学芸員による作品紹介コラム

コラム3 ボッティチェリ 《聖母子と二人の天使》

清楚な白百合の似合う女性にはいつの世にも好かれる麗しさがある

ボッティチェリの芸術を大きくフィーチャーしながらルネサンスを読み解く本展は、優美なマリア像を数多く堪能できるまたとない機会でもある。カトリックにおいて聖母像は信仰の支えの一つとして、ルネサンスの時代には身近な若い女性の姿で表現された聖母像が数多く制作され、特にボッティチェリの描く優雅で繊細な表現は高く評価された。そういった図像の中で注目したいのは、処女マリアの純潔のシンボルとされる白百合の花である。

 ある日ナザレの村の大工ヨゼフの許嫁であったマリアのもとに、神から遣わされた大天使ガブリエルが舞い降り、神の子を宿ったことが告げられる。婚期が早かったこの時代の習慣から考えると、マリアはこのとき10代半ばくらいであったとも言われている。そして純潔の処女のまま身ごもったということを視覚的に表すのに使われたのが純白で大輪の百合であり、この花を捧げられた女性は、花にもまして美しい。なお、描かれているのはまさにマドンナ・リリーと呼ばれる種類で、高さは120㎝ほどと存在感があり、地中海地方東部からイタリアなどに広まった。

 聖母の持物として多くの画家によって繰り返し描かれた百合の花だが、イエスが生まれたのが12月25日とすると、受胎告知は3月ごろになるわけで、百合は咲いていない季節である。実際、聖書に記述があるわけでもなく、これは画家の想像力の賜物なのである。

 こう考えていくと、実は今のパレスチナにいたマリアの髪がブロンドで描かれるのも事実とは異なるかもしれない。また服装については、マリアは内側に赤、外側に紺の服を着ていたという図像学的な約束事以外、むしろルネサンス当時の最もファッショナブルな服だったのではないだろうか。つまり、画家は自らの最良と考えるところのものをマリアに与え、架空の世界を作り出しているのだが、それによって何百年の時を経た今も私たちの心を和ませ、豊かにしてくれるのである。

ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男