シアターコクーン芸術監督 松尾スズキ

いまこそ前に。普段と違う年明けに思う

松尾スズキ

2020年12月1日

世界はいまだに非常事態が続いています。政府は非常事態宣言こそ出していませんが、エンタテイメントに関わる人間の心の中では常にサイレンが鳴り響いています。経済と安全のバランスという言葉が政府関係者らからよく出ますが、芸術監督としてのわたしの頭の中でも常にその言葉は渦を巻いています。パフォーマーたちも生きていかねばならない。

しかし、パフォーマンスすると、それこそ私が2020年の夏WOWOWで企画した『アクリル演劇祭』みたいに演者の三方をアクリルで囲むぐらいの配慮がなければ完全な安全は保てない。そしてなによりお客様の安全が重要です。最上級の安全を望むなら外に出ないということになりますが、それでは、寂しすぎる。そして、寂しさも精神衛生上なかなか危険、というパラドックスの中に我々はいるのではないでしょうか。
今現在(2020年12月1日)も、大阪公演で関係者に体調不良者が出て、検査のため二公演を休演している中で、この原稿を書いています。自分の作品が公演中止になるのは演劇人生初めてのことです。演者たち、そして劇場に着いて中止を知らされたお客様の無念を思うと手汗が止まりません。ただ調子を崩しただけで、膨らむ不安と疑心暗鬼、それが、一番の非常事態なのだなと身にしみています。
この苦境を乗り越えた暁に、私や演者やスタッフが未知の成長をしていることを信じて、今は、正しく舞台の幕が開き、大声で皆が笑える日が来ることを強く願っております。

©細野晋司

松尾スズキSUZUKI MATSUO

1962年12月15日生まれ、福岡県出身。1988年に大人計画を旗揚げ。主宰として作・演出・出演をつとめながら、宮藤官九郎ら多くの人材を育てあげている。1997年『ファンキー!~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞受賞。演劇以外にも、小説家・映画監督・脚本家・エッセイスト・俳優として幅広く活躍。小説『クワイエットルームにようこそ』『老人賭博』『もう「はい」としか言えない』は芥川賞候補、主演したテレビドラマ『ちかえもん』は文化庁芸術祭賞ほか受賞。2019年には正式部員は自身一人という「東京成人演劇部」を立ち上げ、『命、ギガ長ス』を上演、小規模空間での舞台上演にもこだわっている。同作で第71回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞。

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