渋アート

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2026.02.26 UP

まち歩き

旅で出会う渋アート〈長野県・佐久エリア・佐久穂町〉 

旅先で行きたい場所を選ぶとき、何を大切にされますか?
美しい風景、地元の食、話題のスポット——惹かれる要素はさまざまですが、旅の一部に“文化の薫り”を添えてみるのはいかがでしょう。今回は、リゾート地・軽井沢を含み、移住先としても人気の高い佐久エリアを訪ねます。豊かな自然に囲まれたこの地域には、静かな環境の中でアートと向き合える美術館が点在しています。今回は、佐久穂町と小海町の文化施設を2つのパートに分けて、それぞれの魅力をひもといていきます。
はじめのパート1では、渋アート連携施設である山種美術館のコレクションともつながりがあり、作家個人との縁も深い佐久穂町の奥村土牛記念美術館をご紹介します。

 

―奥村土牛記念美術館―
日本画壇の最高峰にいた奥村土牛(1889-1990)の素描を収蔵・展示する1990年開館の美術館です。収蔵作品はすべて奥村家からの寄贈によるもの。佐久地域で描いた作品を含め下図・書などと合わせ200数十点の作品を、四季おりおりに年3回展示替えを行っています。常時30点程の作品と、文化勲章をはじめとする記念の品々を展示しています。

 

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「静かな里山と、そこに向けたまなざしを知る 奥村土牛記念美術館」

自然豊かな山々に囲まれた、長野県の東部にある佐久穂町。周りは里山に囲まれ、人々の生活が感じられる静かな場所です。JRの中で、日本で一番標高の高い地点を通るローカル路線、小海線の八千穂駅からすぐ近くにあるのが、日本画家・奥村土牛の素描を展示している「奥村土牛記念美術館」。美しい松の木が出迎えてくれる入り口を通って、早速足を踏み入れてみましょう。

 

細部まで丁寧にしつらえられた重厚な木造建築

美術館の建物は、町の有形文化財にも登録されている築100年を超える伝統的な木造建築。土牛は戦後疎開でこの地へ家族と共に約4年間滞在しており、現在も残っている美術館の離れで制作をしていました。実際にこの地域で描いた作品も、いくつか残されています。そのような縁により奥村家から作品が寄贈され、ここ佐久穂町に記念美術館が設立されたそうです。

ゆったりとした2階の展示室はいるだけで優雅な気持ちに。


建物内は照明などを含めてほとんど当時のまま。年月を経たからこそ生まれる艶やかな木肌や、細部まで丁寧に施された細工などに目を奪われます。一枚板の欅が嵌め込まれた欄間や、広く作られたタモ材の階段、桜の木の皮で包まれた手すり、磨き抜かれ艶々とした漆喰の壁。さりげなさの中にも贅を尽くした建物であることが、その佇まいからわかります。

木造の建物の雰囲気が素朴な線で描かれた土牛の作品と見事に調和して、その魅力をさらに引き出します。歴史ある静かな環境の中で、ゆったりと落ち着いた気持ちで鑑賞できるのもまた、ここならではの体験です。

一枚板の欅が嵌め込まれた欄干。

 

「醍醐」や「聖牛」に吹き込まれる命

色がのっていない、線で描かれた素描。有名な作品の下図を見ると、新鮮な発見があります。それも、ここでの楽しみ方の一つです。訪れた時には、館内の床の間に京都・醍醐寺のしだれ桜を描いた作品《醍醐》の下図が展示されていました。和紙に描かれたその姿は、凛とした空気を纏っているようです。

和紙に描かれた《醍醐》の下図に引き込まれます。


繊細ながら、臨場感あふれる作品に一気に引き込まれます。この空間だけ光を放っているかのような存在感。それもまた、建物との相性なのでしょう。

素描や下図から体験できるのは、完成品からは感じられない作家の体温や息遣い、また、作品を仕上げていくまでの頭の中の世界です。線のひとつひとつを丁寧に辿っていくと、その景色を見ていた本人のまなざしに迫っていくようなリアリティを感じられます。

もうひとつ、よりその感覚を味わえる作品が展示されていました。インドから長野県にある善光寺に送られた牛を描いたとされる、《聖牛》です。よく見ると、完成図にはない線がいくつか見られます。逡巡した痕跡が、素描にはしっかりと残っていました。

《聖牛》には画家の逡巡の跡が見えます。


「吹き込んだ命を断つような気持ちがして、一度描いた線は消さなかったのだそうです」
と、美術館担当の菊池さんは話します。線を描くことは、命を吹き込むこと。それこそがまさに、素描の真髄なのかもしれません。

※《醍醐》《聖牛》は展示スケジュールの都合により、ご覧いただけない場合がございます。最新状況は、施設へお問合せください。

 

土牛が目にした里山の景色に身を委ねる

庭園を望む廊下、遠くには季節によって表情が変わる山々も。


素描の迫力をたっぷりと感じ終えたら、ひと休み。2階の廊下にある椅子に腰掛けます。今となってはとても貴重な、景色が少し歪んで見える昔ながらのガラス窓。窓越しに、美しい里山の景色と庭園が望めます。
空に映える八ヶ岳の稜線、自然豊かな田園風景は、きっと土牛が暮らしていた当時も同じように見えていたのでしょう。時折、雲の切れ目から光が差し込み柔らかく木々を照らせば、鮮やかな色が浮かび上がります。おだやかな時間の流れを感じます。

せっかくなので、庭園にも出てみることに。作品にも登場した牡丹など、四季折々の植物が植えられ、季節ごとに表情が変わります。庭側から見る建物も、また違った味わいです。
足元を見ると、池にはゆらゆらと泳ぐ鯉が何匹も。餌をくれると思って、口をぱくぱくさせながら近づいてきます。

庭園の池を泳ぐ鯉に、土牛のまなざしをつい想像してしまいます。


ゆったりとした時の中で、変わらない自然の営みに浸る。そうすることで、生き物や自然の風景を多く描いた奥村土牛作品の魅力がより深く感じられるはずです。その真摯な視線の先にあったものはなんだったのだろう、と想像を膨らませながらのんびりと庭園を歩きます。

入り口に掲げられた、美術館の看板の書。これは、晩年に土牛自身によって書かれたものなのだそう。館内に掲げられた写真の中では、好きだったというピンクの色鉛筆を握って絵に向き合っています。そこかしこから創作への絶えぬ情熱が、伝わってきます。


 
晩年に書かれた土牛の字はとても力強く感じます。


「芸術に完成はありえない」

100歳を超えてもなお、創作活動を続けた土牛本人の言葉が真に迫ります。静かであたたかな作品の根底に、力強く感じる画家の精神。そのひたむきさに心打たれる旅となりました。

 

奥村土牛記念美術館
〒384-0702 長野県南佐久郡佐久穂町大字穂積1429-1
TEL:0267-88-3881 
https://www.town.sakuho.nagano.jp/shisetsu/okumuratogyu.html
※外部サイトに遷移します。

 

\ おすすめ たちよりスポット /

新海三社神社

隣町の佐久市臼田にある、木々生い茂る参道が美しい「新海三社神社」。創立の歴史は、古墳時代にまで遡ります。諏訪湖の波音が聞こえると伝えられている「御魂代石」や、室町時代に建てられた国宝の「三重塔」も見どころ。豊かな自然に抱かれた静かな境内は、歩いているだけで心が清らかに。

〒384-0412 長野県佐久市田口宮代2394
TEL:0267-82-9651
http://www.shinkaisansya-jinja.jp/
※外部サイトに遷移します。

2025年11月訪問
取材・文 櫻井麻美


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今回ご紹介した美術館にアクセス可能なホテルとして、長野県内にあるホテルハーヴェストをご紹介します。

ホテルハーヴェスト旧軽井沢

奥村土牛記念美術館から車で1時間以内の場所にあり、歴史ある旧軽井沢銀座にも近く、文化と自然の両方を感じられるエリア。気品ある雰囲気を醸すオーセンティックな佇まいは、おのずと心を落ち着かせてくれます。物事を深くまで味わう大人にふさわしい、上質な時間をもたらしてくれることでしょう。

 

〒389-0102 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1178-4933575-8
TEL:0267-41-3005
ホテルハーヴェスト旧軽井沢 公式HP https://www.resorthotels109.com/kyukaruizawa/
東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢 公式HP(会員用) https://www.harvestclub.com/Un/Hotel/Kr/
※それぞれ外部サイトに遷移します。

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\この夏、東京・渋谷で奥村土牛作品を堪能!/

日本初の日本画専門美術館である山種美術館の創立者・山﨑種二は、奥村土牛の研鑽期から制作を支援し、長きに渡って親交を深めました。2026年は山種美術館開館60周年の記念イヤー。同館が所有する屈指の土牛コレクション135点から、代表作《醍醐》のほか、活動初期から晩年までの名品が展示されます。身近な動植物へ真摯に向き合って描かれた、清らかで温かな土牛作品の魅力を存分に堪能することができる本展覧会をどうぞお楽しみに。

山種美術館
【開館60周年記念特別展2】奥村土牛(仮称)

会期:2026年8月8日(土)~10月4日(日)
休館日:月曜日[9/21(月・祝)、9/22(火・祝)、9/23(水・祝)は開館]・9/24(木)
会場:山種美術館
〒150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36
https://www.yamatane-museum.jp/access/
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)

★2026年度は山種コレクションの神髄が堪能できる5つの展覧会が開催されます。
 詳細は山種美術館ホームページをご覧ください。
 https://www.yamatane-museum.jp/exh/schedule.html 
 ※外部サイトに遷移します。

 

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─旅先で触れる その土地に息づくアートの物語 ─

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*旅で出会う渋アート〈長野県・佐久エリア・小海町〉は来月公開予定です。