
©Sommerhaus Filmproduktion GmbH, Anke Neugebauer
口下手なクリスティアン27歳。夜間のスーパーマーケットに職を得、そこでマリオンに一目惚れしたが、ワケアリの人妻だった。「飲料担当」と「お菓子担当」の儚い恋…
祖国が忘れられない、ブルーノ54歳。毎晩ビールを飲みながら郷愁に浸る…
旧東ドイツの巨大スーパーで働く人たち、そのつましい世界のぬくもり
アウトバーン沿いのライプツィヒ近郊。ここで働く者たちは、ベルリンの壁崩壊、東西再統一によって祖国を喪失した。その悲しみを静かに受けとめ、つましく生きている。いま目の前にある小さな幸せに喜びを見出すことで日々の生活にそっと灯りをともす。そんな彼らの生きる姿勢が、深い共感と感動を呼びおこし、静かな波のざわめきのように深い余韻を残す。
ドイツ新時代の才能を発見!
ワルツを踊るように通路を行き交うフォークリフト、その優美さ。小さな誕生日ケーキの愛らしさ。シュトラウス「美しき青きドナウ」やバッハ「G線上のアリア」、カナダのゴシックフォーク、Timber Timbreといった類まれな選曲センスに彩られ、あらゆるショットがはかりしれない美しさを湛えている。トーマス・ステューバー監督37歳、原作・脚本クレメンス・マイヤー41歳は、整然とした倉庫のような空間を詩的な宇宙へと変貌させる。
はかなく密やかに、祝福のように
作家・松家仁之
主人公がクリスマス・イブを迎えるまでの、永遠につづくかとおもえる映画的幸福を、ことばで置き換えるのはほとんど不可能だ。主人公クリスティアンの不器用な口べたが、見る者にたちまち伝染するからだ。会社の同僚から静かに肯定され、反語的ユーモアに満ちた挨拶や欲望の目配せまで受けて、ここはクリスティアンに手をさし伸べる「秘密の花園」になるだろうと期待がふくらむ。しかしそのあと容赦なく、主人公とともに深く暗い穴へと落ちてゆく展開に夢はなく、希望もなく、ことばも感情も行き詰まる。見る者はただ青ざめるばかりだ。日差しのない人工的な照明のもと、倉庫に置いてきぼりにされたクリスティアンのうえにはしかし、はかなく密やかな「希望の灯」が祝福のように降りてくる。その灯が持続するかどうかはもはや問題ではない。この瞬間がたしかにクリスティアンを包んだという以上に、わたしたちはいったい何を求めうるのだろう。いまのこの時代に。