印象派への旅 海運王の夢 バレル・コレクション

Interviewインタビュー

1《リハーサル》に代表される印象派絵画と浮世絵の影響
2バレル・コレクションの人気作品

【美術史家 ソフィー・リチャードさんインタビュー】
Vol.1 《リハーサル》に代表される印象派絵画と浮世絵の影響

スコットランド、グラスゴー市が誇るバレル・コレクション。その数千点にもおよぶ作品群のなかからフランス絵画を中心に、西洋近代絵画を紹介する本展について、美術史家で作家のソフィー・リチャードさんにうかがいました。

Q. まず、今回は「印象派への旅」という展覧会名ですが、印象派絵画の魅力について教えてください。
リチャードさん:印象派の絵の魅力は、フランスの当時の人々の日常生活や流行を、美しく描いていることだと思います。たとえばビーチを散歩したり、カフェでお茶を飲んだり、花束を持ってパリの街を歩いたり……。そういった現代人の生活を、印象派の画家たちは光と繊細な色遣いで描いていきました。これはとても革新的なスタイルでした。ちょうどこの時期にチューブ入りの新しい絵具が生まれ、画家が戸外制作をしたり、明るい色を作ったりできるようになったのも大きな要素だったと思います。
Q.本展ではエドガー・ドガの門外不出の名作《リハーサル》が展示されますが、この作品についてはどんな感想をお持ちですか?
リチャードさん:「愛している!」と言っていいぐらい、とても好きな作品です。この絵の主題、近代性、審美性、全てにおいて、「踊り子の画家」ドガを象徴する名作だと思います。とくに構図が面白いですね。まずバレエダンサーのグループがそれぞれ左上と右下、対角線上に配置され、真ん中に広い空間があいている。それが非常に近代的な印象を与えていると思います。また左右両側のダンサーをバッサリ断ち切っていますが、これは日本の浮世絵から学んだレイアウトと言えるでしょう。浮世絵は19世紀の画家たちに、大きな影響を与えました。
  • エドガー・ドガ 《リハーサル》 1874年頃、油彩・カンヴァス © CSG CIC Glasgow Museums Collection
Q.それ以前はこういう構図はあまりなかったということでしょうか?
リチャードさん:これが初めて、というぐらい新しい構図だと思います。当時この絵を観た画家たちも、ものすごくビックリしたことでしょう。とても近代的であると同時に、自然な感じがする絵ですから。
Q.「自然な感じ」とは、具体的にどういうことでしょう?
リチャードさん:ダンサーたちの所作がすごく自然でしょう? 喜多川歌麿などの浮世絵における人物描写を思わせます。それまで西洋の絵画は、宗教画や歴史画が主流でしたから、登場人物は物語の場面を説明するようなポーズをとっていました。でも印象派の画家たちは、目の前で起こっていることを自然に描くようになりました。これは日本の浮世絵の影響と考えられ、当時は「大革命」と言っていいぐらいに、新しいことだったのです。

Vol.2に続く

(取材・構成/木谷節子)

1《リハーサル》に代表される印象派絵画と浮世絵の影響
2バレル・コレクションの人気作品

ソフィー・リチャード:美術史家、作家

フランス、プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴルを経てパリ大学ソルボンヌ校で美術史を学び、修士号を取得。パリやニューヨークの名門ギャラリーで働いた後、ロンドンに移ってフリーランスの美術史家、翻訳者(仏語、英語)として記事を寄稿、様々な美術展や企画にも関わる。そうした本業の傍ら、10年をかけて日本の美術館や博物館を訪ね歩き、選りすぐりの60館を紹介した初の著作『The art lover’s guide to Japanese museums(美術愛好家のための日本の美術館ガイド)』(邦訳本タイトルは『フランス人がときめいた日本の美術館』2015年)を出版。我が国の文化発信に大きく貢献したとして、平成27年度文化庁長官表彰の文化発信部門で受賞した。