2026.07.10 UP
今さら聞けない渋アート―実践女子大学香雪記念資料館編―

美術館・博物館に何度か足を運んでいるけれど、実は施設や展示について詳しくは知らない…。
そんな「今さら聞けないこと」を、渋アートスタッフが連携施設のみなさんにインタビューし、各館の魅力を再発見するシリーズです。
今回訪れたのは、実践女子大学香雪記念資料館(以下、香雪記念資料館)。女性の文化活動にスポットを当て、近世・近代の作品を中心に、さまざまな展覧会を開催しています。
香雪記念資料館の児島薫館長に、新しい切り口で展示を行っている背景や、企画に込めた思いについて伺いました。
*実践女子大学香雪記念資料館については、こちらの記事でも紹介しています。
渋アートと巡る ── 実践女子大学香雪記念資料館
女性画家の活動にスポットを当てる展覧会
渋アート
作品を組み合わせた時の見せ方についてお話しがありましたが、新しい発見とはどのようなものか、詳しく聞かせていただけますか?
児島館長
2025年に開催した「『美人画』再読—麗しい人の系譜」展では、美人画を「麗しい人」と新たに解釈し、美少年を描いた絵画もラインナップに加えました。
たとえば、チラシにも載せている清原雪信の「菊慈童図」は、中国の古事に登場する、不老不死になった「美少年」を描いたものです。この作品から高畠華宵が描いた少年像まで取り上げています。
当館のコレクションのうち、近世の作品は、女性画家による水墨による山水画や、中国風の女性(唐美人)が書画を楽しむような作品を収集してきました。この展覧会ではそれらを近代の作品と合わせて展示し、ジェンダーという現代の視点から読み解きました。

「『美人画』再読—麗しい人の系譜」展チラシ
女性を描いた絵画に加えて、美しい少年を鑑賞する主題があったことに着目し、美人を「麗しい人」と解釈して紹介した展覧会。

清原雪信「菊慈童図」(17世紀後半)
古代中国で王の寵愛を受けた少年が王の枕をまたいだという罪で深山に捨てられる。哀れんだ王が経典の言葉を記した枕を与え、少年がその言葉を菊の葉に書き、その葉の露を飲んだところ不老不死となった──という故事があり、能の演目としても知られています。転じて長寿に関わる縁起の良い画題として親しまれました。
清原雪信は、江戸時代最も権威があった狩野派の狩野探幽に連なる両親を持ったことから、女性としては例外的に広く名が知られている絵師です。「美人画」は男性画家が若い女性を描くものですが、この作品は女性画家が少年の姿を鑑賞する絵を描いたところが面白いといえます。(児島館長)
渋アート
なるほど。近世の作品を、歴史の流れに沿って紹介するだけでなく、新しい視点から読み解く面白さもあるのですね。
ほかにも、児島館長がとくに思い入れのある作品や展覧会について、教えていただけますか?
児島館長
いろいろと思い入れはあるのですが、香雪記念資料館としても転機になったのは、2017年に行った「朝倉摂『リアルの自覚』」展ですね。

2017年に開催された「朝倉摂『リアルの自覚』」展のチラシ
スタッフさんのなかには、実践女子大学の学生の頃に本展を見て、影響を受けたという方も。香雪記念資料館の展示は、近世の掛け軸のイメージがあったそうですが、コレクションの幅広さに興味を持ったといいます。
児島館長
それまで、近世の女性画家による水墨画などが中心だったのですが、近代の絵画のコレクションも少しずつ増やしてきていました。そうした作品を活用して、より多くの方に見ていただきたいと考えていました
渋アート
たしかに、近世の絵画とは、雰囲気ががらりと変わったように感じられますね。
児島館長
朝倉摂さんは、舞台美術で有名ですが、実は日本画家としても活躍されていました。朝倉さんが亡くなられた後、作品をご寄贈いただいたことがきっかけで、他館からも作品を借用してこの展覧会を開きました。
舞台美術の展示は何度も開かれていましたが、「画家・朝倉摂」としての回顧展はこれが初めてだったんです。その後、大きな巡回展が企画されましたが、担当の学芸員さんたちが当館の展示を見に来て参考にしてくださいました。
朝倉さんは、すでに著名な方でしたが、これまで知られていなかった側面に光を当てられたのではないかと感じています。2026年秋にも「朝倉摂の素描展」を開催します。
渋アート
女性の文化活動にスポットを当てるという点で、近世の画家と同じように、近代の作品も掘り起こされているのですね。
児島館長
そうですね。当館の館長になってもっとも大きな決断だったのは、2024年に開催した「戦後の女性画家たち-有馬さとえ・朝倉摂・毛利眞美・小林喜巳子・招瑞娟-」展です。
以前は、戦後の作品は購入したことがなく、寄贈していただいてコレクションに加えてきたのですが、戦後の油彩画を購入するのは、非常に大きな方針転換でしたので、私自身も緊張したのを覚えています。

毛利眞美《自画像》1954年
児島館長
この時に購入した毛利眞美さんの作品は、彼女のお嬢さんが「母の画業を紹介したい」と、お母様の没後にギャラリーで個展を開いたときに出会ったものです。
毛利さんは、戦後まもなく絵を学ぶためにフランスに渡り、キュビスムのアンドレ・ロートの画塾で勉強した方なのですが、帰国後に制作をやめていた期間が長く、世間から忘れられた存在になっていました。
このあと毛利さんの作品は、豊田市美術館、東京国立近代美術館と兵庫県立美術館で開催された「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」にも出品されました。
当館の活動が、近年になって女性画家の存在に注目が集まる先駆けになったのではないかと自負しています。
渋アート
香雪記念資料館での展示がきっかけとなり、作家に光が当たったのですね。
児島館長
当館では、近世・近代の女性画家の作品をコレクションしていますので、収蔵品を活用して作品と作品をつなぎ、彼女たちの活動を時代を超えて立体的に見せていくことを目指しています。
時代や社会の状況を、その時代に活躍した画家たちの作品を通して掘り下げ、そのなかでそれぞれがどのように制作に向き合ったのかを伝えたいです。
さらに、新規の収蔵品を加えて、新たな切り口から、女性画家たちがどのように活動してきたのか、場合によってはなぜ活動できなかったのか、を示していきたいと考えています。
世間に忘れられた活動を発見し、発信していく場所
渋アート
お話を伺って、近世・近代の女性画家に特化したコレクションはもちろん、香雪記念資料館だからこそ実現できる企画があると感じました。
児島館長
当館は、それぞれの展示室が小さいことが、非常にメリットなんです。たとえば、メインにしたい作品を決めて、同時代に活躍した作家や関連性のある絵画をピックアップすれば、たった一点から企画をどんどん膨らませられます。
また、有名でない画家でも、実力があれば取り上げられるので、いわば予備選のようなかたちで、世に送り出せるんです。展示の見せ方次第で注目してもらえるチャンスがある点が、当館の意義だと感じています。
渋アート
これから新たに企画したい展覧会や、注力したい取り組みはありますか?
児島館長
まだ十分に知られていない女性画家たちの仕事を紹介したいですね。ご本人は活動しているのに、世間には忘れられているという方がまだまだいらっしゃるので、発信していきたいです。
実践女子大学の学生にも、「こんな活動をしていた女性がいるんだ」と希望を伝える場になればと考えています。
香雪記念資料館では、さまざまなテーマで展示を行っており、無料で入館できますので、いろいろな方に気軽に来場していただきたいです。
長年にわたって、女性の文化活動を伝え続けている香雪記念資料館。幅広いコレクションを中心に、新しい切り口で作品を捉え直す展覧会が開催されています。近世・近代の女性画家による多彩な表現に出会ってみてはいかがでしょうか?
渋アート的視点
香雪記念資料館の展覧会は、作品を鑑賞するだけでも楽しめますが、キャプションやパンフレットを読むと、テーマをさらに深く学ぶことができます。
パンフレットは、会場で配布されているほか、香雪記念資料館のホームページから、過去に開催したものも含めてダウンロードが可能です。
展覧会に行く前の予習や、鑑賞後の振り返りとして読んでみると、作家の特徴や作品が生まれた時代背景をより詳しく読み解けるでしょう。
◇ 香雪記念資料館への行き方 ◇
香雪記念資料館は、実践女子大学 渋谷キャンパスの1階にあります。ここでは、来館方法を写真を交えてご紹介します。守衛室に立ち寄って入館証を受け取れば、どなたでも気軽に入場が可能です。

「渋谷駅」東口C1出口から六本木通りを10分ほど歩くと、右手に実践女子大学渋谷キャンパスが見えてきます。正門から中に入りましょう。

正面入り口の右側の階段を上ると、右手に守衛室があります。

守衛室にて、名前、来館時間、行き先の施設(香雪記念資料館)を記入します。来館証を受け取ったら、右手の扉から入場しましょう。香雪記念資料館は1階奥にあります。
※扉の左側には、香雪記念資料館で開催中の展覧会チラシが掲示されています。
2026年5訪問
取材・文:浜田夏実
取材協力:実践女子大学香雪記念資料館 児島薫館長


資料の展示に加えて多彩な企画展を開催
渋アート
「香雪記念資料館」という名称から、文書や写真などが展示されているのかなと想像していました。資料はもちろん、企画展ごとに、日本画や洋画など、さまざまな絵画を鑑賞できるのですね。現在の施設ができるまでにどのような流れがあったのでしょうか?
児島館長
実践女子大学では、すでに1959年の創立60周年に「近代女性文化発展資料展」を東急東横店と渋谷校舎で開いており、日野校舎内にはじめて展示室をつくったのが1980年で、これが当館の前身となる美術資料展示室です。
その後、教員たちの「学生たちに本物の作品を見せたい」という思いから、本格的な博物館に相当する施設として、1999年に香雪記念資料館が設立されました。学園創立100周年記念事業の一環だったのですが、当時は、社会的にも「女性の活躍に注目しよう」という機運が高まっていました。
児島館長
2014年に、資料館が現在の渋谷キャンパスへ移転し、展示施設として計画された新たな施設に生まれ変わって、より作品を身近に鑑賞いただけるようになりました。
ちなみに、「香雪」という名前は、本学の創立者である下田歌子先生の号に由来しています。
渋アート
現在の本格的な展示施設に至るまでに、そのような経緯があったのですね。
香雪記念資料館では、3つの展示室でいろいろな企画が開催されていますが、それぞれの特徴を教えていただけますか?
児島館長
女性の顕彰に貢献した下田先生の功績をたどる「下田歌子記念室」と「企画展示室」があり、合わせると年間を通して5〜6本の展覧会を行っています。
「下田歌子記念室」には、下田先生が愛用していた校長机と椅子が常設されています。
渋アート
1年で、それほどたくさんの企画を実施されているのですね。展覧会の方針は、どのように決定しているのでしょうか?
児島館長
本校の新年度が始まる4月に、大学の歴史や下田先生の理念を紹介する展覧会を開いているほか、新たに収蔵した作品を含む企画展やテーマ展を行っています。「企画展示室」と「下田歌子記念室」の展示品は、なるべく連動するように構成しています。
渋アート
たしかに、展覧会を拝見した時に、3つの展示室を通して、ひとつのテーマがつながっているように感じられました。
児島館長
私は、もともと学芸員として、いくつかの美術館で働いていました。
そうした経験から、来場者の方に作品をより良く見ていただくことにとても関心があります。もちろん、研究も大事なのですが、ひとりでコツコツ調べるだけではなく、社会に還元しないと意味がないのではと感じています。
たとえば、「この作家をほかの作家のこの作品と組み合わせたら、展覧会を訪れた方にこんな風に見てもらえる」と発見するのが、自分にとって非常に嬉しいことです。
文字だけでは伝えきれないものを鑑賞者の方に受け取ってもらえるよう、資料館のスタッフと協力し、工夫して展示を行っています。
2025年に開催された「女性日本画家たちの戦中・戦後 木下春、小畠鼎子、谷口富美枝、藤田妙子」展のパンフレット
児島館長
また、キャプションやパンフレットも、当館の学芸員とスタッフで解説文を分担し、デザインも含めて制作しています。パンフレットは無料配布していますので、ぜひ手に取ってご覧いただきたいです。
渋アート
作品を眺めて楽しむこともできますし、キャプションや展覧会パンフレットを読むと、さらにテーマへの理解が深まりますね。