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2024.06.21 UP

施設の魅力

渋アートと巡る ── 五島美術館

渋谷周辺の日本美術を楽しめる美術館や文化施設を、様々な角度からご紹介するシリーズ。
今回は、渋谷から少し離れた上野毛の地にある美術館「五島美術館」の魅力に迫ります。

 


 

寝殿造を取り入れた昭和の名建築

photo by Shigeo Ogawa

東急大井町線上野毛駅から閑静な住宅街を5分ほど歩いていくと、趣深い築地塀が見えてきます。その中の約6000坪という広大な敷地に建っているのが五島美術館。東急グループの礎を築いた五島慶太(1882-1959)の古美術コレクションをもとに、昭和35年(1960)に設立されました。国宝5件、重要文化財50件を含む日本・東洋の古美術品約5000件を収蔵する、日本有数の私設美術館です。

門を入ってまず印象的なのが、文化勲章受賞者である建築家・吉田五十八(1894-1974)による美術館の建物です。幅広の廻り縁や深い軒、「蔀戸(しとみど)」をイメージした格子窓など、平安時代の貴族が住んだ寝殿造のデザインや様式が、随所に取り入れられているのです。戦後の吉田五十八は、伝統建築を鉄筋コンクリートで表現した公共建築で知られていますが、その最初期の作品である五島美術館は、日本の近代建築史における貴重な建物なのでした。

中庭から眺める本館 / photo by Shigeo Ogawa

館内には2つの展示室をコの字型に結ぶ長いエントランス・ホールがあり、そこからすぐに庭園の自然が楽しめます。これも建物と庭が一体となった寝殿造の重要な要素ということができるでしょう。

エントランス・ホールの床に見られるのは「松皮菱」の文様。使われているのは、テラゾ―(人造大理石)です。文様を象った金属の枠に、大理石などを砕いて砕石状にしたものとセメントを混ぜたものを流し固め、表面を研磨して仕上げています。テラゾ―はあちこちでよく見られる素材でしたが、90年代以降は徐々に使用頻度が低下。最近はエコの観点や加工技術の向上により世界的に見直されてきているのだそう。大規模改修の際にも既存のものを残して補修されました。美術館を造っている素材にも歴史があります。

 

一度は見ておきたい国宝、《源氏物語絵巻》と《紫式部日記絵巻》

展示室は、大きな「展示室1」と、小さな「展示室2」の2部屋。コンパクトな印象ですが、ここで古筆、絵画、近代日本画、古鏡、茶道具、日本・東洋の陶芸と、五島美術館が誇るコレクションを分野ごとに紹介する館蔵品展が年間5-6回、特色のあるテーマを最新の研究成果を踏まえて取り上げる特別展が1年に1、2回開催されています。

「展示室1」入口。ドアハンドルや写真上部に見える“展示室”のフォントなども、オリジナルデザインを尊重して補修・復元しているそう。美術館もまた、ひとつの美術品のようです。

特に、春と秋の優品展でそれぞれに公開される《源氏物語絵巻》と《紫式部日記絵巻》(どちらも国宝)は“五島美術館といえば”と言っても過言ではないほどの人気作品。どちらも保存の観点から展示期間を制限し、年に10日間ほど特別公開されています。今回取材でお邪魔したのも、『春の優品展 王朝文化へのあこがれ』での《源氏物語絵巻》公開時期。年1回の貴重な機会とあって、来館者で賑わう美術館は、とても華やかな雰囲気でした。

《源氏物語絵巻》の展示空間。公開期間が限られるため、それ以外の期間もロビーなどで4K映像による《源氏物語絵巻》の紹介映像の上映を行っています。解説とともに視聴でき、次の公開が楽しみにもなります。

 

豪腕経営で名を馳せた男の古美術蒐集

創設者の五島慶太は、強いリーダーシップと決断力で知られた経営者でしたが、美術品の蒐集も素早く徹底的に行ったそうで、その電撃的な蒐集ぶりには先輩コレクターも大変驚き、悔しがったとか。彼が最初に集め始めたのは、奈良時代の古写経類。鉄道の仕事で行く関西出張中、よく奈良や京都の寺社仏閣をめぐっていたことから興味を持ちました。その質と量は、本人も「日本一」と豪語するほど。「古経楼」と号した彼の古写経コレクションは、2024年9月3日(火)~10月14日(月・祝)に開催される『秋の優品展 一生に一度は観たい古写経』で紹介されますので、お見逃しなく!(国宝《紫式部日記絵巻》の特別展示は2024年10月5日(土)~10月14日(月・祝))

photo by Shigeo Ogawa

また当時、お茶が経済界の交流のツールであったことから、五島慶太は茶道の世界に入り、茶道具の蒐集も豪快に行いました。この古写経と茶道具を2つの柱に、五島美術館のコレクションは膨らみます。《源氏物語絵巻》と《紫式部日記絵巻》は、美術館をつくるにあたって、日本のコカ・コーラ事業の創始者・梨仁三郎から購入しました。

同館ではこれらの作品を、細心の注意を払って展示しています。たとえば、通常は上からスポットライトのように光を当てて作品を照らし出しますが、五島美術館では下からライトを当てているのだとか。レフ板効果で、掛け軸などの折りジワが目立たなくなるそうです。

作品を美しく見せるために重要な照明ですが、保護のため、一般的に照度は100ルクス以下(特に退色しやすいものは50ルクス以下)とされています。温度や湿度を一年中一定に保つなど、収蔵・展示の環境は厳重に管理されています。

自然採光可能な展示空間があるのも特徴的。完全遮光から閉じた障子を通しての採光、障子を開けて中庭を借景として取り込めるしつらえまで3種類の展開が可能です。

 

武蔵野の自然が残る庭園と由緒ある茶室

私設美術館では国宝の収蔵数が国内でトップレベルを誇る五島美術館ですが、武蔵野台地の端、国分寺崖線の傾斜を活かした美術館の庭園も見どころのひとつ。その広大な敷地では、世田谷名木百選にも選ばれたしだれ桜を始め、四季折々の自然が楽しめます。高低差があるため紅葉などは上から下まで色づくのに時間差があり、長く楽しめるのも特徴です。

  

大日如来などの石仏や稲荷丸古墳という円墳まであるこの庭園には、かつて昭和天皇が皇太子時代に行啓したという「古経楼」と、五島慶太が最晩年につくった立礼席の「冨士見亭」、二つの茶室が建っています。五島美術館本館とともに国の登録有形文化財(建造物)に登録されているこれらの茶室は通常非公開ですが、2月と5月頃の年に2回特別公開されますので、興味のある方はぜひ詳細を五島美術館ホームページでご確認ください。

庭園の入口から石畳を進むと右手に「古経楼」が見えます(左手には稲荷丸古墳)。

「古経楼」内観:広間は天井を折上げ、広縁には付書院が設けられています。 / photo by Shigeo Ogawa

「冨士見亭」外観 / photo by Shigeo Ogawa

「冨士見亭」内観:履物のまま腰掛けてお茶を飲むことができる立礼の席が特徴です。/ photo by Shigeo Ogawa

  

天気が良ければ、二子玉川駅周辺のビルの谷間からのぞく富士山を見ることができます。

 

渋アートスタッフが訪ねた5月は、新緑がまぶしい庭園でした。

 

春はしだれ桜、秋は紅葉と、季節によってさまざまな表情が楽しめます。
樹木が自然に近い形で育っている庭園は起伏が激しいので一周すると良い運動にも。周辺では開発が進んでいますが、武蔵野の自然がそのまま残されており、深い木立に覆われた園内で鳥のさえずりにつつまれると落ち着いた気分になります。庭園散策のみも可能です。

 

お猿と茶道具、どちらのバージョンも可愛いオリジナルグッズ

ミュージアムショップでは、専門的な書籍や、コレクションのお茶碗のうつしなどの他に、館が収蔵する中国の猿図と茶道具をモチーフとしたオリジナルグッズのシリーズも。巾着や豆ポーチなどさまざまなグッズがあるなかで、とくに人気が高いのが手ぬぐいなのだとか。自分で使っても良し、人にプレゼントするも良し。これからの季節、きっと重宝することでしょう。

図録をはじめ、関連書籍やコレクションをモチーフとしたオリジナルグッズなどが並ぶミュージアムショップ。鑑賞後に作品や背景について更に深く知るのも良し、お土産にグッズを持ち帰るのも良し。次回展のお知らせも要チェックです。

  

人気の猿図柄・茶道具柄の手ぬぐい。巾着やミニがま口、豆ポーチなど、同シリーズのグッズは手ぬぐい生地を使用しているため、やさしい触り心地で手になじみます。

 

◆◇◆渋アート的視点◆◇◆

五島美術館は、その素晴らしいコレクションはもとより、オリジナルデザインを尊重した改修で2013年度にグッドデザイン賞を獲得した建物と、武蔵野の自然を満喫できる庭園との調和が魅力的。ぜひゆっくりと時間をとって、お庭も満喫してください。

2024年5月訪問

もしかしたらお庭で出会えるかもしれない、かわいい猫たち

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取材・文/木谷節子
アートライター。「ぴあ」「THE RAKE」などをはじめとする雑誌、ムック、 情報サイトで、アートや展覧会に関する記事を執筆。近年は「朝日カルチャーセンター千葉」で絵画講師としても活動中。

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[展覧会情報]
2025年2月22日(土)~3月30日(日)
『館蔵 中国の陶芸展』

[五島美術館 最新情報]
五島美術館ホームページ(外部サイトに遷移します)

 

\ 五島美術館周辺を歩いてみませんか? /
文化が薫るまち歩き -五島美術館編-〈上野毛・二子玉川エリア〉は こちら>