2017.08.16 UP
誰も観たことのないオペラ『オテロ』、その制作現場に迫る!
東京発、世界に発信する最新の舞台「オテロ」
オーチャードホールと指揮者アンドレア・バッティストーニ&東京フィルが企画するオペラの演奏会形式上演は、ついに今回、究極のイタリア・オペラともいえるヴェルディの「オテロ」である。ヨーロッパの2016-2017オペラシーズンでも、すでに絶好調が伝えられる若きマエストロ、バッティストーニが、今回の「オテロ」で大胆に挑戦するのは、舞台のビジュアル演出に、メディア・アートの寵児である、真鍋大度率いるライゾマティクスリサーチを起用したことだ。彼らといえば、あらゆる最新のメディア・テクノロジーを駆使して、ヴァーチャル・リアリティやAI(人工知能)による芸術表現を実現するアーティストチームとして、世界的に話題の存在である。今回は、彼らにとっても初のオペラ舞台美術の仕事となり、これまでオペラ界では試みられてこなかった、まったく新しい舞台構成のアイデアに視覚的表現からアプローチするものである。これは一種の芸術的事件といってもいいかもしれない。まさに東京から世界に発信する最新の舞台である。
悲劇の音楽「オテロ」に内蔵された喜怒哀楽の心理を、テクノロジーによって視覚化
まず、このプロジェクトへの試験的な導入として、真鍋大度は、「オテロ」を何人かの任意の観客に全曲を聞かせながら、各人がそれぞれのオペラの登場人物の視点を割り振って、聴者の鑑賞中の心理がどのように大きく変化するかをデータ解析してみたという。シェイクスピア原作の「オテロ」の持つ、劇的でありながら、晩年のヴェルディが繊細に書き込んだ心理の綾や巨視的な悲劇の流れが生み出す感情的変容を、鑑賞者の心理から迫れないかという試みだ。次に注目したのは、舞台上の指揮者の身体情報をデータとして解析して、舞台美術の映像表現に反映させるというアプローチである。指揮者バッティストーニの表現力に充ちた腕の動きや、身体の重心の移動を特殊なセンサーで情報化して、その場で生成される映像が音楽表現を行う身体の動きに反応していく。さらに、ある一つの検出データに一対一で映像を反応させるのではなく、演奏のホール音全体も収音して分析することで、今ここでの指揮者のテンション、歌手やオーケストラの演奏者全体のエネルギーによって大きく左右されていく生(なま)の音楽が、全体として視覚表現の複雑な変化の元となっていくのである。それによって、舞台美術が場面設定の情景を示すだけではなく、緊張や安らぎをもった多彩な音楽的感情や持続を、映像からもうかがい知ることが可能になる。
最美の音楽と映像が連動
晩年のヴェルディの渾身の作品であり、序曲もなく、幕を通じて音楽が常に持続するという、ワーグナーからの影響を反映したといわれている「オテロ」は、実はヴェルディとしても挑戦的な作品だった。その場で生まれていく音楽のもつ感情や喜怒哀楽が映像からも直感できるというこの試みは、「オテロ」にこそ相応しい。オペラの演奏会形式上演は、音楽美に集中したい公演を好む聴衆に愛されるというが、イタリア・オペラの持つ、歌手や音楽があくまで主役であるという特性を繊細に配慮しながら、映像表現が、音楽的インスピレーションの振幅に反応可能な存在となっていくことで、これまで経験したことのないカタルシスがそこから実感されるかもしれない。バッティストーニと真鍋大度のコンビによる革新的な「オテロ」はまさに、総合芸術としてのオペラに、新しい風景を誕生させる、世界初の舞台なのである。
阿部一直(キュレーター、アート・プロデューサー)
メディアアート、サウンドアートの新作のプロデュースを数多く手がける。オペラ演出史にも造詣が深い。2014〜16年文化庁芸術選奨メディア芸術部門選考審査員などを務める。