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Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品 All the Winners

第27回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞 受賞作品

松浦寿輝 著

『名誉と恍惚』

(2017年3月 新潮社刊)

選 考 川本三郎
賞の内容 正賞:賞状+スイス・ゼニス社製時計
副賞:100万円(出席ご希望の方はパリ・ドゥマゴ文学賞授賞式にご招待)
授賞式 2017年10月12日(木) 於:Bunkamura
当日開催された授賞式の模様を動画でご覧いただけます。
レポート記事はこちらでお読みいただけます。
受賞者プロフィール
松浦寿輝(まつうらひさき)

作家・詩人・仏文学者・批評家。東京大学名誉教授。1954年東京都生れ。東京大学大学院仏語仏文学専攻修士課程修了。パリ第Ⅲ大学にて博士号(文学)を、東京大学にて博士号(学術)を取得。詩集に『冬の本』(高見順賞)『吃水都市』(萩原朔太郎賞)『afterward』(鮎川信夫賞)、小説に『花腐し』(芥川龍之介賞)『半島』(読売文学賞)『そこでゆっくりと死んでいきたい気持をそそる場所』『川の光』、エセー・評論に『折口信夫論』(三島由紀夫賞)『エッフェル塔試論』(吉田秀和賞)『知の庭園 一九世紀パリの空間装置』(芸術選奨文部大臣賞)『明治の表象空間』(毎日芸術賞特別賞)など多数。2012年東大大学院教授を辞職、執筆に専念する。

選評

「故国喪失者が生きる魔都上海。」/ 選考委員 川本三郎

 松浦寿輝さんは芥川賞を始め数々の文学賞を受賞している現代文学の第一人者である。そういう人を私などが選ぶのは、おこがましいのではないか。迷った。すでにいい仕事をしてきて高く評価されている人より、これからを期待したい若い人を選ぶべきではないかというためらいもあった。しかし、『名誉と恍惚』の圧倒的な面白さを前にしては、そうした迷い、逡巡は消えた。
 エンタテインメントの持ち味である物語の豊かさと、純文学の核心である個の追及がみごとに溶け合っている。
 「魔都」と呼ばれていた上海の1930年代、とりわけ1937年の日中戦争直後、日本が上海を支配していた時代が舞台になる。芹沢一郎という主人公は警察官で諜報の仕事をしている。しかし、軍部の罠にはめられ、組織を追われる身となる。一匹狼となった芹沢の魔都彷徨が始まる。
 グレアム・グリーンやジョン・ル・カレのスパイ小説を思わせる不条理な世界のなかで、追いつめられた個人の孤独な戦いが始まる。
 次々に謎めいた人間が登場する。策謀を企てる日本陸軍の軍人。阿片、売春、賭博を仕切る中国人の闇社会の頭目。その若く美しい第三夫人。ひそかにエロティックな少女人形を作っている中国人の時計屋の老人。亡命ロシア人の男色の美少年。「国際的歓楽都市」といわれた上海ならではのあやしい人間模様が豊かな筆力で描かれてゆく。
 この小説の第一の魅力は、混沌とした上海の裏面が逃亡者の目でとらえられていることだろう。華やかなジャズクラブが並ぶ大通りから、いつ殺人が起きてもおかしくないような危険な裏通りまで。権力に追われる主人公は苦力や阿片中毒者が生きる地下の最底辺にまで入り込む。暴力、麻薬、戦争、エロティシズム、デカダンス。
 主人公、芹沢一郎の逃亡生活は悪の世界への旅になってゆく。一種の冥府めぐりである。すぐれた文学が人間の悪を描くとすれば、この小説は確かに危険な悪の華の香りを持っている。
 きわめてスケールの大きい小説で、難民や移民が殺到する上海は現代の世界状況をも反映している。松浦寿輝さんは1930年代の上海を描きながら間違いなく現代社会を視野に入れている。「戦争と革命の世紀」といわれた二十世紀は、この小説のなかではまだ終わっていない。
 さらに、もうひとつの魅力は、芹沢一郎という主人公の孤独の深さにあるだろう。陸軍の軍人にはめられ組織を追われた。もともと親兄弟のいない単独者で、父親は実は朝鮮人だったと分かってくる。
 故国喪失者として素手で国家権力と戦うことになった彼が、時計屋の老人、その下で働く若者、そして美貌の第三夫人、ら中国人たちと強く結ばれ、助けられ、最後、上海を逃がれ、香港へと脱出してゆく。彼にはもう国境は存在していない。こういう主人公を設定したことも現代社会に生きる作家ならでは。きわめて構えの大きい小説になっている。
 ドゥマゴ文学賞の選考委員を引受けた時、何よりもまず「いい文章」を選ぶことを心した。現代の小説にはあまりに軽い、深みのない文章の作品が多いから。
 松浦寿輝さんの文章は、濃密でありながら端正、重厚でいて明晰、混沌雑然とした上海を描きながら乱れがない。久しぶりにいい文章を読む歓びを味わった。
 芹沢一郎は、前述したように最後、香港に逃げのびた。そこで戦後社会を生きることになった。松浦寿輝さんには、ぜひ香港篇を書いていただきたい。

@ 新潮社写真部

川本三郎(かわもとさぶろう)

1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』『老いの荷風』『「男はつらいよ」を旅する』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。

受賞の言葉

〈レ・ドゥ・マゴ〉のテラス席で / 受賞者 松浦寿輝

パリの〈レ・ドゥ・マゴ〉に最後に行ったのは、一昨年(2015年)の11月のことである。アイルランド南東部の都市コークを飛行機で発ち、シャルル・ド・ゴール空港に着いたのが11月21日の夕刻。ジャコブ通りのオテル・ミレシームに落ち着くや、何はともあれ街に出てみるかという話になり、歩いてほんの数分のサン・ジェルマン・デ・プレまで行き、〈レ・ドゥ・マゴ〉のテラス席に腰を下ろしてビールを注文した。11月とはいえそうひどく寒いわけではない土曜の夜の早い時間なのに、〈レ・ドゥ・マゴ〉のテラス席は閑散としていて、わたしたち夫婦の他に客は二組ほどしかいない。手持ち無沙汰のギャルソンたちがこっちで二人、あっちで三人と集まってお喋りに耽っている。
 ビールを運んできたギャルソンに、「街がもっと騒然としているかと思ったけれど」と呟いてみると、「Oh, Paris, c’est calme, Monsieur.(なに、パリは静かなものです)」というのどかな口調の答えが微笑とともに返ってきた。この会話の背景にあるのはもちろん、つい一週間ほど前、11月13日に起きたいわゆる「パリ同時多発テロ事件」である。
 わたしたちはこの事件をダブリンのホテル・グレシャム(ジョイスの『ダブリナーズ』にも出てくる、良い感じに古びた素敵なホテルである)に滞在中、テレビのニュースで知った。日程としてはダブリン見物の後、レンタカーでアイルランドの西海岸を周遊し、最後の四泊はパリで遊んでそれで旅を締め括り、東京へ帰るつもりで、コークからパリ、パリから成田のフライトもすでに予約してある。
 どうしよう、とわたしと家内は顔を見合わせた。パリはきっとてんやわんやの大騒動になっているに違いない。そもそも、こういう事件の直後に外国人がフランスにすんなり入国できるだろうか。いや、入国よりもむしろ出国の方が面倒かもしれない。入国審査や出国審査の列で何時間も待たされたらどうする。第一、飛行機が予定通り飛ぶだろうか。それより何より、テロがこれだけで収まらず、引き続いて何かことが起きて、万が一爆破だか銃撃だかに巻き込まれたら……。
 しかし、長年憧れていたコネマラ地方の荒涼とした景観を嘆賞した後、アイルランド西海岸に沿って整備されたWild Atlantic Way(「WAW」という標識がどこまでもどこまでもうねうねと続いている)を辿って、暢気な自動車旅行を続けるうちに、フライトの変更、ホテルのキャンセル等、じたばた足掻くのが面倒になり、もう当初の予定通りで行こう、なるようになれ、という気分になった。濃やかで温かい人情、美味しくて滋味に富んだ食事、東京で瓶詰めのものを飲むより数倍風味豊かに感じられるパブのギネス、毎日次から次へ眼前に繰り広げられる絶景──と、初めてのアイルランドを満喫して、いよいよパリに入ったときにはさすがに少々、緊張しなかったと言えば嘘になる。しかし、かすかに残っていた不安は、〈レ・ドゥ・マゴ〉のギャルソン氏のひとことできれいに払拭され、観光客の少ないパリを四日間楽しんで何事もなく帰国した。
 Paris, c’est calme──というのはしかし、パリジャンたちが、ともすれば波立ちかける不穏な感情をなだめようとして、自分自身に言い聞かせていた言葉だったのかもしれない。フランス人は、大変な衝撃を受けながら、恐怖と不安に耐え、過剰な敵対行為に走ることもなく、ふだんの日常をふだんのままに続けるという決意それ自体によってテロに抗し、そして今なお抗しつづけているように見える。テロで妻を亡くしたジャーナリスト氏がブログに書きこんだ、「Je ne vous ferai pas ce cadeau de vous haïr.(わたしはあなたたちに憎悪という贈り物をさしあげるつもりはない)」という勇気あるすばらしい言葉は、当時大きな反響を呼んだが、それをアイルランド西海岸のどこかの町のホテルで夜半、iPadの画面上に読んだわたしもまた、感動のあまり思わず涙ぐんだものだ。テロの脅威に耐え、それに静かに抵抗するに当たって、フランスはその偉大なブルジョワ文化──ここで「ブルジョワ」とはいささかも誹毀的な意味を含んでいない──の底力を発揮した。わたしの眼にはそう映る。
 そのブルジョワ文化の豊かな伝統を表徴する極めつきの記号の一つが、カフェ〈レ・ドゥ・マゴ〉である。敬愛する川本三郎さんのご厚情によって、このたび「ドゥマゴ文学賞」をいただけることになり、喜びと誇りで胸を高鳴らせているゆえんである。

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