ニューヨーク・ハーレムシアターによる「ポーギー&ベス」初日。稀代の天才作曲家ジョージ・ガーシュインの世界の奥深さに、改めて感じ入る夜となった。
オーヴァーチュアから、いかにも彼らしいピアノの音もからみ、ガーシュイン節が冴え渡る。ゴスペル、ブルースといった黒人音楽の要素もふんだんに取り入れられ、オペラでは異色ともいえる、ラップ調の曲やノリノリのナンバーも登場する。キャストの方も、主役のポーギーとベスを演じる二人はもちろんのこと、多くのジャズ・ミュージシャンに愛されてきた名曲中の名曲、「サマータイム」を冒頭で絶唱するクララをはじめとする脇のキャラクターまで、揃いも揃って実力派だ。 |
物語の中心に据えられているのは、足の不自由なポーギーと男にだらしのないベスのラヴロマンスだが、二人の住む黒人長屋“キャットフィッシュ・ロウ”に暮らす人々の日々の生活ぶりも、もう一方の主人公と言えるほどヴィヴィッドに描き出されてゆく。
人々は飲んだくれ、夫婦ゲンカをし、サイコロ賭博に興じる。楽しいピクニックの日ともなれば、男も女もワンピースや帽子で思い思いに着飾って出かけてゆく。神を信じ、その手に人生をゆだねつつ、日々の歩みを確かに進めていくことの強さ、美しさ。 |
だからこそ、ポーギーが出奔したベスを追ってニューヨークへと旅立つラストシーン、一旦は引き止めながらも、最後には手を振って彼を見送る人々の姿に、心を打たれる。ポーギーが無事帰ってきたとき、ベスを連れていようが連れていまいが、もしくはポーギーが帰って来なかったとしても、“キャットフィッシュ・ロウ”での皆の生活は、今と変わらず、そのまま続いていくのだろうという厳粛たる事実に――。
底辺に暮らす人々の生活など、正統派ヒーロー&ヒロインとは言い難い主役コンビ共々、オペラの題材には到底なりそうもないところ、ガーシュインの美しい音楽に伴われ、見事に昇華されてゆく。いかなる人生にも美を見出し、その美を強く信じて歴史に残る作品をこの世に送り出した、ガーシュインという人の感性の豊かさを思わずにはいられなかった。 |
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テキスト |
: 藤本真由(フリーライター) |
写真 |
: K. Miura |
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