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2025.04.25 UP

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渋アート施設おすすめ周遊プラン-東洋と西洋の磁器の魅力を堪能 2
学芸員さんが語る、鑑賞のポイント

比較的近い距離に点在する渋アート連携施設。ひとつの展覧会に足を運んだのなら、施設を周遊して、さまざまなアートに触れてみませんか。

戸栗美術館で開催中の「西洋帰りのIMARI展―柿右衛門・金襴手・染付―」(以下、「IMARI展」)と、渋谷区立松濤美術館(以下、松濤美術館)で開催中の「妃たちのオーダーメイド セーヴル フランス宮廷の磁器 マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯」(以下、「セーヴル展」)は、ともに磁器をテーマにした展覧会です。今回はお互いの展覧会を鑑賞しあった担当学芸員さんお二人のお話を交えながら、両方鑑賞すると更に楽しめるポイントをご紹介します。

*前回の記事はこちら
『渋アート施設おすすめ周遊プラン-東洋と西洋の磁器の魅力を堪能』

 

 

■陶磁器作品の名前とは?
漢字が並ぶ陶磁器の作品名。基本的には、技法、文様、形状、種類の順に要素を並べて名前が付けられます。専門用語が多い陶磁器ですが、両展覧会では初めての方にもわかりやすい展示の工夫がなされています。

大平奈緒子さん(以下、松濤・大平さん/松濤美術館「セーヴル展」担当学芸員)
「今回の「セーヴル展」では、日本のやきもののように名前が付けられています。一番最初が地の色、その後に技法、文様、種類の順番です。伊万里とセーヴルの作品名を見比べてみるのも面白いかもしれません」

黒沢愛さん(以下、戸栗・黒沢さん/戸栗美術館「IMARI展」担当学芸員)
「「IMARI展」の副題の『柿右衛門・金襴手・染付』は、伊万里焼の絵付け技法と様式の名前です。今回は特別展示室にてこれらの解説をしていますので、やきものをあまり見慣れていない方はぜひご覧ください」

松濤美術館「セーヴル展」より
《青地色絵金彩花果文皿》1776-83年 個人蔵/マンチェスター公爵へ贈答されたデザートサーヴィスのコンポート皿。ブルー・セレスト(天青色)と称されるセーヴル窯の軟質磁器特有の色。初期にはこの色が「王の青」と呼ばれました。作品名は「青地に、色(複数)と金で彩られた、花と果実の文様が入っている、皿」という意味になります。


 

■伊万里とセーヴル 共通点や違いはどこに?
東洋磁器に憧れて、磁器を開発していった西洋。両展覧会では遠く離れた東西の磁器に、似たような文様や色、形が見られることを確認できます。文様のモチーフは、風景や花、鳥など、共通していますが、セーヴルの描写はとても写実的です。

松濤・大平さん
「セーヴルは一点ものが多く、誰が注文したのかが記録に残っていることも多いです。また、器の裏面のバックスタンプを見ると、絵付師のマークが入っていることもあり、絵付師の氏名が特定できる場合が比較的多いです。一流の絵付師によって文様が描かれたのも王立製作所ならではだと思います」

松濤美術館「セーヴル展」より
《淡褐地色絵金彩「セロリの葉をした薔薇図」皿》1821年 個人蔵/マリー=アントワネットとジョゼフィーヌが庇護した花の画家P. J. ルドゥーテが出版した『薔薇図譜』をもとに製作した薔薇のサーヴィス。本作はジョゼフィーヌのバラ園にあった、失われた稀有な品種を描いたもの。絵付けをした人物の名も残っています。


戸栗・黒沢さん
「伊万里は硬質磁器のため、軟質というものがありませんが、セーヴルは時代で軟質と硬質がわかれるのですか?」

松濤・大平さん
「基本的にセーヴルは、フランス革命までが軟質磁器、革命後が硬質磁器と言われますが、そうとも限らず、同時代の同種類のものでも軟質と硬質が混ざっていることもあります。硬質磁器は丈夫で生産効率も良いのですが、軟質磁器はその風合いの柔らかさや色彩の豊かさが人気で、並行して製作されていました」

戸栗・黒沢さん
「セーヴルは金の使い方がとても贅沢ですね」

松濤・大平さん
「たっぷり使われていますね。比べてみるとわかるのですが、セーヴルの金は、軟質磁器では盛り上がりがしっかりしていて、硬質磁器ではどことなくスッキリして見えます。全体的にぽってりした感じがするのが軟質磁器の特徴で、そのようなところも硬質磁器が作られるようになっても軟質磁器が好まれた点ではないでしょうか」

戸栗・黒沢さん
「セーヴルは色数が多いですね。伊万里は色数が限られていて、金襴手の場合は赤、青、金の三色しか使われていないものもあります。セーヴルに見られるパステルカラーのような色は18世紀までの伊万里では見られないですね」

松濤・大平さん
「セーヴルは、伊万里やマイセンのような硬質磁器を作れなかったおかげで、軟質磁器を工夫し特有の色を作り出せたのだと思います。また、背景にあるロココ美術(室内装飾)に合わせた、新しい、フランス宮廷文化らしい色彩を創り出すことに全力投球しましたので、そういった所も間近でじっくりと見ていただきたいですね」


 

■西洋が憧れた白磁とは?
「IMARI展」では、文様モチーフが西洋磁器にも使われた例として、マイセン窯の作品も一緒に展示されています。セーヴル窯と名称が変わる前のヴァンセンヌ窯時代は、マイセンの作品をお手本に作られていたこともあり、伊万里はマイセンを経由してセーヴルに繋がっていたともいえます。伊万里とマイセンが並ぶ様子は、どちらも日本のやきもののように見えますが、黒沢さんによると「同じ白ではあるが、マイセンの方がより白いように感じる」とのこと。憧れの伊万里の白を目指して作られた、マイセンの白。ぜひその目でご覧ください。

戸栗美術館「IMARI展」より
色絵 梅竹粟鶉文 皿 伊万里(柿右衛門様式) 江戸時代(17世紀後半)口径15.1㎝ 戸栗美術館収蔵

 

戸栗美術館「IMARI展」より
色絵 梅鶉文 八角鉢 ドイツ・マイセン 18世紀前半 口径17.5㎝ 戸栗美術館収蔵
梅に鶉の意匠はドイツ・マイセンをはじめヨーロッパ磁器で盛んに取り入れられました。


 

■どのように使われていたのか? 展示にまつわる工夫とは
「セーヴル展」で展示されている金属装飾が施された飾り壺やカップ。実際に使われていたものが美しく展示されています。通常、陶磁器などの立体作品を展示する際は転倒防止のためにテグスで止めることが多いのですが、「セーヴル展」では、作品に集中できるよう、できるだけテグスを使わずに固定しているとのこと。また「IMARI展」では、海を渡った伊万里が西洋文化に合わせて加工された跡を残す作品も見ることができます。

戸栗・黒沢さん
「当館にあるものは金属加工が外されているのですが、西洋で加工されたような痕跡も見て楽しんでいただけたらと思います」

松濤・大平さん
「実際にどのように使われていたか、というのがわかるのは大切ですね」

戸栗・黒沢さん
「今回は大型の作品を、西洋の磁器陳列室の雰囲気をイメージして、中央に沈香壺を配置し、左右対称に磁器を並べた展示ケースもあります」

松濤・大平さん
「西洋の配置方法も独特ですね。「セーヴル展」では、大きな壺とその台座(*1)を展示しているのですが、台座に固定するために円筒形のものに壺をはめ込むようになっています。底が抜けているので、壺としては使えません。飾るため、魅せるためにつくられているのだと実感しました」

戸栗・黒沢さん
「まさに室内調度品ですね。伊万里も技術が向上し、大型品の注文に対応するようになるのですが、職人の腕の長さや窯の大きさなど、作ることができる大きさには限界があります。そのため、高さを演出するために蓋に大きな置物を飾りつけるなど、工夫した様子もみられます」

(*1)青地白花蘭図大壺一対
 松濤美術館第2展示室でご覧いただけます。 

 

 

■伊万里とセーヴル、どちらから観る?
やきものの歴史に沿って鑑賞するなら、「セーヴル展」より100年ほど前の時代にあたる「IMARI展」からがおススメですが、イメージする西洋磁器が並ぶ「セーヴル展」から鑑賞して「IMARI展」へと、時代を遡るのも新たな発見があります。
渋アートスタッフは「セーヴル展」→「IMARI展」の順に鑑賞しましたが、「IMARI展」を観終わったあとは、東洋磁器に憧れた西洋の人々の想いが結実していった作品を確認しに再度「セーヴル展」を観に行きたくなりました。
2つの展覧会を通して、海を越えて美を追求した人々の交流に想いを馳せてみてはいかがでしょうか。

最後に今回お話を伺ったお二人からのメッセージをお届けします。

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●黒沢愛さん(戸栗美術館 「IMARI展」担当学芸員)

江戸時代、伊万里焼はオランダ東インド会社を通じて1660年代頃から本格的にヨーロッパへ向けて輸出されはじめますが、約100年後の1757年には同社による公式貿易は終了してしまいます。その背景としては中国との価格競争もありますが、ヨーロッパで多くの磁器窯が花開いたことも見過ごせません。ドイツのマイセン、そしてフランスのセーヴルはその代表と言えるでしょう。松濤美術館にて拝見できるセーヴル磁器の数々からは、東洋磁器への憧れからはじまった西洋磁器が急速に発展し、完成されていく様子がうかがえます。今回は、2つの展覧会を通じて東西の歴史の流れが繋がって、より深く東洋と西洋の磁器をご覧いただける好機と思います。

ところで、江戸時代に輸出された伊万里焼には、ヨーロッパで金属装飾を施される例が少なくありません。ただ、金属装飾が付いたままの伊万里焼は残念ながら当館には収蔵されておらず、磁器と金属装飾のコラボレーションをどのように展示としてお見せするか苦心しました。そのため、松濤美術館で金属装飾付きの飾り壺(※2)が展観されているのを発見した時には、素晴らしいご案内先があったと内心手を合わせました。ぜひ両方の展覧会をお楽しみいただければ幸いです。

(※2)瑠璃地金彩飾り壺
 ポプリポットを兼ねた飾り壺。松濤美術館第2展示室でご覧いただけます。

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●大平奈緒子さん(松濤美術館 「セーヴル展」担当学芸員)

戸栗美術館の「西洋帰りのIMARI展」を拝見して、ヨーロッパの人々がどのような磁器に憧れ、求めていたかがよくわかりました。17~18世紀頃は特に、ヨーロッパでは磁器は非常に貴重で高価なものとして取り引きされており、作品やエピソードからは彼らの執念のようなものを見ることができます。セーヴル展とあわせてご覧いただくと、注文や製作に関わった人々、そして後の時代に蒐集した人々の、磁器に懸ける思いもいっそう強く感じていただけるのではないでしょうか。それは実際のモノを見ることができる展覧会ならではです。特に陶磁器類のサイズ感や質感は、実物を見ないと分からないと個人的に常々思っていることで、会場でご覧いただきましたら、画像からの印象と全く違うという驚きもあるかと思います。

今回ご紹介している展覧会で展示している磁器は、うつわや室内装飾品として、基本的に使うことを想定して作られたものです。どのように使われていたのかと思いを馳せ、もし自分の手元に置くならどれがいいかと考えるのも面白いかもしれません。
2つの展覧会を続けて見て、東洋磁器と西洋磁器、それぞれの良さを再確認することもできました。「IMARI」と「セーヴル」を一度にご覧いただけるこの機会に、ぜひ2館あわせてお越しください。

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松濤美術館「セーヴル展」は6月8日(日)、戸栗美術館「IMARI展」は6月29日(日)まで開催しています。東西の陶磁器に一度に触れられるこの機会をどうぞお見逃しなく。

6月8日(日)まで開催 松濤美術館「妃たちのオーダーメイド セーヴル フランス宮廷の磁器 マダム・ポンパドゥール、マリー=アントワネット、マリー=ルイーズの愛した名窯」の詳細はこちら
※会場にて本展の図録販売あり

6月29日(日)まで開催 戸栗美術館「西洋帰りのIMARI展―柿右衛門・金襴手・染付―」の詳細はこちら
※会場にて本展のパネル資料集販売あり


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