息を呑む、洗練を極めた演出の数々!
進化を続ける奇蹟の舞姫、ヤン・リーピン!
舞台上方を覆う鈍い輝きのオブジェ。よく見ると、無数のハサミがつり下がったものだ。古代中国では、ハサミは神器だったというが、切刃を開いたまま地上の人間たちを見下ろすその鋭利な金属の群れは、命を賭けて覇権を争う、戦国の人々の緊迫感を具現化しているかのように見える。
「四面楚歌」「十面埋伏」などのエピソードを生んだ項羽と劉邦の対立を巡るドラマを、ヤン・リーピン(振付・演出)は、こうした鮮烈なビジュアル・イメージ(アカデミー美術賞を受賞したティム・イップが美術指導・衣裳・舞台デザイン)とともに、大胆かつエネルギッシュに舞踊化してみせる。
ノーブルな項羽、ワイルドな劉邦、複雑な二面性を持つ韓信。中国伝統舞踊や武術系の研ぎ澄まされた型と、現代舞踊のクールな動きをミックスさせた振付が、それぞれの個性を際立たせる。美しい殺陣を見るような項羽と劉邦のアクロバティックなデュエット、兵士や民衆、黒衣の役割を兼ねたアンサンブルによるスタイリッシュな群舞など、ヴァラエティに富むダンス・シーンが目白押しだ。なかでも、裸身で登場した男性ダンサーが、流麗で求心的なソロを見せた後、そのまま虞美人になってゆくスタティックで官能的な場面には息を呑む。音楽は、琵琶や琴など伝統楽器による斬新なアレンジの生演奏で、これまでとは見(聴き)違えるほど洗練されている。ロンドンのダンスの殿堂サドラーズ・ウェルズ劇場での公演が、大好評を博したというのも頷ける。振付家としてのヤン・リーピンが、着実に進化し、充実期を迎えていることを示す逸品だ。
伊達なつめ(演劇ジャーナリスト)
プロフィール
中国雲南省大理の少数民族、白(ペー)族出身。幼少から踊りに熱中していたが、一度も舞踊教育を受けることなく、天性の才能と創造力により国内外で評価される舞踊家になった。1971年、西双版納(シーサンパンナ)歌舞団に入団。1986年、自身の制作によるソロダンス『孔雀の精霊』で一躍有名になる。以後、多くの国との芸術交流を積極的に行い、舞踊芸術の普及と探索に努めてきた。演出家としても優れた才覚を発揮し、『雲南映象(シャングリラ)』『蔵謎(クラナゾ)』『雲南的響声』は、伝説的な舞台作品となっている。ヤン・リーピンの舞踊は民間芸術と土地から発している。天地自然と芸術から養分を汲み取り、自然体で踊る彼女は「舞踊詩人」「魂の舞者」と評される。
閉じる