横の金枠の飾り棚には、ドゥマゴ賞関連の本が並ぶ。Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞作の小田光雄著『古本屋散策』が、昨年のドゥマゴ賞受賞作や、今年の候補作らとともに飾られていた。

 

カフェは昼前に関係者でいっぱいに。シャンパングラス片手の人々が和やかに談笑する。「サインが欲しくて本を持ってきました」。常連客の男性は候補作の歴史小説を手に興奮気味だ。「実はまだ読み終えていません。今読んでいます」。慌てて本の頁を繰るジャーナリストまでいた。店内ではリアルタイムで、13人の審査員による投票が行われている。

 

最終選考に残るのは4作品。ナポレオン戦争末期をドラマティックに活写したミシェル・ベルナールの歴史小説『Hiver 1814(1814年冬)』、パリ郊外のエコ分譲住宅を舞台にしたジュリア・デックの風刺小説『Propriété privée(私有財産)』、デュラスやコレットら文豪を登場させたセシール・ヴィロメの文学逸話集『Des écrivains imaginés(想像された作家たち)』、夭折した俳優ジェラール・フィリップの最後の数ヶ月を描写したジェローム・ガルサンの『Le dernier hiver du Cid(ル・シッドの最後の冬)』である。

 

アルコールがまわりほどよい熱気に包まれる中、いよいよ受賞結果の発表へ。12時45分頃、マイクを握るエティエンヌ・ド・モントティ選考委員長(第81回ドゥマゴ賞受賞者)がカフェ中央に立った。「第87回ドゥマゴ賞は、ジェローム・ガルサンの『Le dernier hiver du Cid』に与えられました」。歓声と拍手が上がる。本作は13人中9人の票を獲得。次点は4票獲得の『Hiver 1814』だ。

受賞の知らせを受けたガルサン氏は、約30分後に会場に到着。早速カフェの前で、審査員やドゥマゴオーナー、カトリーヌ・マティヴァ氏との集合写真や、受賞作を手にした本人の個人撮影にのぞむ。カメラマンから「ジェローム!」と掛け声が飛ぶたび、溢れるような笑みで応えている。そして、彼が店内のテーブルに着くやいなや取材攻撃が始まった。ジャーナリストは次々に質問やお祝いの言葉を浴びせかける。

ジェラール・フィリップは、映画『悪魔の美しさ』『モンパルナスの灯』『危険な関係』などで知られる名優だ。国立⺠衆劇場 (TNP)のメンバーとして、アヴィニョン演劇祭の礎を築いた演劇人でもある。フランス語を学んだ人なら、彼が朗読した「星の王子さま」を聞いた人も多いだろう。戦後最大の国際的なスターで日本でも人気が高かったが、1959年11月25日に肝臓ガンで帰らぬ人に。36歳の若さだった。本作は彼が亡くなる最後の夏からの数ヶ月に焦点を当てる。タイトルにある「Cid」とは、彼の当たり役だったコルネイユの「ル・シッド」に由来する。

 

ガルサン氏は週刊誌ヌーヴェル・オブセルヴァトゥールの文化担当欄の責任者であり、人気の長寿ラジオ番組「仮面とペン」のホスト役としても有名な人物。さらに、ジェラール・フィリップの愛娘アンヌ=マリさんと結婚した方でもあり、フィリップは彼の義父に当たる。まさに書かれるべき人に書かれた本だと言えるだろう。

 

ガルサン氏に受賞の心境を尋ねた。「一言で言えば、 “joie(喜び)”。それは私が受け取るものというより、私がポートレイトを描いた人、つまりジェラール・フィリップに対する喜びです。2019年は彼の死後60年でした。この賞は彼がまだ私たちと共に存在することの証であり、それこそが私にとって最も大事なことなのです」との答えが返ってきた。

 

最後にド・モントティ審査員長に総評を伺う。「今年はテーマもジャンルも多様性豊かな年。なかでも名優の最期をメランコリックな筆致で綴った『Le dernier hiver du Cid』は、我々を強く惹きつけました」。フィリップは1940年代半ばから50年代にかけ、圧倒的な演技力と知性、美貌を武器に活躍。戦争で疲弊した大衆の心に射した一筋の光であり、希望を背負った文字通りの大スター(星)であった。「彼がまばゆい輝きを放った時代は、カフェ文化が花開いたドゥマゴの黄金時代にも重なります」と審査員長。サン=ジェルマン=デ=プレから芸術と歴史を見届けてきたカフェドゥマゴ。その名を冠した文学賞にふさわしい受賞作の誕生となった。

写真・文:林瑞絵(映画ジャーナリスト)

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