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「コンチェルト・バロッコ」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:J.S.バッハ |
四年ぶりに来日したニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)。“オール・バランシン・プログラム”と銘打った初日のAプログラムでは、創立者ジョージ・バランシンの振付家としての非凡の才、そして彼が育て上げたNYCBの底力をまざまざと見せつけられた。
バッハとスーザ、そしてストラヴインスキーの楽曲を使用した四演目が並んだが、作曲家が異なるだけで、まったく違った趣の作品が舞台上に登場する。それは無論、鋭い聴覚で一音一音にこだわり、手先や足先などの微妙な動きまで駆使して、ダンサーの身体を通じて音楽を奏でてゆく、バランシンの振付の妙あってのこと。バッハの「コンチェルト・バロッコ」では優美で典雅な世界が立ち現れ、スーザの「スターズ&ストライプス」ではダンサーたちが元気なマーチにのって明るくはじける。
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「アゴン」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:ストラヴィンスキー |
ストラヴィンスキーの曲を使用した「デュオ・コンチェルタンテ」と「アゴン」は、何度観ても驚くべき斬新さに満ちあふれている。バランシン以外の誰が、ときにはリズムすらない、まったくもってダンサブルとは言い難いストラヴィンスキーの曲に振り付けることを考え、それを実現できただろうか。そして、バランシンの精神を理解し、身体に内在化させたダンサーだけが、その世界を描き出すことができるのである。作曲家と振付家、二人の天才がお互いの力を尽くして激しく切り結ぶ様が、ダンサーたちの肉体によって舞台上に展開されてゆく。その壮絶なまでの緊迫感。ときには人智を超えた力によってこの世に現れたのではないかというようなポーズや動きも登場し、息を飲んで見守るうちに、いまだかつてない興奮が訪れる。 |
音楽と向き合うその真摯な姿勢は、「アゴン」のようにきわめて高い芸術性をもつ作品だけではなく、エンターテインメント性あふれる演目にも通底するのだと、この日のフィナーレを飾った「スターズ&ストライプス」が教えてくれた。楽しい音楽ともなれば、とことん楽しくプレゼンテーションする、それがバランシンという振付家の幅の広さなのである。陽気な音楽にのって、高度なテクニックを次々と披露してゆくダンサーたちを見ていると、痛快なまでの爽快感がこみあげてくる。
ロシア生まれのバランシンが、新しい国アメリカに渡り、誇れる文化の一つとなるまでバレエを育て上げた。あらゆる国、あらゆる民族の文化を吸収し、独自の文化を作り上げていく。作品の最後に掲げられる“スターズ&ストライプス―星条旗―”こそ、その自由なアメリカン・スピリットの象徴に他ならないのだ。 |
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「スターズ&ストライプス」
振付:ジョージ・バランシン 音楽:スーザ |
あくる日のBプログラムには、NYCBの代表作であるバランシンの「セレナーデ」、新進気鋭の若手振付家ウィールドンの「ポリフォニア」、そしてロビンズの「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」が登場した。
このうえもなく美しいチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ ハ長調」が、ダンサーたちの動きとあいまってさらに美しく響いてくる「セレナーデ」。「ポリフォニア」では、リゲティの手による奇抜な現代音楽に負けない奇抜なポーズ、振りが続出し、かつてNYCBのダンサーであったウィールドンこそ、バランシンの遺伝子を受け継ぐ者であることをうかがわせる。
あまりに名高いミュージカルを、振付家ロビンズ自ら一幕もののバレエ作品へと仕立て上げた「ウエスト・サイド・ストーリー組曲」は、「クール」「アメリカ」といった有名ナンバーの抜粋で物語がつづられてゆくが、ミュージカルでは幻想シーンとして登場する「サムホエア」がフィナーレにおかれているのが印象的だ。いつか、すべての人間が手を取り合って生きる日がきっとやって来る――作品の根幹ともいえるその願いがよりダイレクトに伝わる作りになっており、さまざまな皮膚の色をもつNYCBのダンサーたちが歌い踊るこの舞台こそ、その夢が一足先に実現した“サムホエア”なのかもしれないと思わずにはいられなかった。 |
テキスト |
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藤本真由(フリーライター) |
写真 |
: |
瀬戸秀美 |
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