2026.10.15 UP
大澤夏美さんと巡る!
渋アート的ミュージアムグッズ―最終回・大澤さんの「渋アート的ミュージアムグッズ考」―

展覧会の思い出やお気に入りの作品をおうちで楽しむことができる「ミュージアムグッズ」。文具や雑貨としてのかわいらしさもさることながら、それぞれの美術館・博物館ならではのこだわりや工夫がたくさんつまっているのも魅力のひとつです。
このシリーズでは、渋アート連携施設の「ミュージアムグッズ」への想いや熱意を、ミュージアムグッズ愛好家として活躍中の大澤夏美さんが取材。大澤さんならではの視点でその魅力に迫ってきました。
第1回 山種美術館―日常に「もう一つの展示」を!山種美術館が手がける現代のミュージアムグッズ
第2回 戸栗美術館―日常に「知るほど面白い」を!戸栗美術館が手がけるディープなミュージアムグッズ
第3回 太田記念美術館―日常に「知るほど面白い」を!戸栗美術館が手がけるディープなミュージアムグッズ
第4回 五島美術館―静かな感動を、日常のデスクへ。 五島美術館のショップで見つけた「お持ち帰り」のストーリー
第5回 國學院大學博物館―学問の「入口」を手作りする!國學院大學博物館が手がけるフレキシブルなミュージアムショップ
最終回は、これまでの取材を振り返りつつ大澤さんの「渋アート的ミュージアムグッズ考」をお届けします。
日本画、古伊万里、浮世絵、古美術、そして神道と考古。さまざまな日本の美術や文化を扱い、それぞれに異なるバックボーンを持つ美術館や博物館のミュージアムグッズは、大澤さんの目にどのように映ったのでしょうか。
文/大澤夏美
渋谷の喧騒のすぐ隣で――
5つの小さなミュージアムショップから考える「ミュージアムらしさ」
■渋谷の喧騒のすぐ隣にある、5つの「知と美」の小宇宙
渋谷と聞いて思い浮かぶのは、スクランブル交差点を行き交う買い物客や観光客、最先端のファッションや新店、目まぐるしく移り変わる流行かもしれません。けれど、その喧騒から少し離れると、まったく違う時間が流れる場所があります。
近代・現代の日本画を扱う山種美術館、古伊万里で知られる戸栗美術館、浮世絵を専門とする太田記念美術館、日本と東洋の古美術を収蔵する五島美術館、そして神道や考古を中心に大学の研究成果を紹介する國學院大學博物館です。
今回、この5館のミュージアムショップを取材しました。話を聞いているうちに気になったのは、扱う作品や資料以上に、ミュージアムショップそのもの在り方や姿勢が驚くほど違っていることでした。
何を商品にするのか。どこまで専門性を盛り込むのか。日常でどう使ってもらおうと考えるのか。スタッフは何を「面白い」と感じ、来館者には何を持ち帰ってほしいと思っているのか。小さな売り場を眺めていると、そこには展示室とは少し違った角度から「そのミュージアムらしさ」が表れています。
なぜ、小さなミュージアムのショップには、そのミュージアムが大切にしているものがこれほど鮮明に見えるのでしょうか。

■「私はこれが好き」と選び取る
展示室に並ぶ作品や資料は、ミュージアムによって選ばれ、配置され、解説を与えられています。来館者はそのなかから、それぞれの経験や関心に引き寄せながら作品を見ることができます。同じ一枚の絵でも、歴史的背景に惹かれる人もいれば、描かれた動物や衣服、ほんの小さな表情に目を留める人もいるでしょう。
ミュージアムショップへ移ると、その「選び取る」という行為が「買い物」として、さらに目に見える行為になります。棚に並べるものを決めるのはミュージアムですが、そこから何を手に取るかは来館者が決めるからです。山種美術館の奥村土牛《兎》をあしらったお茶缶は、日本画ファンに加えて「うさぎ好き」にも支持されました。國學院大學博物館の「大なまず曳き物」シリーズも、神道や祭礼について詳しく知らなくても、「このナマズかわいい!」という感覚から手に取ることができます。

山種美術館の所蔵作品の中でもかわいい動物たちが描かれた作品は、日本画になじみがない人にもとても人気。速水御舟の猫と奥村土牛の兎のグッズはもはや定番です。(編集部)
記事はこちら > 大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―山種美術館―
作品への入口は、必ずしもミュージアムが用意した順番どおりにはなりません。ミュージアムグッズから作品へ向かう人もいれば、作品のなかの意外な一点を好きになり、それを持ち帰ろうとする人もいる。来館者の関心によって、ひとつの作品への入口がいくつにも増えていきます。
私自身、ミュージアムショップで買い物をするとき、ときどきミュージアムへの小さな「反撃」のような気分になります。たっぷり影響を受けておきながら、「でも、何を好きになるか、何を連れて帰るかは私が決めますよ」と返しているような感覚です。
ミュージアムが差し出し、来館者が選び取る。ミュージアムショップは、そのやりとりがはっきりと見える場所です。
■何を「選べるもの」として差し出すのか
では、ミュージアムは何を私たちに提供しているのでしょうか。五島美術館で印象的だったのは、担当者の「美術館もホテルと同じサービス業」という言葉でした。東急グループのホテルで培った経験を生かし、ミュージアムショップも、ミュージアムで心地よく過ごす時間をつくる一部として捉えています。展示を見て、ミュージアムショップへ立ち寄り、季節の小物や作品にちなんだ品を選ぶところまでが、美術館で過ごすひとときになるのです。

五島美術館の取材時に開催されていた「館蔵 陶芸展 時代を超えた珠玉のやきもの」(2026年)の際には、ミュージアムショップの一番目立つところに、やきもの好きの大澤さんを大いに悩ませる「買える『珠玉のやきもの』」たちが並んでいました。(編集部)
記事はこちら > 大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―五島美術館―
一方で國學院大學博物館は、ミュージアムショップを大学が直接運営しています。「大なまず曳き物」のトートバッグは大学の広報にも使われ、ミュージアムの外で國學院大學や学問そのものを知る入口にもなっています。トートバッグに描かれた大鯰を見て「これは何だろう」と思い、そこから《大鯰曳物》や祭礼、さらには神道や歴史へ関心が広がることもあるでしょう。ミュージアムグッズが、まだ展示室に入っていない人とミュージアムをつなぐこともあります。
五島美術館では「美術館でどう過ごしてほしいか」、國學院大學博物館では「どんな入口から大学や学問へ近づいてほしいか」。ミュージアムショップに並ぶグッズには、そのミュージアムが来館者とどんな関係を結びたいのかが表れているのかもしれません。

國學院大學博物館の「大なまず曳き物」シリーズはアイテムによってデザインが少しずつ異なるのも欲しくなるポイント。大鯰だけが描かれたミニトートはまさに「これは何だろう」と目が釘付けになること間違いなし。(編集部)
記事はこちら > 大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―國學院大學博物館―
■ミュージアムが差し出し、来館者が応える
そして、その関係は来館者の反応によって少しずつ変化していきます。山種美術館では、デジタル化による生活の変化を受け、A4クリアファイルだけでなく、A5サイズやブロックメモなど、今の暮らしで使いやすい商品を増やしています。作品を日常へ持ち帰ってもらうためには、何を商品化するかに加えて、実際の暮らしのなかでどう使われるのかを見ることも大切なのでしょう。
戸栗美術館では、古伊万里の様式変遷をまとめたクリアファイルや、陶磁器を科学的に解説する専門書『やきものの科学』など、かなり専門性の高い商品も扱っています。同書は用意した分が完売したといいます。「そこまで専門的なものを置いても手に取られない」と考えることもできたはずです。けれど実際には、もっと知りたい、深く理解したいという人がいる。来館者の選択からミュージアム側もまた、その人たちの知的好奇心の深さを知ることができます。

戸栗美術館のミュージアムショップにある、やきものに関する書籍がずらりと並ぶコーナー(写真左)と、やきもの鑑賞の時にぜひ持ち歩きたい「古伊万里の変遷クリアファイル」(写真右)。「カンニングになるので美大の日本陶磁史のテストには絶対に持ち込みできない」クリアファイルは、見る側の知的好奇心の上を行く熱量を感じます。(編集部)
記事はこちら > 大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―戸栗美術館―
山種美術館が見ているのは来館者の暮らし。戸栗美術館が受け止めているのは「もっと知りたい」という知的好奇心です。ミュージアムが商品を差し出し、来館者が選ぶ。その選択をミュージアムが受け取り、次の商品や伝え方を考える。ミュージアムショップでは、商品を介した小さな対話が続いています。
■「小さい」からこそ、誰かの「好き」が届く
今回取材したミュージアムでは、商品が生まれるまでの「人の顔」もよく見えました。太田記念美術館では、スタッフ同士が普段から「やいのやいの」と話すなかで、新しいミュージアムグッズのアイデアが生まれるそうです。下絵に描かれた鳥をトートバッグにしたり、一人の学芸員による虎子石の“推し活”からぬいぐるみが生まれたり。日々作品を見ている人だからこそ気づく「ここが面白い」が、商品になっています。

太田記念美術館で大人気の虎子石のもっちりポーチ(写真左)と、ファンの間ではすっかりおなじみの四代歌川国政《志ん板猫のそばや》のキャラクター(?)たちが並ぶ手ぬぐい(写真右)。作品に数多いる中からどの猫を登場させるかにも、館のスタッフの皆さんのアイデアが光ります。(編集部)
記事はこちら > 大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―太田記念美術館―
戸栗美術館でも、20代のアルバイトスタッフから60代のスタッフまで、年代や立場の異なる人たちが情報を共有しています。商品制作では学芸員と相談し、図柄の位置や見え方を数ミリ単位で確認することもあるそうです。五島美術館でも、学芸員から出た「こんな商品があったら」という提案が館長や担当者へ届き、比較的すばやく形になることがあります。
こうした話を聞いていると、小さなミュージアムにおける「情熱」は、スタッフの熱量だけでは説明しきれないように思います。作品や資料への専門性。そこから生まれたスタッフ個人の「好き」や「面白い」。来館者の反応。そして、それを次の商品へつなげる意思決定。それぞれの距離が近いのです。誰かの「これが面白い」が、組織の中を通るうちに輪郭を失わず、商品という形まで届く。そして来館者が「私はこれが好き」と応えれば、その反応もスタッフへ戻ってくる。
だから小さなミュージアムのショップには、そのミュージアムが何を大切にし、何を面白がり、来館者とどんな関係をつくろうとしているのかが濃く表れるのでしょう。ミュージアムショップは、そのミュージアムを手のひらサイズに凝縮した「ミュージアムの縮図」なのかもしれません。
■ミュージアムを出た≪ミュージアムグッズ≫は、私たちの日常へ
展示室の作品や資料そのものを持ち帰ることはできません。けれど、ミュージアムグッズなら自分でひとつを選び、ミュージアムの外へ連れ出せます。トートバッグは街を歩き、お茶は家で飲まれ、本は本棚に置かれる。そうしてミュージアムグッズは、展示室とは違う文脈のなかで新しい時間を始めます。
ミュージアムが作品や資料に見いだした価値や、スタッフが「ここが面白い」と感じたものを、今度は来館者が自分の関心によって選ぶ。そして職場へ持っていったり、部屋に置いたり、誰かに贈ったりする。ミュージアムを離れたあとの使い方は、その人自身に委ねられます。

各回の最後に設けたミニコーナー「渋アート的視点」で大澤さんが紹介した各館のミュージアムグッズたち。どの写真がどの館のアイテムなのか・・・詳しくは記事でお楽しみください。(編集部)
ミュージアムで出会ったものを、自分の経験や関心と響き合わせ、自分なりの接点を見つけていく。ミュージアムを「自分のもの」にしていくとは、そんなことなのかもしれません。ミュージアムグッズは、その接点を目に見える形で日常へ持ち出せる存在でもあります。
そして再び、渋谷の街へ。
新しいものが次々と生まれるそのすぐそばで、浮世絵や古伊万里、日本画、神道や歴史、東洋の古美術が現代の商品へ姿を変え、誰かの日常へ運ばれていく。何百年も前の文化が入ったトートバッグを持って、渋谷の街を歩くことだってできます。
ミュージアムが差し出し、私たちが選び取る。そして、自分の暮らしへ持ち帰る。その小さな往復によって、遠い時代の作品や歴史が、少しずつ私たちの生活へ近づいてくるのでしょう。
次にミュージアムショップを訪れたとき、棚を眺めながら考えてみてください。このミュージアムは、私たちに何を差し出そうとしているのだろう。そして私は、そのなかから何を選んで持ち帰りたいのだろう、と。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
<大澤夏美さん プロフィール>

大澤 夏美 <ミュージアムグッズ愛好家>
札幌市立大学デザイン学部在学中に博物館学に興味を持ち、卒業制作もミュージアムグッズがテーマ。 北海道大学大学院文学研究科(当時)に進学し、博物館経営論の観点からミュージアムグッズを研究し修士課程を修了。 会社員を経てミュージアムグッズ愛好家としての活動を始める。 現在も「博物館体験」「博物館活動」の観点から、ミュージアムグッズの役割を広めている。
ホームページ:百物気 momonoke ※外部サイトに遷移します
*ご紹介した商品は品切れ、販売を終了する場合がございます。
(2026年5月・7月取材)
◆編集後記◆
2023年の冬に「渋アート」がスタートしてもうすぐ2年。
連携施設のスタッフの皆さんとさまざまなかたちで関わりを深めてきた中で、今回大澤さんの取材に同行して『ミュージアムグッズ』の視点からじっくりお話を伺う機会に恵まれ、美術館や博物館のスタッフの皆さんが展示作品や資料だけでなく『ミュージアムグッズ』にもさまざまな想いを込め、深い愛情をもって接していらっしゃることを改めて知ることができ、とても胸が熱くなりました。売る人も買う人も親しみを込めて「連れて帰る」と表現する『ミュージアムグッズ』は、展示作品や資料と私たちを一気に近づけてくれる架け橋のような存在なのかもしれないと思うと、並んでいるグッズたちがどれも愛おしく見えてきます。
そんな『ミュージアムグッズ』に出会った時には、この連載を思い出して、そして何度でも読み返していただけたら幸いです。
(2026年秋/編集担当)
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★本連載のスピンオフイベントが<11/11(水)夜>に開催決定!
「トークセッション!渋アート的ミュージアムグッズ考」
戸栗美術館の戸栗正高人さん、太田記念美術館の渡邉晃さんをゲストに迎え、大澤夏美さんと共に「古伊万里/浮世絵を『つくる仕事』」についての意外な共通点やミュージアムグッズ制作秘話など、盛りだくさんでお届けします!
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\こだわり続々!/

大澤夏美さんと巡る!渋アート的ミュージアムグッズ―山種美術館―
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