その忙しさから誰もが逃げ出したくなるような調理場で、あるものは苛立ちを隠さず爆発させ、あるものはただ黙々と仕事をこなす。あるものは遠い異国を見て、あるものは近くにあるゴシップで自分を誤魔化す……。『キッチン』の世界は、まさに私たちの世界だった。調理場を学校や会社に置き換えてみればわかる。“私がいなくても、この世界は成り立つのだ”とわかっているのに、いや、むしろわかっているからこそ、その秩序ある世界から逃れることができない。その矛盾した叫びが渦巻く作品だ。
  登場人物33人。年代も人種も様々だから、必ず自分が共感できる人物がいるはずだ。その人物像を役者たちは個々に掘り下げ、体現してみせた。成宮寛貴は苛立ちをストレートにあらわし、この舞台を熱のこもったものにしている。勝地涼、長谷川博己、須賀貴匡ら若手はキラリと光る新鮮な演技で、この物語を現代にぐっと近づける。杉田かおるはスレた女というよりも、結局は男に頼らざるを得ない女性の悲しさを表現。鴻上尚史はおどけた演技で観客を笑わせる。そんななかで高橋洋、大石継太、大川浩樹、鈴木豊ら蜷川作品常連組は、存在感たっぷりに個性を発揮。そして印象的だったのは津嘉山正種、品川徹らのベテラン陣。騒々しい調理場のなかでも、一貫した演技を見せ作品を引き締める役割を果たしていた。
 客席に取り囲まれたキッチンのセットはスタジアムのよう。前方なら迫力のある演技に、そして後方からなら計算しつくされた役者陣の動きが楽しめることだろう。ロビーでは、劇中に登場する“ミネストローネ”と“フルーツフラン”が販売されている。休憩時間にそれを楽しむのもよさそうだ。
text by 山下由美(フリーライター)
photos by 谷古宇正彦


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