ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまでベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで

Topics
トピックス

2018.01.16 UP

【連載】プラハ旅日記 その2
旅人:鈴木芳雄氏

2017年10月、ルドルフ2世が築いた美しい都プラハにて本展のプレスツアーを実施しました。その様子を、雑誌「BRUTUS」元フクヘンの鈴木芳雄氏のレポートでお届けします!


 

川があって、丘があって、その丘には城があって王様が住む。そんな子どもが描いた絵のような街がプラハだ。城を見上げながら、ヴルタヴァ川に架かった橋を渡り、坂道を上がって城に近づく。そこには大聖堂や教会、かつての王宮や宮殿が集まっている。プラハに着き、ホテルから1キロ以上を歩いて(初めての街では歩いて距離感や方角を掴むのがいいと考えている)、プラハ城の聖ヴィート大聖堂に行き、アルフォンス・ムハのステンドグラスを見た。ここまでは前回書いた。その帰途、丘を下る途中にある貴族の館、ロブコヴィッツ宮殿に立寄る。ここにはピーテル・ブリューゲル(父)の《干し草の収穫》があるのだ。(共産主義体制下ではプラハ国立美術館が所蔵していたが現在はロブコヴィッツ家の所有)

 

ブリューゲルが「農民画家」というような言われ方をするのは、四季の農作業や狩猟を題材にしたことによる。そのシリーズはウィーンの美術史美術館やニューヨークのメトロポリタン美術館にそれぞれ収蔵され、人気の作品になっている。ブリューゲルと聞いたら、どのブリューゲルでも(ピーテル[父]、その長男であるピーテル[子]、次男のヤン[父]、さらにその息子であるヤン[子])身を乗り出す自分としては、プラハに来たからには、なにがなんでもこの絵を見なければならない。それは以前読んだ、中野孝次『ブリューゲルへの旅』の中にあった記述が気になっていたからだ。《干し草の収穫》は中野氏にとってはまったくふしぎな絵で、彼にはブリューゲルの絵と信じられなかったという。その理由は、穏やかで平和で、人々は嬉々としていて、自然と人々が幸福な調和をしていたからだというのだ。ウィーン留学中にブリューゲルの絵に出会い、次々にブリューゲル作品を追いかけていた彼が、そこまで意外な感じを持つとはどんな絵なのだろうと気になっていた。
そういう前知識があるからわかったことだろうが、この《干し草の収穫》の中ではブリューゲルの他の絵よりも時間がゆっくり流れている気がした。雪の中の狩りのために何匹も犬を従えていたり、喧嘩をしている人たちがいたり、酒に酔って踊っていたりの絵に比べるとホッとできる絵であった。

 

ブリューゲルの絵には、四季それぞれのハイライトシーン的なものが描かれている。そして、とても映像的である。映像のクリエーターを魅了するのもよくわかる。イランの映画監督アッバス・キアロスタミは遺作となった『24 Frames』(2017年)を《雪中の狩人》(1565年)で始めているし、ソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1972年)でも、その《雪中の狩人》が使われていたことを思い出す。
《干し草の収穫》はプラハで見るしかないとして、「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」には、ピーテル[父]の次男であり、皇帝ルドルフ2世にも気に入られたヤン・ブリューゲル[父]の《陶製の花瓶に生けられた小さな花束》がやってくる。この絵は、ルドルフ2世の弟であるオーストリア大公アルブレヒトと、その妻であるスペイン国王フィリペ2世の娘、イサベルのために描かれたのだという。
チューリップ、ヒヤシンス、バラ、スイセンなど46種類もの花が確認できるそうだ。その上、10種類以上の昆虫や指輪やコインも描かれている。この手の絵で大きな成功を収めたこの画家の面目躍如とも言うべき晴々とした作品である。

 

 

 

さて、ロブコヴィッツ宮殿について、もう少し書いておきたい。ここは絵画のほか、ベートヴェンやモーツァルトの直筆楽譜を所蔵していることでも有名。また、毎日13時からクラシックコンサートが開催されていて、入場券を買うときにコンサート付きか無しかを選ぶ。そうそう、ベラスケスに帰属する画家によるマルガリータ王女の肖像画もある。
マドリードのプラド美術館には何度か行ったし、ベラスケスの展覧会があるというだけで、ロンドンのナショナルギャラリーやパリのグラン・パレにも出かけてしまう僕なのだが、こんなところでマルガリータ王女に会えるとは。「ベラスケスに帰属するとされるマルガリータの王女の肖像画」ではあるが。

 

さて、次回はルーラント・サーフェリーやハンス・フォン・アーヘンといった画家のことを書きたい。彼らの作品が「神聖ローマ帝国皇帝 ルドルフ2世の驚異の世界展」に多く展示されるらしい。彼らの名前は澁澤龍彥『滞欧日記』(河出書房新社 1993年)に出てきて、あらためて気になっていたのだ。

 

▼プラハ旅日記
その1こちら
その3こちら

ペーテル・グルンデル《卓上天文時計》1576-1600年、真鍮、鋼、スコークロステル城、スウェーデン Skokloster Castle, Sweden