2026.02.03 UP
旅で出会う渋アート〈長野県・長野エリア〉

みなさんは旅先で行きたい場所を選ぶとき、何を大切にされますか?
美しい風景、地元の食、話題のスポット——惹かれる要素はさまざまですが、旅の一部に“文化の薫り”を添えてみるのはいかがでしょう。今回は奥深い日本の文化に触れながら、人生を豊かにするアートとの出会いを楽しむ旅に出かけます。そんな気持ちで向かったのは、美術館・博物館の数が日本で最も多い長野県です。長野、佐久、諏訪の3つのエリアを取り上げ、各地の文化施設をご紹介します。まずは<長野エリア>、長野県立美術館を訪ねました。
―長野県立美術館(本館・東山魁夷館)―
国宝・善光寺本堂に隣接する長野市城山公園内に1966年開館。2021年に旧長野県信濃美術館を全面改築し名称も新たにリニューアルオープンしました。建物は、周辺環境の景観に寄り添う建築家・宮崎浩による設計。公園のような“開かれた美術館”として、来館者をお出迎えします。本館併設の「東山魁夷館」は、旧美術館の併設館として1990年に開館。日本画家・東山魁夷(1908-1999)の作品を980余点収蔵し、2~3か月に1回展示替えを行いながら、作品を紹介しています。
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「信州の文化や自然とゆるやかにつながる 長野県立美術館」
長野県の観光名所、善光寺が目の前に見える城山公園内に建つ「長野県立美術館」。“屋根のある公園”をコンセプトに2021年にリニューアルされた本館のガラス窓には、周辺の雄大な景色が映り込んでいます。美術館の入り口前にはベンチがゆったりと置かれ、暖かな日差しのもとのんびりとくつろぐ人もちらほら。公園から続くメインエントランスより、早速中へ入ってみましょう。

周囲の景観と溶け込む、ランドスケープ・ミュージアム
出迎えてくれるのは、空間的ゆとりを感じるエントランスホール。たっぷりと光が差し込む吹き抜けには、外に設けられた[水辺テラス]と館内の一体感を演出する、印象的な階段。暖かい時期、テラスは水をたたえて水面がキラキラと揺れ、美しい光を見ることができます。時間帯によってエントランスホールにできる影もまた、とても情緒的です。

[水辺テラス]と吹き抜けの階段が開放的。
館内は有料エリアと無料エリアに分かれており、このエントランスホールやミュージアムショップ、2階にある「アートラボ」などは入場無料で楽しめます。展示室へ行く前に、まずは館内を探検することに。
そこかしこに置いてある座り心地のよいソファ。椅子が置いてあると安心するのは、ここでゆっくりしてくださいね、というメッセージを感じるからなのかもしれません。実際に、座って外を眺める人も。同じように窓へ向き合うと、公園全体を俯瞰した景色が目に飛び込んできました。
この、公園や周辺の環境との調和が、美術館の大きな魅力です。本館と「東山魁夷館」をつなぐ渡り廊下からは、季節ごとに色々な表情を見せる山々が見渡せます。

公園が見晴らせるポイントにはソファが。

本館と「東山魁夷館」をつなぐ渡り廊下。
冬季以外は、渡り廊下の下にある[水辺テラス]の方から霧が立ち上がります。あたりを覆い尽くしたかと思えば、しばらくすると再び霧の切れ目から山々が現れます。「霧の彫刻」と名付けられたこの作品は、中谷芙二子(1933-)によるもの。高圧ポンプによって噴射された霧が、地形や気象などの影響を受けて絶えず形を変えながら漂います。建物を含むすべてが等しく抱かれていく様子は、この美術館のあり方を象徴しているようです。
ランドスケープ・ミュージアムとして、景観に溶け合うように細部まで計算し尽くされた美術館。館内を歩いているだけでも、さまざまな境界線がゆるやかに崩れ、自分自身もこの環境の一部であるような気持ちになってきます。その不思議な心地よさが、アート鑑賞への期待を高めてくれます。

中谷芙二子《Dynamic Earth Series Ⅰ》霧の彫刻 #47610、2021年、長野県立美術館
©Fujiko Nakaya ©Nagano Prefectural Art Museum
全ての人に“ひらかれた”美術館
本館の2階にある無料エリアには、視覚以外の感覚も使った鑑賞ができるラボラトリー(実験室)としての「アートラボ」があります。ここでは五感で楽しめる展示がされていて、作品を観るだけでなく実際に触ることができます。
訪れた時に展示されていた作品は、抱きしめるとほんのり温かさを感じる彫刻。そっと耳を当ててみると中から小さく音が聞こえてきました。その意外性に、思わずはっとさせられます。
質感や温度などを通じての鑑賞は、目で見るだけとは全く違う新鮮な体験です。今までの経験から論理的に考えたり、自分自身の勝手な先入観を入れたりしてしまうのを、いい意味で壊してくれる。だからこそ作品が持つ、物理的・概念的な奥行きをより深く感じることができます。

西村陽平《彫刻に耳を澄ます》 2021年
「長野県立美術館」では、このほかにも多様性を尊重するインクルーシブ・プロジェクトに力を入れており、全ての人に美術館を“ひらく”ことをめざしているのだそう。
年に2回ほど美術館の休館日を利用して車椅子ユーザーなど障害のある方も安心して鑑賞できる特別鑑賞を行ったり、親子向けワークショップなど教育活動も行ったりと、様々な人にアートを身近に感じてもらうための取り組みがなされています。
善光寺がすぐ近くの歴史あるこのエリアには、昔からさまざまな人が訪れてきました。脈々と続いてきた人が行き交う文化もまた、この地域の特徴のひとつです。今も国内外問わず各地から観光客が訪れ、地元の人の日常と溶け合っています。

公園にはお散歩する人や学校帰りの子どもたちの姿も。地元の日常が溶け込みます。
目の前の公園で定期的に開催される「善光寺びんずる市」が行われる時は、特ににぎやかです。こだわりの手仕事品が並び、館内の一部がその会場となることも。このイベントも、人と人・人と地域が繋がる交流の場としての役割を果たしています。
「この美術館は、アートを目的にしなくてもいいんです。近くに来たついでにふらりと立ち寄れる場所でありたいですね」という副館長の米山さんの言葉が、美術館の人や地域との関わりの姿勢を物語っているようです。お散歩や観光のついでに、人々が集う場所。だから、入った瞬間から全ての人を受け入れるようなオープンな雰囲気を感じたのかもしれません。
県立美術館ならではのコレクションと「東山魁夷館」
現代的・開放的な雰囲気でありながらも、地域ゆかりの作品を収蔵することもまた、県立美術館の大きな使命です。コレクションには地元・信州の景色や山岳風景など雄大な自然をテーマに描いた作品が多数あり、展示室で作品を見ているだけで旅の気持ちを盛り上げてくれます。本館でのコレクション展示はもちろん、収蔵作品を各地で展示する移動展や県内各地の美術館と連携した交流展も積極的に行っています。

地域ゆかりの作品が並ぶコレクション展。
そして中でもこの長野県と関わりが深い作家といえば、信州の風景を多数作品に残している日本画の巨匠・東山魁夷です。若い頃より何度もこの地を訪れ、「作品を育ててくれた故郷」と呼ぶほど大きな影響を受けていた魁夷は、作品を長野県に寄贈。それをもとに「東山魁夷館」が建てられました。所蔵作品は現在980余点に及びます。
建築家・谷口吉生が設計したこの建物は、魁夷と親交のあった彼ならではの配慮が端々から感じられます。展示空間は、作風や雰囲気、醸し出される作家の心を理解した上で、そこに調和する素材・環境をデザイン。絵画の「額縁」として設計された空間が、作品そのものの魅力を最大限に引き立てます。
東山魁夷ならではの細やかなタッチと色使いで表現される、幻想的な風景。特に《緑響く》(1982年 蓼科高原 御射鹿池)など白馬のモチーフが登場する作品は、多くの人の心をに惹きこみます。作家が“故郷”と呼んだ地で、その風景を描いた作品を見るのは、何よりも特別な体験です。

「東山魁夷館」では幻想的な作品群がたっぷり味わえます。
完成作品のほかに製図やスケッチなどが展示されているのも、この「東山魁夷館」の特徴です。下絵には完成に至るまでの緻密な計算や、試行錯誤の過程を見ることができます。制作を追体験することによって、作品がより深みを持って迫ってくるようです。
そして展示を順々に見ていると、やはり実際にモデルとなったと言われる地へ訪れてみたくなってくるもの。展示室の最後には作品に登場したスポットの地図も設置され、その気持ちをさらに盛り上げます。美術館を起点にして各地へ訪れる旅もまた、新しい発見につながるかもしれません。

作品鑑賞の後は水庭を眺めながらのんびりと時を過ごすのもおすすめです。
心地よい満足感と共に展示室を出ると、そこには谷口建築ならではの水庭が広がっていました。豊かな自然を描き出した作品群を見た後に、その余韻を味わう静けさ。ラウンジにあるソファに体を沈めると、水庭の先にもまた、この土地ならではの風景が続いていることに気づきます。鑑賞の最後に相応しい、思わず心が震えるような演出です。
「ただソファに座って外を眺めることも、この美術館の楽しみ方のひとつなんです」
という米山さんの言葉を思い出します。日々の煩雑さを忘れさせ、鑑賞者の内面を解放する動線設計。景観との調和を考え抜いた美術館だからこそ、このような体験ができるのでしょう。
充実感を胸に外に出ると、屋上広場[風テラス]から象徴的な善光寺とその周りを取り囲む町並みが目に飛び込んできました。その風格に圧倒されながらも、改めてこの場所に「長野県立美術館」があることの意味が感じられてきます。
この地が持つ自然、歴史や文化、そしてここにいる、または、訪れる人。全てに対して“ひらき”ながら、ゆるやかにつないでいく。自らが掲げるコンセプトを余す所なく体現する力強い姿勢が、空にまで広がっていくような、締めくくりにふさわしい景色なのでした。

屋上広場から望む善光寺は圧巻。
長野県立美術館(本館・東山魁夷館)
〒380-0801 長野県長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)
TEL:026-232-0052
https://nagano.art.museum/
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\ おすすめ たちよりスポット /
豪商の館 田中本家博物館

田中本家は享保18年(1733年)に須坂で商売を始めた藩御用達の大地主・豪商。
展示館では、代々伝わる美術品はもちろん、タイミングが合えば歌川国芳の大判錦絵三枚続きが見られることも。江戸時代作庭の日本庭園では、桜や紅葉など四季折々の景色を楽しむことができます。その庭を望む喫茶「龍潜」では江戸時代のおもてなし料理を再現した「橘弁当」が人気。古文書に記された献立がいただけます。より本格的に楽しみたい方には、普段は触れない美術品の器を用い、12代当主の解説で歴史や文化を体験しながら食事をいただける「江戸時代料理再現 食事会」がおすすめ。当時の贅沢な気分を味わって。
〒382-0085 長野県須坂市穀町476
TEL:026-248-8008
https://tanakahonke.org/
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2025年11月訪問
取材・文 櫻井麻美
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今回ご紹介した美術館にアクセス可能なホテルとして、長野県内にあるホテルハーヴェストをご紹介します。
ホテルハーヴェスト斑尾

長野県立美術館から車で1時間以内。東山魁夷も描いた雄大な黒姫山を眺めながら過ごす寛ぎのひととき。冬はスキーやスノーボードなどのウィンタースポーツを満喫。初夏にはラベンダーが咲き紫色のじゅうたんが広がります。五感をフルに使って長野の自然を味わう時間が過ごせます。
〒389-1302 長野県上水内郡信濃町古海3575-8
TEL:026-258-3611
ホテルハーヴェスト斑尾 公式HP https://www.resorthotels109.com/madarao/
東急ハーヴェストクラブ斑尾 公式HP(会員用) https://www.harvestclub.com/Un/Hotel/Mo/
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