2024.05.26 UP
渋アートと巡る ── 戸栗美術館
渋谷周辺の日本美術を楽しめる美術館や文化施設を、様々な角度からご紹介するシリーズ。
第2回は、日本でも数少ない陶磁器専門の美術館「戸栗美術館」の魅力に迫ります。
鍋島焼と伊万里焼の宝庫・戸栗美術館へ
戸栗美術館のロゴは、代表作に長崎平和記念像がある彫刻家、北村西望によるもの。入口の扉の取っ手や、入ってすぐの季節ごとのしつらえも要チェックです。
来館者をリラックスさせるレトロなラウンジ
渋谷駅から歩いて15分ほど。都内有数の高級住宅地、渋谷区松濤の坂道を上っていくと、やきもののタイルで覆われた建物が見えてきます。こちらが、今回お邪魔した戸栗美術館。佐賀、鍋島家のお屋敷跡に建つ同館は、日本でも数少ない、東洋陶磁器専門の美術館です。
見るからに頑丈そうな建物は、大事なコレクションを守るため、創設者の戸栗亨氏が「500年もつように」と業者に注文して建てられたのだとか。事実、1987年の開館以来、どんな大きな地震にあっても、展示中の作品に被害はなかったということです。
この堅牢な建物の中に入って、まず印象に残るのが、クラシック・ホテルのロビーのような重厚感あふれるラウンジです。大きなガラス窓の向こうには、緑豊かな庭が広がっており、春はしだれ桜、秋は紅葉と、四季折々の植物が楽しめるのだとか。また鍋島藩ゆかりの大砲や、九州の豊穣の神様である「田の神様」の石像など、庭に置かれたものも珍しく、来館者の興味を惹きつけます。
初心者に優しい、やきもの展示
このラウンジから、優雅に弧を描く階段を上がると、そこにあるのが展示フロア。同館コレクションの二本柱である、佐賀鍋島藩から徳川将軍への献上品としてつくられはじめた鍋島焼と、有田の民窯で焼成され伊万里の港から国内外に出荷された伊万里焼、ここに中国や朝鮮の陶磁器を合せた収蔵品約7,000点から厳選された作品が、年に4回ほどの展覧会の企画に合せて、このフロアで紹介されています。
■色絵 菊牡丹文 壺 伊万里 江戸時代(17世紀末~18世紀前半) 戸栗美術館所蔵
建築業で財をなした戸栗亨氏は、もともと戦後の社会環境の変化を目の当たりにして一念発起、後世に遺すために生活に根差した「古民具」を収集していました。その後、信頼のおける美術商との出会いもあり、陶磁器の魅力に惹かれていったそうです。「用の美」を志向していたため、陶磁器に古民具と通じるものがあったのでは、とのこと。コレクション公開の思いは強く、収集品の質には大変こだわったそう。
重厚な雰囲気が漂う展示室。展示ケースの前には幅の広い手すりがあるため、身体を支えながら作品をじっくりと鑑賞することができます。
展示室内の免震ケースは地震の際にはケースごと動くことで、作品への影響を軽減させます。作品を止めるテグスは、ただ強く縛ればよいのではなく、器の形や厚さなどで変わるそう。スタッフのみなさんは「ひとつひとつの作品の声を聞きながら」負担の少ない方法で展示しているのだとか。こういった視点で作品鑑賞をしてみると、また違った一面が見えてくるのではないでしょうか。
今回渋アートで取材させていただいたのは、現在も開催中の「鍋島と金襴手―繰り返しの美―展」(2024年4月17日(水)~6月30日(日))。階段を上がってすぐのところにある、小さな特別展示室では、展覧会への導入部として、鍋島焼と伊万里焼の優品を紹介。将軍などへの贈答品として格調高くきっちりとつくられた鍋島焼と、国内外で楽しまれたきらびやかな金襴手様式の伊万里焼のそれぞれの器の個性とともに、「宝尽くし」など同じモチーフを表現した時の両者の違いなども見比べることができました。
左)■色絵 壽字宝尽文 八角皿 鍋島 江戸時代(17世紀末~18世紀初)
右)■色絵 壽字吉祥文 鉢 伊万里 江戸時代(17世紀末~18世紀初)
いずれも戸栗美術館所蔵
■色絵 桜霞文 皿 鍋島 江戸時代(17世紀末~18世紀初) 戸栗美術館所蔵
同じ文様に見えますが、じっくり見るとモチーフの位置や配色が異なっています。
その次の第一展示室では鍋島焼を、第二展示室では金襴手を本格的に紹介。植物や霊獣、吉祥文など、繰り返される様々なモチーフや文様に焦点を当てた多様な表現が展示されていました。
■色絵 波牡丹文 皿 鍋島 江戸時代(17世紀末~18世紀初) 戸栗美術館所蔵
絵画のように器の文様や図柄を楽しむのも鑑賞の楽しみのひとつ。
戸栗美術館の展示で嬉しいのは、作品に添えられた解説がとてもわかりやすく丁寧であること。また鏡などを使って、器の背面や底面など、通常の展示では見えないところをしっかり見せてくれるのもポイントです。展覧会によっては、作品をゆっくりと回しながら見せる回転台を使った展示などもあり、陶磁器の美術館ならではの工夫を、随所に見ることができるでしょう。
■色絵 草花丸文 鉢 伊万里 江戸時代(享保壬寅銘・1722年) 戸栗美術館所蔵
■染付 水仙文 皿 鍋島 江戸時代(19世紀中期) 戸栗美術館所蔵
作品をより深く楽しめる展示の工夫がいっぱいです。
学芸員の小西麻美さんによると、やきものは図柄やかたちを楽しむのはもちろんのこと、実際にはどのように使用されていたか、また自分ならどんな風に使いたいかなどを想像しながら見るのも面白いとのこと。
実際、海外輸出向けに作られた柿右衛門様式のお皿などは、意外にもフランス料理との相性が良いのだとか。色味を抑えた鍋島焼は、定番の魚の煮付けなどのほか、和風パスタなどもいけそうです。
■色絵 唐花文 猪口 鍋島 江戸時代(17世紀末~18世紀初) 戸栗美術館所蔵
また、美術館では、伊万里焼の歴史や、肥前磁器の製作工程を、できるだけ紹介するようにしているそう。今回は2階の第三展示室で『江戸時代の伊万里焼―誕生からの変遷―』を、1階の「やきもの展示室」で、模型を使い、全て分業制で行われていた『鍋島焼・伊万里焼ができるまで』を紹介しています。これはやきもの初心者はもちろん、やきもの好きな人にも興味深いことでしょう。
■染付 竹虎文 捻花皿 伊万里 江戸時代(17 世紀中期) 戸栗美術館所蔵
創設者の戸栗亨氏は寅年生まれ。そのため、虎が描かれたやきものが大好きで、多く収集していたそう。美術館開館の際にはこの作品の虎文様をシンボルマークに選びました。
少数精鋭、アイデア満載のミュージアムグッズ
ラウンジ手前ではミュージアムグッズも販売しています。ペーパークリップやメッセージカードなど、収蔵品を元にデザインされるグッズや、和三盆などお菓子のパッケージデザインなどは、美術館スタッフが直接アイデアを出し合い、時にはハンドメイドでつくっているというから驚きました。展覧会の展示パネルを冊子にしたパネル資料集も好評で、会期が終わるとAmazon Kindleでも購入できます。美術館の出版物が電子版になっているのは珍しいですね。また美術館と縁のある現代作家さんがつくった小皿なども販売されています。美術館推しの作家作品を日常的に使う生活なんて、なんとも贅沢。なんだかワクワクしてしまいますね。戸栗美術館にご来館の際は、ぜひチェックしてください。
左)右の作品の文様を元にパッケージデザインをした「戸栗美術館 伊万里・鍋島文様わさんぼん」
右)■色絵 毘沙門亀甲文 皿 鍋島 江戸時代(17世紀末~18世紀初) 戸栗美術館所蔵
◆◇◆渋アート的視点◆◇◆
創設者・戸栗亨氏のコレクションを公開するために設立された戸栗美術館では「日本独自の生活様式や文化を後世に伝えたい」という氏の強い思いが今も息づいています。同館のコレクションは同館でしか見られないのも貴重です。
2024年4月訪問
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取材・文/木谷節子
アートライター。「ぴあ」「THE RAKE」などをはじめとする雑誌、ムック、 情報サイトで、アートや展覧会に関する記事を執筆。近年は「朝日カルチャーセンター千葉」で絵画講師としても活動中。
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[展覧会情報]
2025年1月15日(水)~3月30日(日)
『千変万化―革新期の古伊万里―』
[戸栗美術館 最新情報]
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