渋アート

知る・読む

2024.08.12 UP

施設の魅力

渋アートと巡る ── 太田記念美術館

渋谷周辺の日本美術を楽しめる美術館や文化施設を、様々な角度からご紹介するシリーズ。
今回は、親しみやすい企画で人々を魅了、浮世絵を専門に紹介する「太田記念美術館」の魅力に迫ります。

 


賑やかな表参道に広がる和の空間

原宿、表参道口より徒歩5分。賑やかな表参道の通りを一本入ったところに建つ太田記念美術館は、1980年(昭和55年)に設立された浮世絵専門のミュージアムです。

東京メトロ明治神宮前駅から表参道をJR原宿駅方向に進むと見える看板には、開催中の展覧会ポスターが掲出されていますので路地を入る際に目印になります。大々的に宣伝しているわけでもないのに、昔から外国からの来館者が多いとか。
 

こじんまりとした展示室は、浮世絵の細かな部分もじっくり見られるように、作品と観客との距離が近いのが特徴。一階展示室の中央には石灯籠や砂紋がほどこされた小さな枯山水風の庭園があり、和風の邸宅にお邪魔したかのような感覚に陥ります。
 


ここから階段を上ったところに広がる二階展示室は、壁面の展示スペースに加えて、吹き抜け部分を囲むように展示ケースがしつらえられた珍しい造りに。フロアをまわりながら、壁面と展示ケース、二重の展示を楽しめるので、規模は小さいながらも見応えは抜群。ひとつの美術展につき通常、70~80点の浮世絵が展示されているということで、それらを解説文とともに丁寧に鑑賞すれば、大きな満足度が得られること間違いなしです。
 

 

今も成長し続ける、充実の浮世絵コレクション

太田記念美術館は、戦前の実業家、五代太田清藏(1893~1977)の浮世絵コレクションを広く公開するために設立されました。五代清藏は、若い頃に外遊した欧米諸国の美術館で浮世絵が高く評価されていることを知り、本格的な浮世絵の収集に乗り出します。当時の昭和の財閥たちが江戸時代の武家や明治の偉人たちの美意識にならって仏教美術や茶道具などを収集するなか、浮世絵のような庶民の美術を集めることはとても珍しいことでした。

日本人の中ではいち早く収集に着手したこともあり、五代太田清藏の浮世絵コレクションは、版画から1点ものの肉筆画まで多岐に渡ります。太田清藏が集めた約12000点の作品で、浮世絵の始まりから終りまで、浮世絵史を十分に追える、体系的な内容になっているのも特徴です。

近年は20~30代の来館者が増えているという太田記念美術館。彼らにとって浮世絵は、古い時代の美術というより、かわいく、面白く、かっこ良い絵として、ニュートラルに楽しんでいる印象が強いとのこと。

 

 

擬人化された猫たちの作品はどこかユーモラス。美人画は髪の毛の一本一本まで美しい。違ったジャンルを描いた浮世絵を多数観られるのが魅力。

 

そんな日本有数のコレクションを誇る太田記念美術館ですが、現在でも浮世絵の収集は行われています。とくに力を入れているのが、五代清藏の頃には評価が低かったにもかかわらず、近年人気がうなぎ登りになっているジャンル。まさに現在開催中の『浮世絵お化け屋敷』のテーマである、妖怪や幽霊、お化けの世界がそれで、本展でも出品作品の2割ほどが新収蔵品となっています。過去に同館で同様の浮世絵展を見た人も、新たなお化けに出会えること請け合いです。

また愛猫家だった歌川国芳の猫に代表されるような、かわいらしい動物の浮世絵なども同館が収集に力を入れている分野だそう。現在約15000点に及ぶ太田記念美術館のコレクションは、五代清藏のコレクションを補完するかたちで、これからも成長し続けることでしょう。

■歌川芳員『将軍太郎良門蟇ノ術ヲ以て相馬の内裏を顕し亡父の栄花を見せ父のあだをほふぜんと士卒をはけまし軍評定の図』 嘉永5年(1852)3月
たくさんの蝦蟇が集まって一匹の蝦蟇に…一番下の蝦蟇がつぶされているように見えるのが何だかかわいらしい。

 

■歌川芳員『大物浦難風之図』 万延元年(1860)6月
源義経を平家の亡霊が襲うシーン。波の上には怨霊となった平知盛の姿が描かれています。迫力ある大波が顔や手に見えます。

 

■豊原国周『形見草四谷怪談』 明治17年(1884)10月
歌舞伎でも人気の『東海道四谷怪談』の一場面で早変わりの手法として有名な「戸板返し」の演出を紙上で再現した作品。両面をぜひ美術館でご確認ください。

 

■葛飾北斎『「北斎漫画」三編』 文化12年(1815)4月
右下、愁いを帯びた表情で膝を抱えているように見える河童に心を惹かれます。

 

積極的なデジタル発信でファンの心を鷲づかみ

コレクションを幅広い人々に見てもらうために、太田美術館は様々な切り口から作品を発信しています。たとえばX(旧ツイッター)では、夏には、江戸時代のおいしそうなカットスイカ、ハロウィンの頃には江戸時代版ジャック・オー・ランタンなど、今と変わらぬ風習や興味深い絵を、作品をよく知る学芸員さんが直接解説をつけて紹介してくれています。


また実際の展覧会で展示した作品の画像と解説文をネット上で有料配信するオンライン展覧会も画期的。コロナ禍に始まったこのシステムは、遠方にお住まいなどで実際に美術館に来ることのできない人へ向けた、実験的な試みです。さらに、全ての展覧会に図録を作っていないこともあり、アーカイブ的な目的も担っているそうです。

 

何が描かれているのか? はもちろん、どう作られたのか? にも思いを馳せて

最後に太田記念美術館の主席学芸員・日野原健司さんに、浮世絵の通な楽しみ方を聞くと、「浮世絵が木版画であることを意識して見ると良いでは?」というお答えをいただきました。浮世絵というと、つい、葛飾北斎や歌川広重など、浮世絵師が描いた絵や構図に意識が向きがちですが、彼らの表現を支えたのは、彫師や摺師の驚くべき技術です。

■歌川国芳『源頼光公舘土蜘作妖怪図』 天保13-14年(1842-43)
浮世絵の顔料はとても繊細。作品保存の観点から長期間の展示が難しく、展示替えを頻繁に行うため、1年に8本ほどの展覧会が開催されます。そのなかには、きっと「気になる」展覧会がみつかるはず。展覧会によっては、会期中2回目以降の鑑賞が半券提示で割引になる嬉しいサービスもあります。

 

髪の毛や着物の柄など、細かい線であらわされた部分は、線の部分を残して周りを丁寧に彫っていく彫師の緻密な仕事に裏打ちされていますし、摺りの方では、何色もの色をピタリと重ねて摺る技術に加えて、コスト削減のために、少ない色数で作品を華やかに見せる工夫も、摺師の捥のみせどころだったのだとか。よく見ると、1枚の浮世絵の中に同じ色がいくつも使われているそうなので、これと同じ色はどこで使用されているのか? といった見方をすると、配色に関して様々な発見ができるかもしれません。
これほどハイクオリティな作品を、一般庶民が気軽に購入できた江戸時代は、とても贅沢で豊かな時代だったのだと、あらためて感動することでしょう。

  

左)歌川国政(四代)『しん板猫のそばや』は擬人化されたネコでごった返す蕎麦屋を描いた賑やかな作品ですが、その中から店員のネコに蕎麦の入ったせいろをひっくり返されて慌てるネコがアクリルスタンドに。ネコ好きな方へのお土産にいかがでしょうか。
右)歌川芳虎『家内安全ヲ守 十二支之図』で描かれた、からだに十二支すべての特徴を備えた不思議な動物がかわいいマスコットに。この干支飾りなら毎年使えます。

 


◆◇◆渋アート的視点◆◇◆

昨年は『広重おじさん図譜』『江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし』と言った展覧会が開催されたように、太田記念美術館は老舗美術館であるにもかかわらず、浮世絵を身近に感じさせてくれる斬新な展覧会を数多く開催しています。ぜひこまめに情報をチェックして、楽しくて新しい浮世絵体験をしてください。

2024年7月訪問

・ ・ ・ ・ ・

取材・文/木谷節子
アートライター。「ぴあ」「THE RAKE」などをはじめとする雑誌、ムック、 情報サイトで、アートや展覧会に関する記事を執筆。近年は「朝日カルチャーセンター千葉」で絵画講師としても活動中。

・ ・ ・ ・ ・

[展覧会情報]
2025年4月3日(木)~5月25日(日)
『没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園』

[太田記念美術館 最新情報]
太田記念美術館ホームページ
(外部サイトに遷移します)

\ 太田記念美術館周辺を歩いてみませんか? /
文化が薫るまち歩き -太田記念美術館編-〈原宿・神宮前エリア〉は こちら>