5月より順次ロードショー Bunkamuraル・シネマ
二度と観られないアニエス・ルテステュとジョゼ・マルティネズの『白鳥の湖』
バレエの舞台を一度も観たことがない人間でも知っている、古典バレエの代名詞とも言える作品。チャイコフスキーが作曲し、マリウス・プティパが振付を手がけた初演は失敗に終わったが、その後、本拠地ロシアのみならず、世界中のバレエ団のレパートリーとして、圧倒的な人気を得るようになった。ストーリーは、両親である国王・王妃から早く結婚して、後継ぎを見せろ、とせかされているジークフリート王子を中心に展開。今日も宮廷でのそんな空気に嫌気がさし、友人と狩りに出かけた王子は湖のほとりで美しい白鳥の群れを目にする。木陰に隠れてその様子を見ていると、中でもひときわ輝く一羽に心を奪われてしまう。彼女オデットは、悪魔ロットバルトの魔法により白鳥に姿を変えられてしまった人間の姫。永遠の愛を誓ったジークフリートは、宮廷での花嫁選びの宴にオデットも来るように誘い、再会を約束して喜びに打ち震えるのだった。
続く第3幕は、ロットバルトの策略で、オデットそっくりの女性オディール(黒鳥)が現れ、ジークフリートを誘惑。裏切られて絶望したオデットの悲嘆と、ドラマティックな場面が続くが、プティパの振付の原型に敬意を払いつつも、より演技面に重点を置いたところは、俳優としても活躍したルドルフ・ヌレエフならでは。特に、2幕での清純そのもののオデットが3幕で官能的なオディールの踊りを見せるのを、最初はとまどいつつも、次第にごく自然に受け入れるジークフリートの心情を、「恋愛の次の段階に進んだものと理解して、むしろ喜んでいた」というマルティネズの解釈は、従来の「なぜ、オデットとオディールの違いに気がつかなかったのか?」という人々の疑問に一つの答えを与えてくれた。
2014年にパリ・オペラ座バレエを引退したルテステュは、オデットの気品と哀しみを全身で表現する2幕、そして一転して、宮廷の雰囲気まで変えてしまう3幕でのオディールのコケティッシュで大胆な踊りと、メリハリがきいた踊り分けがさすが。2幕の<情景>では、人気者の4羽の白鳥はもちろん、白いチュチュ姿の白鳥たちの群舞が素晴らしい。特に、大きい白鳥の踊りは、チャイコフスキーの音楽の強さ、大らかさをヌレエフがたぶん自分で踊りながら振付けたのでは?と思えるほどの開放的なイメージがある。ちなみにこの曲は、男性バレエ・ダンサーたちが『白鳥の湖』の中で最も好き、と語ってくれることが多い隠れた人気曲。
衣装、舞台装置、照明、そしてオーケストラと、すべてに一流を求めた本作は、バレエ入門編としても、行き着く先としてもふさわしく、今や故国スペインで自身のバレエ団をオーガナイズするまでになったマルティネズの、ダンサーとしての才能もわかる1作。第4幕、オデットとジークフリートの愛の行方まで、一瞬たりとも気を抜けないのがパリ・オペラ座バレエの『白鳥の湖』だ。
文:佐藤友紀