学芸員による作品紹介コラム

コラム2 ボッティチェリ 《受胎告知》

天使として表現されたイケメンの姿に画家の思いが込められている

イタリア・ルネサンスを代表する画家の一人サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)の作品が多くの人々に好まれる理由の一つに、魅力的な人物像がある。瑞々しく優美な人物像は、文芸の復興というルネサンス自体の力強さ、若々しさ、斬新さをまさに具現している。だが、それらの人物像は必ずしも若い女性ばかりではなかった。

ボッティチェリの描く青年や少年、また天使たちも、そんな魅力に溢れている。彼らは美少年風で、今風に言うジャニーズ系。少し女性的と感じられることもあり、それはボッティチェリの好みの反映であり作品の特徴となっている。しかし本展出品作の《受胎告知》に描かれた大天使ガブリエルには、さらにそれを超えた魅力がある。この天使は使命を遂行する真摯な若者として表現され、それがこの「人物」像に深い奥行きを与えているのである。

そもそも受胎告知とは、処女であったマリアが、神から遣わされた天使から「マリア、恐れることはない。あなたは神からお恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を生むが、その子をイエスと名付けなさい(・・・)」(ルカによる福音書)と告げられる場面である。このシーンはキリスト教教義の極めて重要な部分であり、とくにマリア信仰の核になるところである。本作の青年天使の顔には、神による人類救済の幕開けを自覚し伝える者の真剣さと誇らしさがにじみ出ている。静謐で張りつめた場面を描いたこの作品は、純潔を表す白百合を持ちマリアに勝る主役の地位を与えられた彼の雄姿により、ボッティチェリの傑作の一つに数えられているのである

 本作はシエナの病院が管理していた修道院に描かれた壁画であり、疫病ペストの猛威が収まったことを神に感謝して制作されたという。病気に対して神に祈るしかなかった時代、祈りの力は大いに期待された。神の救済の原点ともいうべき受胎告知の場面を通じて、この天使の凛々しくも真剣な表情の中には、人類を救わんとする神の強い意志と愛が、表されているのである。

ザ・ミュージアム 上席学芸員 宮澤政男