2026.04.07 UP
旅で出会う渋アート〈長野県・諏訪エリア〉

旅先で行きたい場所を選ぶとき、何を大切にされますか?
美しい風景、地元の食、話題のスポット——惹かれる要素はさまざまですが、旅の一部に“文化の薫り”を添えてみるのはいかがでしょう。
長野、佐久と続いた文化施設をめぐる旅。3つ目のエリアは、豊かな自然と太古の歴史が息づく諏訪エリアをご紹介します。長野県では縄文時代の遺跡が多く発見されており、なかでも八ヶ岳山麓は縄文文化が栄えた土地として知られています。今回は、霧ヶ峰と諏訪湖の周辺に点在する考古にまつわる文化施設を訪ねてまわります。
―茅野市尖石縄文考古館―
1955年に開館した特別史跡尖石(とがりいし)石器時代遺跡に隣接する考古博物館。遺跡の出土品をはじめ、国宝の土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」など、八ヶ岳山麓の縄文遺跡から発掘された土器や黒曜石で作られた石器など2000点余りの優れた考古資料が展示してあります。
―黒耀石体験ミュージアム―
霧ヶ峰高原北東端に位置する、国史跡・星糞峠(ほしくそとうげ)黒曜石原産地遺跡の麓にある体験型博物館。2004年に開館し、周辺の豊富な出土石器をもとに、旧石器時代から縄文時代へと続く3万年に及ぶ黒曜石の歴史を紹介しています。
―諏訪市博物館―
諏訪大社上社本宮前に1990年開館。縄文土器をはじめとする長野県宝の文化財や御柱祭・御神渡りなど諏訪信仰にまつわる歴史民俗を展示。脈々と営まれてきた諏訪の人々の暮らしを伝えています。諏訪にゆかりのある考古学者・藤森栄一の調査資料もご覧いただけます。
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「縄文人のいた場所で悠久の時に身を委ねる 八ヶ岳・縄文の旅」
日本の中心部である、八ヶ岳周辺エリア。この辺りには縄文時代の遺跡が多数見つかっていることから、たくさんの縄文人で賑わっていた場所だと考えられています。当時の人々の暮らしに想いを馳せるのにぴったりな、縄文にまつわる博物館をめぐる旅に出かけましょう。

国宝の土偶を愛でに行く 『尖石縄文考古館』
茅野市にある『尖石縄文考古館』は、金閣寺や銀閣寺と並んで学術上の価値が特に高く、日本文化の象徴たるものを示す特別史跡にも指定されている『尖石石器時代遺跡』に隣接した博物館。実際に縄文人たちが暮らした場所で、彼らの残した様々なものから息遣いを感じることができます。
中でも一番人気なのは、やはり国宝の土偶。こちらでは母性を感じさせる丸みが特徴の「縄文のビーナス」と、ミステリアスな雰囲気を醸し出す「仮面の女神」の二体を保管・展示をしています。
人為的に壊されて見つかることがほとんどの土偶の中で、「縄文のビーナス」は完全に近い形で発見されました。それだけでなく、わざわざ集落の真ん中の広場にあった墓地に丁寧に埋められていたことから、この土偶が人々にとって他の土偶とは違った特別な意味を持つものであると考えられています。

「縄文のビーナス」は現代人が見ても女性であることがわかる造形をしています。

後ろから見るとわかるハート型のお尻がチャームポイント。
実際に手で持ったことがあるという学芸員の山科さんは、「持つと自然と赤ちゃんを抱くような手の使い方になり、重みも2キロほど。当時の新生児のなかでも、今でいうところの低体重出生児がこのくらいの重さだったのかもしれないと思うんです」と話します。妊娠出産や子育てにまつわる意味があるものだったのかもしれません。
対して「仮面の女神」は儀式などで仮面をつけて神を演じた人を表しているような、独特の雰囲気をまとった土偶です。「背面や肩の上の模様など、色々な角度から見ると発見があります」と、学芸員の上野さん。細かな装飾が描かれている様子を間近で見られるのは、博物館ならではの体験です。

「仮面の女神」は威厳を感じさせる堂々とした風貌です。

仮面から出た紐を頭の後ろで結んでいる表現が見られます。
縄文文化については芸術家の岡本太郎が考古学的な価値にとどまらない美的側面を語ったことでも知られており、縄文人が作り出したものは、数多くのアーティストに影響を与え続けています。この時代に作られた様々な遺物の特徴的なフォルムやデザイン性の高い装飾の美しさは、時代を超えて私たちの感性にも語りかけてきます。
文字を持たず、確実にこうだったであろうと答えが出しきれない縄文時代。だからこそ、色々なイマジネーションが掻き立てられます。じっくりと土偶たちを眺めていると、彼らのいた時代はどんな世界だったのだろうと想像が膨らみます。
土器もおもしろい!特徴的な模様の「勝坂式土器」を見てみよう

たくさんの土器などが並ぶ展示室、市民による土器作りのサークル活動もあるという。
『尖石縄文考古館』では、土偶だけでなく縄文土器も多数展示しています。特に関東から八ヶ岳の茅野市あたりのエリアに見られる「勝坂式(かつさかしき)」土器は、上部の輪っか状の飾りやヘビなどをモチーフにした造形と、下部の段ごとに分かれた図形の連続が特徴です。縄文土器には地域ごとに様々な模様や造形がありますが、厳格なルールがあったと考えられているそう。
「フランスにあるような洞窟壁画が奥に行く順番に物語仕立てになっているという説があり、それと同じように、この土器も動物のモチーフやその他の模様全体でストーリーになっていて、語り部がこれを用いて人々に神話などを伝えていたのではないかと考えています」
日常的な煮炊きに使うだけでなく、神話や集団的アイデンティティを表す道具としての土器もあったと聞くと、ここにあるたくさんの土器が何かを語りかけてくるような気持ちになってきます。また、明らかに違う“顔つき”の土器もあることから、他の地域からも人が訪れていたと考えられています。

典型的な勝坂式土器の形。中には技術的に未熟な子どもが作ったと考えられる下手な土器や、
おもちゃに使われていたであろうミニチュアの土器もあるそう。
それにしてもこんなに多様な遺物があるなんて、本当にたくさんの人がいたのでしょう。その繁栄の背景となるキーワードは、黒曜石。国内でも希少な黒曜石原産地「星糞(ほしくそ)峠」の麓にある『黒耀石体験ミュージアム』へと、その秘密を探りに向かいます。
『黒耀石体験ミュージアム』で体験する縄文人の日々の暮らし
霧ヶ峰の東北端にある『星糞峠黒曜石原産地遺跡』は、縄文人が黒曜石を求めて採掘をしていた黒曜石鉱山です。その麓にある『黒耀石体験ミュージアム』では、当時の人々の暮らしと黒曜石について学ぶことができます。

実際の地層を見ていると、縄文人の息遣いがリアリティを持って感じられます。
まず、なぜわざわざ遠くからこの中部高地まで人々は黒曜石を求めてやってきたのか。それは、星糞峠産黒曜石の質が関係していると職員の太田さんは話します。
「この地域の黒曜石は透明度が高く、不純物が非常に少ないんです。純度が高いものは扱いやすく石器を作るときの失敗のリスクが減るので、とても人気があったんですよ」
実際に、展示されている星糞峠産の黒曜石を見ると、他の産地のものと比べて透き通った輝きを放っています。その美しさは、見ているだけでも惚れ惚れとしてしまうほど。実用性はもちろんのこと、この石が欲しくなる気持ちがわかるような気がします。

霧ヶ峰エリアの黒曜石は透き通った美しさが特徴。
質の高さという点での希少性はもちろん、縄文時代に黒曜石の採掘を行っていたのは、ここ星糞峠と近隣の下諏訪町にある「星ヶ塔(ほしがとう)」など限られるそう。地表にむき出しで現れていたものや落ちているものを採取している場所は他にもありますが、地面を深く掘って黒曜石を得ていたという点でも貴重な場所なのです。たくさんの質の良い黒曜石がある場所だったから、人々はこぞってこの地域を訪れたのでしょう。
ちなみに「星糞」という名前、とてもインパクトがありますが、それはキラキラした黒曜石が星のかけらのように見えたことから付けられた呼び名だと言われています。文字で残っている資料で確認できるのは江戸時代が最古だそうですが、きっともっと前から人々はそう呼んでいたはずです。他にもこの辺りの黒曜石が採れる地域の名前に「星」とついている場所がいくつかあることに、とても興味をそそられます。

ここで実際に縄文人たちが黒曜石を採掘していました。
別館の『星くそ館』は、実際に黒曜石鉱山があった場所で、その地層の実物を見ることができます。奇跡的に残っていた3500年前の木でできた柵や、漆塗りのお守りと考えられる破片を見ると、彼らの気配が迫ってきます。縄文人たちも通ったかもしれない『星くそ館』までの山道を歩けば、彼らの営みを追体験することができます。
それ以外にも、『黒耀石体験ミュージアム』では黒曜石の鏃(やじり)作りなどたくさんの体験メニューが用意されています。実際に当時と同じように作ってみると、なかなか難しい!彼らが残した様々な道具の完成度の高さを、身をもって感じることができます。
諏訪湖にほど近い『諏訪市博物館』で考える 人と信仰

諏訪大社上社本宮の目の前にある『諏訪市博物館』。中部高地独特の自然環境とそこで育まれた人々の文化や信仰を知ることができます。
星糞峠や星ヶ塔で採れた黒曜石が集まっていたとされる諏訪湖周辺もまた、各地から人々が集まった形跡が周辺の遺跡から見てとれます。
諏訪湖畔は山に囲まれた盆地にもかかわらず、100km以上離れた富士山がくっきりと見えます。縄文時代も同じく山梨や関東方面からの見通しがよく、人の行き来がしやすい場所でした。
「人々は諏訪湖というランドマークを目印にして、黒曜石が入手できたこの地を訪れたのではないかと思うんです」と、学芸員の児玉さん。様々な条件が重なっていることが、この地の繁栄に一役買っているようです。

高ボッチ高原からの眺め(写真提供:諏訪市博物館)
縄文人もこの諏訪湖と富士山の景色を見ていたのかもしれません。
はるか昔から人々が集まった諏訪湖の独自性は、信仰にも見られます。古くから続く木や石などに宿る精霊を崇めるミシャグジ信仰や、諏訪湖の氷結した氷が山脈のように隆起する御神渡り、山から木を切り出して諏訪大社の4つの社殿に柱を立てる御柱祭(式年造営御柱大祭)などが代表的です。
関連性が考古学的に証明されているわけではありませんが、縄文時代の遺跡からから見つかった様々な遺物と、現在に脈々と続く諏訪信仰、どちらにもこの地域の自然に対しての畏怖や信仰の思いが根底に流れています。『諏訪市博物館』の展示では、諏訪信仰の歴史や不思議な逸話などを詳しく見ることができます。
そして私たちがこのように縄文に思いを馳せることができるのは、この地を調査してきた研究者たちの存在があるからということも、忘れてはいけません。1960年代当時の定説からするとかなり先進的だった「縄文農耕論」を発表した、藤森栄一もそのひとりです。博物館内には、彼の研究資料がまとめて展示されています。
藤森は戦争を生き抜いたのち、故郷である諏訪に戻り、日本初の水中遺跡である曽根遺跡をはじめとする地域の様々な遺跡の調査を手がけます。大学や研究機関・博物館などの公的な研究組織には所属せず、独自に考古学研究を行う考古学者として大きな成果をあげるだけでなく、たくさんの後輩研究者たちも育てました。「考古学は人間学である」という言葉に表されるように、生き生きとした縄文人の暮らしを描き出すその眼差しや精神は、現在も研究者たちによって受け継がれています。

「諏訪考古学研究所」を立ち上げて多数の後進を育てた藤森栄一の「暗中模索ノート」。多数の著作の中でも特に1946年に出版された『かもしかみち』は、多くの若者に考古学への興味を誘い、影響を与えました。
諏訪地域の豊かな自然とそこから育まれた、人々の暮らしや文化、信仰。縄文から現代に至るまで連綿と続いていくその営みを感じると、足元から時空を超えて壮大な世界が広がっていくような気持ちになってきます。
豊かな自然に抱かれながら、ここにいたであろう人々を想い、悠久の時に身を委ねる。縄文をめぐるこの旅では、そんな豊かな時間を過ごすことができました。
茅野市尖石縄文考古館
〒391-0213 茅野市豊平4734-132
TEL:0266-76-2270
https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/
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黒耀石体験ミュージアム
〒386-0601 長野県小県郡長和町大門3670-3
TEL:0268-41-8050
https://hoshikuso.jp/
※外部サイトに遷移します。
諏訪市博物館
〒392-0015 長野県諏訪市中洲171-2
TEL:0266-52-7080
https://suwacitymuseum.jp/
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藤森建築をめぐる(空飛ぶ泥舟/高過庵/低過庵/古過庵)

藤森照信《空飛ぶ泥舟》2011年
世界的建築史家・建築家である藤森照信の地元でもあるこのエリアには、彼の手がけた建築群が点在しています。茶室として手がけられた3つの建築、「空飛ぶ泥舟」「高過庵」「低過庵」は諏訪市博物館の近隣にあります。「空飛ぶ泥舟」はまるで空を飛んでいる宇宙船のようなフォルム。その近くにある高さ6メートルの木の上に立つ「高過庵」と、地面に半分埋まっている「低過庵」は、それぞれの対比でより魅力が引き立っています。尖石縄文考古館の近くには、“藤森式”竪穴式住居としてワークショップ参加者と共に完成させた「古過庵」があります。プリミティブで、どこか懐かしくて、あたたかい。そんな藤森建築めぐりに出かけてみては。
空飛ぶ泥舟/高過庵/低過庵
〒391-0013 長野県茅野市宮川389-1 神長官守矢(じんちょうかんもりや)史料館から歩いてすぐ
古過庵
〒391-0211 長野県茅野市豊平4734-132 茅野市尖石縄文考古館敷地内
2026年2月訪問
取材・文 櫻井麻美
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今回ご紹介した美術館にアクセス可能なホテルとして、長野県内にあるホテルハーヴェストをご紹介します。
ホテルハーヴェスト蓼科アネックス

茅野駅から車で約45分の場所に位置。蓼科の地にある高原リゾートです。落葉松、白樺、ブナなどの豊富な樹木に出迎えられ、標高約1,300mの澄んだ空気が身体に沁みわたります。木のぬくもりと雄大な景色が調和する室内からは、営みの隣にある自然の魅力を感じとることができます。
〒391-0301 長野県茅野市北山字鹿山4026-2
TEL:0266-60-3000
ホテルハーヴェスト蓼科アネックス公式HP https://www.resorthotels109.com/tateshina/
東急ハーヴェストクラブ蓼科アネックス 公式HP(会員用) https://www.harvestclub.com/Un/Hotel/Tx/
※それぞれ外部サイトに遷移します。
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今回は、長野県内の文化施設をめぐることで、自然や環境と作用しあう文化芸術を感じることができました。雄大な山々や四季の移ろい、時には厳しさとも向き合いながら、人々の感性は磨かれ、創作や想像の源泉となっているように感じます。いつもの旅に“文化の薫り”をそっと添えることで、その土地への理解や鑑賞の深まりを体感できる。そんな特別な時間をぜひ皆さんも味わってみてください。
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\長野の魅力、ほかにも/
学生視点でとらえた地域の魅力を発信中!
大阪芸術大学の学生がマンガデザインで描いた長野県もあわせてご覧ください。

