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2025.10.09 UP

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みる・まなぶ・ふかめる―渋谷区立松濤美術館・館内建築ツアー―

美術館や博物館では、展覧会と合わせて楽しめるイベントがたくさん開催されています。初めての方でも気軽に足を運べるイベントもあり、参加することで興味や知識が広がって、より深い鑑賞体験を味わえるでしょう。

このシリーズでは、渋アート連携施設で開催されるイベントを、実際に渋アートスタッフが体験取材し、ご紹介します。

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今回、体験取材で訪れたのは、渋谷区立松濤美術館(以下、松濤美術館)。
特別展会期中の毎週金曜日の18:00から開催されている「館内建築ツアー」に参加しました。

渋谷区立松濤美術館「館内建築ツアー」の様子。学芸員さんのガイドで、各スポットをめぐります。


閑静な住宅街に佇む松濤美術館は、渋谷駅から徒歩圏内にあるとは思えないほど、心落ち着けるスポットです。まるでヨーロッパの城のような、石造りの外観が印象的です。

美術館を設計したのは、日本の近代建築に多大な影響を与えた白井晟一(しらい・せいいち/1905-1983)。ドイツで哲学を学び、独学で建築家になったという、珍しい経歴を持っています。彼が活躍した当時、日本ではモダニズムが大きなムーブメントでしたが、流行とは一線を画す、独創性に富んだ作品を作り続けました。

そんな白井晟一のこだわりに触れられるのが、入館者は無料で参加できる「館内建築ツアー」です。
学芸員さんのガイドで各スポットを回り、およそ40分かけて、見どころをたっぷりと聞くことができます。
展覧会の入館料だけで楽しめるので、展示とツアーの両方を味わえるのが魅力です。

 

◼︎初めての方も気軽に楽しめるツアー

 今回の「館内建築ツアー」を担当した学芸員の木原天彦さん


ツアー開始のアナウンスが流れると、続々とお客様が集まり、まもなく定員の20名に達しました。学芸員さんが、親しみやすい口調で楽しく案内してくださるのが、人気の理由のひとつ。分かりやすく教えてもらえるので、「建築についてあまり知らないけど大丈夫かな」という方も、安心して参加できますよ。

事前の申し込みが不要で、当日ふらりと立ち寄れるのも嬉しいポイントです。この日は、お一人でお越しの方もいれば、お友達と一緒の方もいらっしゃいました。どなたでも気兼ねなく体験できるので、初めての参加者も多いそうです。

 

◼︎こだわりの設計に目を見張る!新しい発見に満ちた解説

松濤美術館の外観。この日は、建物全体を眺めるところからスタートしました。


今回ガイドを担当したのは、学芸員の木原天彦さん。「建築のこだわりに注目すると、白井晟一の思想が見えてきます」と語り、設計者が何を考えていたのかにフォーカスして説明されました。

 

美術館の外観について、木原さんが見どころを解説。みなさん興味津々で聞き入っていました。


松濤美術館は、建物全体に、オーダーメイドの建材や天然の石が使われています。外壁の花崗岩もそのひとつで、白井自らが、韓国・ソウルの石切場を訪れて選定したそうです。
さらに、木原さんが着目したのは、美術館の外壁に設置された、こちらの蛇口。

上部に、ラテン語で「清らかな泉」と記されています。左の側面には、設計者自らが刻んだ”SIRAI”というサインが。


「この蛇口はブロンズ製ですが、初めに粘土で造形し、石膏で型を取って作られています。つまり、設計した白井の手の痕跡が、はっきりと残されているんです」

通常、建築家が手を加えるのは図面を引くところまでですが、彼は頻繁に現場に足を運び、細部までこだわりました。自身の手で創造する、芸術家としての精神が感じられるエピソードです。
外壁に注目するだけでも、竣工当時のさまざまな物語を聞くことができました。

そして、各部屋をめぐる中でひときわ盛り上がったのが、2階の展示室。

「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s」2階展示室の様子。大きなソファがあり、リラックスした雰囲気に包まれた空間です。(画像提供:渋谷区立松濤美術館)


「この壁は、一見コンクリートのように思えますが、実は、上質なベルベットが一面に張られています」という木原さんの解説を聞いて、会場から驚きの声が上がりました。パッと見るだけでは気づけなかった、設計の奥深さを感じた瞬間でした。

「床に絨毯を敷き、壁にベルベットを使っているので、音が吸収される空間になっています。建築の楽しみ方は様々ですが、音に注意を向けてみるのもおすすめですよ」と、鑑賞のポイントも説明してくれました。

 

館長室の中を垣間見る参加者のみなさん。どのような部屋なのか、期待が高まります。ぜひツアーに参加して、実際に見てみてくださいね。


最後に訪れたのは、通常は非公開となっている館長室。このツアーでは、特別に部屋の様子を垣間見ることができます。

とても豪華で、まさに館長室にふさわしい部屋だと感じましたが、もともとは、美術館スタッフや来客のための会議室として使われていたそうです。
「館長室はもちろん、美術館全体がラグジュアリーな空間ですが、誰か一人に向けて作られたのではないという点がポイントです。白井晟一の根底に、みんなで豊かさを分け合うという思想があったからこそ、当館の建築が生まれたのだと考えています」と木原さんが締めくくりました。

設計者の思想にじっくりと触れる、たくさんの発見に満ちたツアーでした。何度も参加すると、また新しい気づきに出会うことができそうです。

松濤美術館の建築について、さらに詳しく知りたい方は、こちらの記事で解説していますので、ぜひご覧ください。

 

◼︎建築との対話から見えてくる白井晟一の思想

松濤美術館の設計について話す木原さん


今回の「館内建築ツアー」で、建物の特徴をやさしく読み解き、白井晟一の思想を伝えてくださった木原さん。このイベントの魅力について、お話を伺いました。

「ツアーを通して、当館を知るきっかけをつくり、より多くの方に楽しんでいただきたいと考えています。また、美術館スタッフにとっても、この建築を再認識する機会になっているんです」

 

現在開催中の「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s」展を担当する木原さんは、天井に近い部分まで作品を設置する計画を考えました。

「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s」地下1階展示室の様子。空間の上部にも作品が展示されており、ダイナミックな書の世界に引き込まれます。(画像提供:渋谷区立松濤美術館)


「もともと壁の上部にレールがあるので、このような展示方法を想定して設計されたのではないかと気づきました。白井晟一や関わった人々が考えていたことを発掘し、色々な使い方を発見していくのが大事だと感じますね」

美術館の建物から常にインスピレーションを受けていると話してくださいました。学芸員さんの日々の発見が、展覧会やツアーに反映されているからこそ、何度訪れても新鮮な驚きがあるのだと実感しました。

 

◼︎くり返し訪れても味わい深い「館内建築ツアー」

一人で鑑賞するのとはひと味違う気づきを得られる「館内建築ツアー」。ガイドする学芸員さんは、時期によって交代となるため、案内する方によって切り口が異なるのも楽しみのひとつです。くり返し参加すると、様々な角度から美術館を味わうことができるでしょう。「今日はどんなお話を聞けるかな?」とワクワクしながら、足を運んでみてくださいね。

 

◆ ◇ ◆ 渋アート的視点 ◆ ◇ ◆

「館内建築ツアー」は、金曜日の夜間開館に合わせて開催されています。ツアーと展覧会を一緒に楽しむと、より深い鑑賞体験ができるでしょう。

①展覧会を鑑賞→ツアーに参加

まずは、自分のペースで、美術館や展覧会の雰囲気を味わいたい方におすすめのコースです。ツアーで解説を聞くと、最初に感じた印象と比較したり、新たな発見ができたりと、鑑賞の幅が広がります。

②ツアーに参加→展覧会を鑑賞+改めて建築を観察

ツアーで説明を聞いた後に展覧会を見ると、作品と空間が響き合う様子をさらに楽しめるでしょう。気になるスポットがあれば、イベント終了後に改めて観察できるので、建築をじっくりと学べます。

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●私が見つけた「#渋アート」●

建築の曲線に縁取られた、絵画のような空

 

取材・文:浜田夏実

 

※本記事は2025年9月の取材に基づいて掲載しています。最新情報は渋アートサイト、渋谷区立松濤美術館ホームページ等でご確認ください。

 

■渋谷区立松濤美術館にて現在開催中の展覧会

「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s」


 
「井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s」2階展示室の様子(画像提供:渋谷区立松濤美術館)

前衛的な書の旗手の一人として、国内外で高い評価を受けた井上有一。その代表作と、彼の作品に注目したグラフィックデザイナーたちとの関わりを紐解きます。
独自の表現を極めた書から、ほとばしるエネルギーを体感できる本展。作品と美術館の建築の共演を、ぜひお楽しみください。

会期:開催中~2025年11月3日(月・祝)
会場:渋谷区立松濤美術館

展覧会の見どころや開催概要はこちら >

 

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文化が薫るまち歩き-渋谷区立松濤美術館編-〈神泉・駒場エリア〉