Orchardシリーズ
K-BALLET Opto『シンデレラの家』
In association with PwC Japanグループ

PRODUCTION NOTES制作ノート

2024.01.22 UP

Kバレエ オプト『シンデレラの家』
ヤングケアラー勉強会レポート

Kバレエ オプト、第3弾となる『シンデレラの家』公演が4月27日〜29日に東京芸術劇場(プレイハウス)にて行われます。
この作品では、主人公シンデレラは現代の日本に生きるヤングケアラーという設定になっています。
ヤングケアラー当事者であった一般財団法人ヤングケアラー協会の髙尾江里花氏を迎え、出演するダンサーたちが「ヤングケアラー」について学ぶ勉強会が行われました。



リハーサルに入る前に

ヤングケアラーについて学ぶ

『シンデレラの家』は古典バレエ『シンデレラ』の主人公シンデレラを、祖父、母、義妹の世話をするヤングケアラーの少女という設定にし、現代に置き換えて描きます。
世界初演の新作ですから、何もないところから作品を制作していきます。今回は特に、出演者たちが「ヤングケアラー」について共通の知識、理解を得ていることはとても重要です。
リハーサルに入る前に、出演するKバレエ トウキョウのダンサーたちに「ヤングケアラー」についての知識を深めてもらおうと勉強会が開かれました。ゲストダンサーである森優貴氏もリモートで参加しました。
 

かつてヤングケアラーだった当事者によるレクチャー
 
講師に一般社団法人ヤングケアラー協会の高尾江里花氏をお迎えし、「ヤングケアラー」の日本での定義、ご自身の体験などを語っていただきました。その後、グループに分かれてのディスカッションと、質疑応答が行われました。

日本における「ヤングケアラー」の定義(日本ケアラー連盟による)
家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、
家事や家族の世話、介護、感情面のサポートを行っている、18歳未満の子ども

日本には「ヤングケアラー」の法令上の定義はまだありません。

ヤングケアラーが諦めてしまうこと
日々の勉強進学や受験、部活を頑張る、友人と遊ぶ、気軽に相談する、自分の時間を持つ、自由に夢を描く

ヤングケアラー共通の悩み
相談相手がいないことによる孤立(似たような境遇の人が身近にいない、年齢の離れた大人に話しても理解されない)、身体的・精神的拘束による生活の障壁(勉強及び通学が困難になる、仕事との両立が難しい、経験値が得られず自信が持てなくなる)、終わりの見えない将来への不安(一人暮らしや結婚など家族から自立した生活ができるのか、介護の出費によるお金の不安)

高尾氏は、中学2年生、13歳の時にお母様が脳出血で倒れ、2週間後にお父様が統合失調症を発症し入院、半年ほど妹と二人暮らしをしました。そして14歳から24歳まで、半身麻痺となったお母様を在宅介護していました。その間、習い事であった新体操をやめる、高校入学後はダンス部に入ることをあきらめる(半年後に入部)という選択をし、高校卒業後の進路の選択では大学進学はせずブライダルの専門学校へ進学します。
専門学校生の頃にはお母様が少し回復されていたこともあり介護も少し落ち着き、車の運転免許を取得、お母様と外出もできるようになりました。
その後、高尾氏は就職しますが、23歳の時にお母様が癌を患い、通院の付き添いが始まります。医師との治療についての相談、決断を求められるようになりました。お母様の病の進行は早く、9カ月後に亡くなってしまい、高尾氏の介護生活は終わります。
10年という長時間、介護をしてすごした高尾氏は、自身の生活、人生に関する選択の際には常に「介護」がつきまとっていたことがお話からわかりました。また誰にも介護していることは話さず、家族のことを大事にしすぎて自分の身を削っていたそうです。
介護が終わった際には、40年くらいは介護するつもりでいたので虚無感に襲われ、やるせなく、今までやってきたことはなんだったのかという気持ちになってしまったと語りました。
25歳の時に、ヤングケアラーという言葉と出会い、自分はヤングケアラーであったことを知ったのだそうです。

ヤングケアラーだった過去の自分に、今の自分がアドバイスできるとしたら
もっと気軽に家族のことを話したらよかった。もっと視野(選択肢)を広げたらよかった。もっと自分に自信を持つことができたらよかった。

ヤングケアラーを経験してプラスになったこと
当たり前のことに感謝ができるようになった。社会に出てから役立つ能力が自然と見についた。人の痛みがわかるようになった(相手のことをよく考える)

レクチャー後のディスカッション

レクチャー後に高尾氏より質問が投げかけられ、4グループに分かれて話し合う時間がありました。
ディスカッションは活発でした。それまでずっと静かに聞き入っていたダンサーたちはそれぞれ思うところを語り、高尾氏の話から多くのことを感じ取ったように思われました。

質問1
ヤングケアラーに対してもともと持っていたイメージは?
講義後に抱いた気持ちは?

もともとあったイメージ
今回の公演の題材ということで「ヤングケアラー」という言葉を初めて知った。イメージがわかなかった。大変そう。つらそう。忍耐強い。自由がない。自分も病んでしまうのでは。

講義後に抱いた気持ち
勉強になった。やさしくて責任感がある。知らない世界だった。自分の小中高時代にクラスにいなかったように思う。自信を持ってヤングケアラーだと言える世の中になったらいいなと思う。

質問2
ヤングケアラーが本質的に普通のこと同じだなと思うところは?

将来の不安は同じだと思う。特別に思う必要はない、自分と同じ。


質疑応答

最後に質疑応答があり、以下のようなやりとりがありました。

レクチャーの間は、高尾氏が終始明るく事実をテキパキ語っていたこともあり、つらさ、悲しさ、しんどさ、といったネガティブな印象を感じる瞬間はあまりなかったのですが、ここでのやり取りで一瞬、現実を垣間見た気持ちになり、場の空気がしんとしました。
「背負っているものが重くて、そこから生まれた感情はどうしていたのか」という質問に高尾氏は「シャワーを流して泣いていました。苦しいことや悲しいことがあっても、人に話してシェアするのも申し訳ないと思ってしまう。辛い気持ちも自分で処理していました」と答えました。「学生時代はきれいに介護のことは隠していた」とのことで、誰にも話さず一人で肉体的な負担だけでなく、感情も吐き出すことをせずに抱え込んでいたということはショックでした。
また「身近なところにヤングケアラーではと思い当たる人がいたらどう接したらいいか」という質問には「特別に思う必要はないです。自分と一緒、壁を作らずにみんなと同じに接してほしい。もし何か大変そうだなと感じたなら『勉強大変? 先生に話してみたら』というように話しかけてください。話してもいいんだと思ってもらえるのが大事なんです」と答えてくれました。

最後に、ダンサーに向けて高尾氏は、「(ヤングケアラーを演じるにあたり)、繊細なところや芯の強さという部分もバレエなら表現できるのではと期待しています。楽しみにしています」と語りました。
クリエーション前にこういう機会を設けることで、確実にダンサーそれぞれが、「ヤングケアラー」についての知識を得ることができ、多くの思いが湧き起こったことでしょう。

さらに休憩を挟み、ゲストダンサーとして参加する森優貴氏(Opto第1回公演「Petit Collection─Petit, Petit, Petit!」にて森氏の『Petite Maison”小さな家”』を上演)がオンラインでダンサーに語りかけました。
「ヤングケアラー」は家族の中でしか起こらない問題で、どれくらい緊張感をもって臨めるか、もしどう表現すればいいのかわからなくなった時に、今回のレクチャーは想像する助けとなったのではないか、当事者の話を聞くことで作品にアクセスしやすくなったのでは、と語りました。
また与えられた振付をこなすだけではなく、架空の物語の中でどう現実を伝えるかが大事である、さらに、続いて自分のダンサー人生の財産となるようにと熱く語りかけていました。

どうしていま作品を作るのか、何を表現するのか、という問題意識を持ち『シンデレラの家』はリハーサルに入ります。
やる必然性のあるもの、として「ヤングケアラー」がテーマに選ばれました。
今回の勉強会を経験することで、より深く、リアルなヤングケアラーのシンデレラを表現できることでしょう。

文:結城美穂子