2025.01.10 UP
みる・まなぶ・ふかめる ―戸栗美術館・展示解説―
美術館や博物館では、展覧会ごとにすてきなイベントがたくさん企画されています。作品の新しい見方ができるようになったり、興味や知識が広がる楽しさを感じられたりするのが、展覧会イベントの醍醐味。
作品を見るだけでなく、そこから一歩踏み込んで学び、鑑賞体験をより深めることができるイベントは、美術館・博物館のファンのみならず、初めての方にこそ体験していただきたいものばかりです。
このシリーズでは、渋アート連携施設で開催されるイベントを、実際に渋アートスタッフが体験取材し、ご紹介します。
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今回、渋アートスタッフが取材したのは、戸栗美術館。
戸栗美術館と言えば、日本でも数少ない東洋陶磁器専門の美術館。鍋島焼、伊万里焼、そして中国や朝鮮の陶磁器およそ7,000点の収蔵品から厳選された作品が趣向を凝らしたラインナップで展示されており、時にはユニークなテーマで楽しませてくれる、独自の個性が光る美術館です。
ですが、陶磁器鑑賞にあまり親しみがない方にとっては、陶磁器のどこを見ればいいのかわからない…知識がないと難しそう…初めて行っても大丈夫かな…という不安があるかもしれません。
そんな方におすすめなのが『展示解説』。戸栗美術館では、展覧会期間中に通常2回の展示解説が開催され、事前予約なし・入館料のみで誰でも参加できるため、初めての方でも気軽に陶磁器の楽しみ方を教えてもらうことができます。
戸栗美術館の外観。渋谷区松濤の閑静な住宅街にある、やきもののタイルがシックな建物です。
■アットホームな雰囲気がうれしいツアー形式の作品解説
2024年10月~12月にかけて開催された『古陶磁にあらわれる「人間模様」展』。
多彩な装飾が特徴の古伊万里や明時代の中国・景徳鎮窯(けいとくちんよう)の磁器から人物のモチーフ(人物文様)に着目し、どんな人が描かれ、どんな人間関係が繰り広げられているのか、その「人間模様」にフォーカスした数々の作品が展示されました。
戸栗美術館『古陶磁にあらわれる「人間模様」展』チラシ
スタッフが展示解説開始時間の少し前に戸栗美術館を訪れると「展示解説がはじまります」と館内アナウンスが入り、集合場所が告げられました。入館券を購入し、集合場所で待っているとほかの観覧者の方も続々と集まってこられ、参加者は20名ほどに。そこへ今回の担当学芸員さんが現れ、いよいよ展示解説がスタートします。
展示解説のスタート時の様子。戸栗美術館の学芸員さんはとてもやさしく穏やかな雰囲気で、初めて展示解説に参加する方も安心して解説を聞くことができます。
戸栗美術館の展示解説は館内ツアー形式で、参加者は学芸員さんと共に展示室内をまわり、実際に作品を見ながら解説してもらうスタイル。
最初に参加者の皆さんへ「今回初めての方はいらっしゃいますか?」との問いかけがあり、数人の方が手を挙げられたのを見て、まず戸栗美術館や展覧会の紹介から解説が始まります。こうした小さな配慮にどんな方でも安心して参加できるアットホームな雰囲気を感じることができました。
■そんな意味があったのか!見るだけではわからない陶磁器のドラマ
戸栗美術館の展示作品にはそれぞれ詳しいキャプション(解説文)がついており、それだけでも十分楽しめますが、キャプションには書ききれなかった興味深い話や学芸員さん目線のおすすめポイントなど、楽しい話題がたくさん飛び出すのが展示解説の一番の魅力です。また、聞きなじみのある言葉で専門用語や難しい地名なども簡単に説明してもらえるので、古い陶磁器にも親しみを持つことができ、初めての方でも陶磁器の魅力を感じることができます。
今回は、展示作品約70点の中から20点の作品の解説が行われました。実際に今回の展示解説ではどんな内容のお話しがあったのか、本展のチラシに掲載されている作品2点の解説のほんの一部をご紹介します。
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●《五彩 人物文 壺》 景徳鎮窯 明時代(16世紀後半)(左)高29.5cm(右)高30.5cm
この作品は明時代の中国・景徳鎮窯でつくられたもので、写真左は中国の故事『鴻門の会』を描いたもの。『鴻門の会』は、明時代の様々な小説本や戯曲本に挿し絵付きで取り上げられており、「その挿し絵を基にして描かれたのではないか」という仮説の元、様々な文献を調査した結果、ほぼ同じ構図で描かれた本を見つけ出したそうで、学芸員さんの地道な調査の様子がうかがえます。
また同時に展示されていた写真右の壺やフランスのギメ東洋美術館所蔵の壺が同じように中国の故事を描いており、上下の装飾や記された文字から、どうやらシリーズ物だったらしいことまではわかっているそう。まだどこかに同じシリーズの壺が存在するのか、興味をそそられます。
●《染付 出島人物文 輪花皿》 伊万里 江戸時代(19世紀) 口径43.8cm
一見すると外国の風景を描いたもののようですが、作品のタイトルにもあるとおり、この皿に描かれた場所は長崎の出島だそうです。では、なぜ出島を描いたとわかるのか?
ヒントは手前の人物たちと一緒に描かれている道具や旗と、左奥に小さく描かれた日本式の蔵です。これらのものと西洋の人と思われる人物が描かれたことを鑑みて、この絵の舞台は出島であると結論付けることができるそう。全体で捉えるだけでなく、絵の中の細かい部分も一つ一つ丹念に見る、学芸員さんの視点を少しだけ知ることができたような気がしました。
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いかがでしょうか。これだけでもかなり盛りだくさんの内容ですが、実際の解説では文献の名前やヒントの詳細など、具体的なことも教えてもらうことができ、さらに知的好奇心が刺激されてもっと深掘りしたくなる解説でした。
この他にも、図柄だけでなく形にも意味があるものや、よく見るととてもユーモラスな場面のもの、じつは基になった絵とまったく異なる図柄になってしまったものなど、見るだけではわからなかったエピソードや、経年変化した色について、陶磁器の銘(やきものに入れられた作者や窯などを示すしるし)についてなど、陶磁器鑑賞全般に共通する知識もまじえながらの楽しい解説で、あっという間の45分間でした。
『古陶磁にあらわれる「人間模様」』展開催時の第1展示室。渋アートスタッフが心に残ったのは「昔の人はこのお皿をどんな風に使っていたのか、私ならこのお皿に何を飾りたいか、と考えると楽しい」という学芸員さんの言葉。想像するとワクワクしますね。
■魅力と愛が伝わる戸栗美術館の『展示解説』
こうした解説を聞くことで、作品をただ見るだけでは得られない親近感を持つことができること、そして様々な研究や調査が丹念に行われた上で展示されているからこそ、古くから伝わる名品・優品に出会えるのだと実感することができます。
そして何よりも、学芸員さんたちが愛情を持って作品に接していることや、少しでも多くの方に作品の魅力を伝えたいと考えていることがわかり、鑑賞する側も作品により愛着を持てる、そんな時間を過ごすことができました。
戸栗美術館では、展示作品をさらに深掘りするラウンジ&ギャラリー・トークや、展覧会によって古伊万里入門解説や子ども向けの体験イベントが行われることもあり、様々な角度から陶磁器の楽しみ方を教えてもらえます。皆さんもぜひ一度、体験してみてはいかがでしょうか?
◆ ◇ ◆渋アート的視点◆ ◇ ◆
戸栗美術館の展示解説には、前後の時間に余裕を持って参加するのがおすすめ。
【スタッフおすすめの時間配分(計120分)】
1回目の作品鑑賞(約45分)→展示解説(約45分)→2回目の作品鑑賞(約30分)
まずは、解説が始まる前に作品をひととおり鑑賞します。作品に対する第一印象や感想、疑問を持っておくと、展示解説で答え合わせや新しい発見ができることもあり、その驚きや納得をぜひ感じていただきたいです。
そして、展示解説の後に改めて作品を鑑賞すると、最初に見た時とはまったく違う印象を持つこともあります。何も知らずに見る楽しさと、知識を得てから見る楽しさ。その違いをぜひ楽しんでください。
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※本記事は2024年12月の取材に基づいて掲載しており、現在本展覧会は終了しております。最新情報は渋アートサイト、戸栗美術館ホームページ等でご確認ください。
■戸栗美術館の次回展
『千変万化―革新期の古伊万里―』
会期:2025年1月15日(水)~3月30日(日)
会場:戸栗美術館(東京都渋谷区)
次回展では、展示解説、ラウンジ&ギャラリー・トークの他、『古伊万里入門解説』が行われます。
●古伊万里入門解説
古伊万里鑑賞をより楽しむための入門解説です。実際に陶片に触れながら、陶器と磁器の違いや江戸時代の伊万里焼の作り方、様式変遷といった古伊万里の基礎を聞くことができます。当日参加した人だけがもらえる特製資料付き。初めてやきものを鑑賞する方におすすめです。
※このイベントでは、2階ロビー「伊万里焼ができるまで」、第3展示室「江戸時代の伊万里焼―誕生からの変遷―」の解説が行われます。
開催日程:2月24日(月・振休) 14:00~(約45分)※予約不要
参加費:無料(入館券を別途お求めください)
●展示解説『千変万化―革新期の古伊万里―』の見どころ
2階展示室にて、主な出展作品の見どころ解説が行われます。
開催日程:1月25日(土)、3月8日(土) 各日14:00~(約45分)※予約不要
参加費:無料(入館券を別途お求めください)
●ラウンジ&ギャラリー・トーク『17世紀中期の伊万里焼と技術革新』
展覧会担当学芸員さんによる詳しい解説や関連する情報をたっぷり聞くことができる120分。前半は1階ラウンジにて、17世紀中期の伊万里焼における技術革新の様相についてのお話しを、後半は2階展示室にて展覧会の展示解説を聞くことができます。
開催日程:3月3日(月) 14:00~(約120分)※要事前予約、当日は予約者のみ入館可能
定員:先着30名
参加費:一般1,500円(税込)/年間パスポート会員1,200円(税込)(入館券を別途お求めください)
予約受付開始:1月15日(水)10:00~
予約方法などの詳細は、戸栗美術館ホームページをご確認ください。
https://www.toguri-museum.or.jp/ ※外部サイトに遷移します
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