印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション

Interviewインタビュー

【オーチャードホール芸術監督 熊川哲也氏インタビュー】

弱冠17歳で、東洋人として初めて英国ロイヤル・バレエ団に入団して以来、現在に至るまで華々しい活躍を続けてこられ、現在はK-BALLET COMPANYおよびBunkamuraオーチャードホールの芸術監督を務める熊川哲也氏。そのゆかり深いイギリスから初来日したバレル・コレクションや、バレエを題材にしたドガの《リハーサル》について、お話をお伺いしました。

Q. ドガの《リハーサル》について、感想をお願いします。作品の前で丁寧に時間をかけながらいろんな角度でご覧になっていましたね。
熊川氏:我々バレエダンサーの世界を150年前に描いたエドガー・ドガの作品を、実際に見ることができ非常に光栄です。現在の稽古風景と共通するところ、対して変化したところは何なのか、自分の中に様々な問いかけが生まれ、いろいろな視点から楽しませてもらいました。
Q. この後ろの踊り子は、アラベスクのポーズをとっているところのようですね。リハーサルというよりは本番そのもののような躍動感をも感じました。
熊川氏:躍動感を感じさせつつ、ふてぶてしい様子で休んでいるダンサーや、おしゃべりをしているダンサーもいたり、階段を下りてくる裸足の女性や、衣装係と見受けられる女性もいたりしますから、僕としては自主練習中の様子なのかなと。でも当時は、実際に目の前で起こっていることというより、脳裏に焼き付いたイメージを描いていたのでしょうから、様々な場面が混ざっているのかもしれませんよね。それにしても、こんな素敵な場所でリハーサルできるのはこの時代ならではで、とてもうらやましい。今はもう少し近代化されたスタジオで、練習着もよりスポーティーになっているし、床もきしみひとつないような場所でリハーサルしてますからね。やはり、木のきしむ音とか、そういったものが感じられるスタジオに憧れますよね。古いものには美しさがありますから。ドガの絵は『踊り子』など、昔から親近感は持っていましたが、実際生で見るのは初めて。日本初公開となるこの作品を前に、少し興奮しています。
Q. 本物の作品をご覧になったときの感動というものはどんなものでしたか?
熊川氏:買えるものなら手にしたいくらいです。そうですね、5億だったら買いたいな。冗談ですよ!(笑)
Q. 熊川さんはたくさんのコレクションを所有しているとお伺いしました。最近気になっているものや、今どんなものをお持ちなのか、お好きな作品や作家などいれば教えてください。
熊川氏:普段は自分のインテリアの中に存在するアート、という視点で選んでいます。目に映るものがすべてきれいで完璧であってほしいっていう意識が常にあるんです。その中で、自分を癒してくれたり、活力をくれる作品が好きですね。例えば、いま気に入っているのがオーギュスト・ロダンの「イブ」というタイトルの彫刻作品です。あとは、古い写真であったり、楽譜もいくつか所有しています。
Q. そのようなコレクションを鑑賞することと、ダンサーとしての踊りというのは、つながっている部分ありますか?
熊川氏:当然あります。自己投資といえるかな。自分で作品を手掛けるときには、その作品を世に産んでくれた作曲家だったり、初演した振付家だったり、そういった先人たちの吐息、息吹を感じて、対等な立場にいられるようにしたい。もちろん、実際対等になれるかどうかは別ですが。同じ土俵に、という意味です。例えばベートーヴェンの『第九』を創作したときは、何とか彼と対等に会話がしたかった。そうでないとベートーヴェンにも失礼だし、自分の中でハードルを上げることも大事ですから。ということで、ベートーヴェンの『交響曲 第九』のドイツのショット社から1826年に初刷り出版された楽譜を持っています。
Q. それはすごいですね
熊川氏:その楽譜が出版された当時は、ベートーヴェンがまだ生きていましたからね。その一年後に亡くなった。そうすると、もしかしてこの楽譜もベートーヴェン大先生が手に取ったかもしれない…、そういう想像が掻き立てられる。だからそこにロマンが生まれる。そういうアートとの付き合い方が好きですね。
Q. 美術鑑賞と時間というのは熊川さんにとってどのような時間ですか?
熊川氏:絵画は正直なところ、まだその域まで達していないかな。どちらかというと、部屋の中に置いて、心地よいかという観点でみているので、じっと見ながら想像を膨らませていくっていう作業はまだこれからです。
Q. 熊川さんはいろいろな角度でまるでステップをふみながらご覧になられているように見えましたが、熊川さん的な展覧会の楽しみ方はありますか?
熊川氏:(《リハーサル》を指しながら)右上にいる、この男性は、実は「ジゼル」というバレエ作品を振り付けた人。1841年に作られ、今でも踊りつがれている不滅の名作を作ったジュール・ペローが描かれているんですね。
  • エドガー・ドガ 《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection
Q. 後ろにいるセーターを着ている監督のような方ですね。
熊川氏:そうですね。この絵が描かれたのは1874年なので、『ジゼル』初演から30年以上経っているから、彼は僕の30年後ぐらいの年齢なのかなと思いを馳せました。それから、この男性が描かれているあたりには元々は柱が描かれていたみたい。柱を消してこのペロー先生を描いたそうですよ。
Q. 今年の9月には熊川さんが演出・構成・振付を手掛ける「カルミナ・ブラーナ」と「マダム・バタフライ」という二つの新作が発表されますが、公演について、ひとこといただけますか? Bunkamuraも今年30周年を迎えますね。
熊川氏:生まれてくるものが形になって、それから人々に愛されて、人々に育てられていくものこそがアート。僕が作品を創るときも、この作品が100年後にどうなっているかなという気持ちを持って挑みたいとはいつも思っています。
Bunkamuraと共に歩んでもう20年かな。今年の9月には、オーチャードホールで30周年記念の「カルミナ・ブラーナ」と「マダム・バタフライ」の世界初演があります。(《リハーサル》の作品を指し)本当はこんな趣のあるスタジオで創作活動を行えたらいいのですけど。
Q. いよいよ「印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション」が開幕いたしますが、展覧会の見どころを一言いただけますか?
熊川氏:ウィリアム・バレルはスコットランドのお金持ちですよね。お金がある方って大概アート収集に力を注ぐ傾向があると思うのだけど、このウィリアム・バレルは作品選びに一貫性があって、ただのお金持ちの道楽ではないのだなと思った。たとえば彼は、とてもダークなものや、あまり派手じゃないものが好きですよね。油絵・水彩画どちらも奥行きがあるものが多かったりと、趣味が一貫している。なおかつ、グラスゴー市に寄付する時に「大気汚染から離れた場所に保管する」、もうひとつは「海外に持ち出してはならない」という条件を出したわけですから、本当のアートラバーなんだなと。そういった感性がある方が所有していたものということで、年月を経てさらに絵が良くなるということもあるのかなと思う。実際、絵は500年後、1000年後も地球が滅びない限りおそらくずっと保管されますよね。そういった年月のロマンを感じながら観ると、100倍楽しめると思いますよ。
Q. その中でもぜひここを楽しんでほしいというメッセージがあれば、最後に一言お願いします。
熊川氏:Bunkamuraをぜひこよなく愛していただきたいなと思います。こうして文化を発信できる場所っていうのが年々少なくなってきているし。ここ渋谷は、サブカルチャーの発信地として世界に名を馳せ、観光客が押し寄せている場所。でも実はサブカルチャーではなく、こういったハイカルチャーというもの発信し、根付いている場所だっていうのをアンバサダーとしては声を大にして言いたいですね。

熊川氏が構成・演出・振付を手掛ける
Bunkamura30周年記念 フランチャイズ特別企画
K-BALLET COMPANY / 東京フィルハーモニー交響楽団 熊川版 新作『カルミナ・ブラーナ』世界初演

熊川哲也 K-BALLET COMPANY Autumn 2019『マダム・バタフライ』