2019.05.13 UP
【美術史家 ソフィー・リチャードさんインタビュー】 Vol.2 バレル・コレクションの人気作品
スコットランド、グラスゴー市が誇るバレル・コレクション。その数千点にもおよぶ作品群のなかからフランス絵画を中心に、西洋近代絵画を紹介する本展について、美術史家で作家のソフィー・リチャードさんにうかがいました。
Vol.1のインタビューはこちら
Vol.2 バレル・コレクションの人気作品
Q. 東京展に先立って開催された福岡展で、とても人気のあった作品が、アンリ・ファンタン=ラトゥールの《春の花》でした。
ソフィーさん:大変美しい作品ですね。私は花が左右対称にならず、自然な形に置かれているところがとても好きです。背景の落ち着いた中間色が、全ての花の色やガラスの花瓶の光を際立たせています。ファンタン=ラトゥールは筆を普通に使うだけでなく、反対側の柄の部分で点描するなどして、作品を素晴らしいものに仕上げました。《春の花》では、赤い花の描写に筆の柄で描いたような形跡が見えます。
Q. ファンタン=ラトゥールは、印象派ではないですよね。
ソフィーさん:印象派のメンバーと親しく交流しましたけれども、印象派ではないですね。彼は印象派の画家たちのように光の表現に興味を持っていましたが、最後まで特定のグループに属さず、独自のスタイルを貫きました。
Q. ウジェーヌ・ブーダンの海の絵も魅力的です。ブーダンについて教えていただけますか?
ソフィーさん:《ドーヴィル、波止場》はノルマンディ地方の保養地ドーヴィルの海岸を描いた作品です。この絵の魅力はなんと言っても空と海の表現。海に映り込んだ空や船の複雑な影を、多様なタッチで描きだしています。筆致はとても活気に満ちていて、本当に私たちの目の前を雲が通過していくようです。
Q. 《トゥルーヴィルの海岸の皇后ウジェニー》についてはいかがですか?
ソフィーさん:タイトルから、当時の皇后ウジェニーを描いた作品だとわかりますが、歴史的なメッセージは全くなく、画家は、眼の前で起こっていることを描いているだけ。実際、皇后がこの女性の中の誰であるかを見分けるのは難しいです。私たちの目に最初に飛び込んでくるのは、画面のほとんどを占める大きな青い空、女性たちのドレスの色、そして画面を覆う光。重要なのは視覚的な効果で、ここにみられる明るい色彩と光の描写は、印象派へとつながる新しい試みと言うことができます。
Q. ブーダンはモネの先生ですね。
ソフィーさん:まだ10代のモネとともに絵を描いて、戸外制作の魅力を伝えたのがブーダンですね。彼の作品は、雲がどんどん動いていくところなど、瞬間瞬間のとらえ方が素晴らしい。ものすごい早く筆を動かしながらも、流れる雲や、翻る服などの細かい描写はきちんとしているんです。またどこかノスタルジーを感じさせてくれるのも、ブーダンの作品の魅力だと思います。
Vol.3に続きます。お楽しみに!
ソフィー・リチャード:美術史家、作家
フランス、プロヴァンス生まれ。エコール・ド・ルーヴルを経てパリ大学ソルボンヌ校で美術史を学び、修士号を取得。パリやニューヨークの名門ギャラリーで働いた後、ロンドンに移ってフリーランスの美術史家、翻訳者(仏語、英語)として記事を寄稿、様々な美術展や企画にも関わる。そうした本業の傍ら、10年をかけて日本の美術館や博物館を訪ね歩き、選りすぐりの60館を紹介した初の著作『The art lover’s guide to Japanese museums(美術愛好家のための日本の美術館ガイド)』(邦訳本タイトルは『フランス人がときめいた日本の美術館』2015年)を出版。我が国の文化発信に大きく貢献したとして、平成27年度文化庁長官表彰の文化発信部門で受賞した。
(取材・構成/木谷節子)