開幕直前のオーチャードホールで、「プティの魔術」を見る。
この日のソリストは、上野水香ら日本人キャスト。
 鋭い線でダイナミックに表現されたノートルダム大聖堂の伽藍。その奥に揺れる、巨大な鐘。そして、モーリス・ジャールの音楽の強烈なリズムに乗って弾む、絵の具をぶちまけたような、色とりどりの脚の群れ。プティの描く中世パリは、モダンで洗練されていながら、猥雑なエネルギーに満ちている。祭りに酔う民衆や、うごめく妖怪たちをリアルに描いた中世の画家・ブリューゲルやボッシュの絵が、そのまま目の前に現れたようだ。『ノートルダム・ド・パリ』開幕前日のリハーサルで、ダンスの魔術師ことプティは、とにかく動き回っていた。舞台に頬杖をついてじっと見つめていたかと思うと、ばっと舞台に飛び乗って、激しい身振りでダンサーを指導する。「もっと自分を表現して。表現を倍にして。ほら、大聖堂にある、こんな(顔と全身でものすごく変な表情をぱっとつくる)グロテスクな彫刻みたいな感じで。 そう、それだ!」
 「ダンサーの個性を引き出すプティ先生の"魔法"にはすごいものがあります。伝え方にエネルギーがこもっていて、それがダンサーを集中させる。プティ先生がくるとできなかったこともできてしまう」と、以前、インタビューで聞いた草刈民代の言葉を思い出した。指示を聞くダンサーたちの気合のようなものが、しだいに盛り上がっていくのがわかる。ソリスト級のダンサーたちが踊る群舞は要チェックだ。
 この日のソリストは、海外からのゲスト・ダンサーたち。ごく自然にその場の雰囲気に溶け込んでいたカジモド役のジェレミー・ベランガールは、通し稽古が始まったとたん、強い存在感を放ち始め、目が離せなくなった。片方の肩を上げたままの「醜い」動きなのに、この人物がもつ気高さや優しさが伝わってくる。道化祭りの王として、皆に嘲られながら担ぎまわされるカジモドも、民衆を支配する冷酷な司教フロロ(バンジャマン・ペッシュ)も、長いマントを翻してさっそうと現れる騎士フェビュス(アルタンフヤグ・ドゥガラー)も、それぞれヒーロー的なかっこよさがあり、その三人に愛されるジプシー娘・エスメラルダを踊るルシア・ラカッラの美しさがさらに際立つ。ラカッラのソロを、まるで民衆のひとりのように、舞台上に座りこんで見つめていたプティの姿が印象的だった。

この魅惑的なヒーローやヒロインを、すでにエスメラルダ役で高い評価を得ている上野水香ら、日本人勢はどう踊るのだろうか。そして、『デューク・エリントン・バレエ』では、この豪華なゲストたちが、今回プティが振り付けた新しいシーンでどんな踊りを見せてくれるのか、期待は高まるばかりだ。

稽古場の様子



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